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アース編 第02話「不破流市」

碧羅には、自分でない何者かの記憶がある。地球の「誤り」を正すこと。誰だかまだ分からないが、その存在の執念ともとれる強烈な使命感。

「星輝王」に触れ、記憶パズルのピースは増えた。一枚の絵画を完成させるには、時間も、ピースも不足している。

碧羅の思い出を奪っていく記憶のピース。それを見つけたい衝動が碧羅を動かす。日常を汚染しながら。


喫茶「のあ」は、港から少し離れた、けれど潮の香りが微かに届く場所にひっそりとたたずんでいた。

ガラス張りの大きな窓からは、穏やかな陽光が差し込み、磨き上げられた木目のテーブルに柔らかい影を落とす。店内には、開店したばかりでまだ客もまばらなため、控えめなジャズが静かに流れていた。

窓の外には、古びた灯台が午前の日差しを浴びて白く輝き、その向こうには、穏やかな波が打ち寄せる青い海が広がっている。時折、漁船がゆっくりと沖へと向かう姿が見え、カモメの鳴き声が遠くから聞こえてくる。

碧羅へきらは、窓際の席に座り、メニューを眺めていた。この街に来てから、まだ日が浅い。見るもの、聞くもの、すべてが新鮮だった。特に、食べ物には目がない。メニューの端に書かれた「海鮮風パフェ」という文字に、碧羅の目は釘付けになった。


「リョウさん、ちょっと待ってよ。これ、本当に魚が入ってるの?」


碧羅は、隣に座るリョウに小声で尋ねた。顔には、期待と不安が入り混じったような表情が浮かんでいる。

リョウは苦笑しながら、碧羅の頭を軽く叩いた。


「バカ言え。海鮮風ってのは、見た目のことだ。海藻かいそうとか、そういうのが入ってるだけだよ」

碧羅は、ホッと胸を撫で下ろした。


「よかった。なんか、生臭なまぐさいパフェだったらどうしようかと思った」


その時、喫茶店のドアが開き、二人の男が入ってきた。一人は長身で細身、もう一人はがっしりとした体格だ。二人とも、どこか慣れた様子で店内を見回す。


「お、『ル』氏じゃないか。久しぶりだな。」


リョウが声を上げた。長身の男が、リョウに気づいてにやりと笑う。不破流市フワリュウイチだ。彼の隣には、弟分の鐘崎如慈カネサキニュウジが立っている。


「リョウさん、最近臨時の仕事無いですね。」


不破流市は、だるそうにそう言った。彼の言葉には、どこか気まぐれな響きがある。


「あ、ちょっとあって、今、漁師は休業中だ。」


リョウは、苦笑交じりに答えた。

不破流市は、メニューに目をやると、迷うことなく店員に声をかけた。


「深煎りアメリカン2つ、いや3つ。」


その声に、碧羅は顔を上げた。3つ、ということは、自分たちの分も頼んでくれるのだろうか。


「私は この海鮮風パフェ? にします」


碧羅は、不破流市の言葉に被せるように、メニューを指差しながら言った。彼女の瞳は、好奇心で輝いている。

不破流市は、碧羅の声に気づき、初めてその顔を見た。そして、その表情に、わずかな驚きが浮かんだ。彼の隣にいた鐘崎如慈は、すでに碧羅をまじまじと見つめている。


「お嬢ちゃん、パフェ好きか?」


不破流市は、悪戯っぽい笑みを浮かべて碧羅に尋ねた。

碧羅は、真っ直ぐに不破流市の目を見つめ、頷いた。


「はい!甘いものが大好きです」


その言葉に、不破流市は再びにやりと笑った。

「じゃあ、俺がおごってやるよ。どうせリョウさんの連れだろ?」

リョウは、「おいおい」と呟きながらも、止めはしなかった。碧羅は、目を輝かせた。


「いいんですか!?」

「いいよ、いいよ。可愛いお嬢ちゃんの笑顔が見られるなら安いもんだ」


不破流市は、そう言って鐘崎如慈の肩を叩いた。鐘崎如慈は、不満そうな顔をする。


「俺は別に甘いものじゃなくても…」

「うるさい。黙って食え」


不破流市は、鐘崎如慈の言葉を遮った。給仕の女性が注文を取りに来た。彼女は真面目そうな顔で、手元のメモ帳にペンを走らせる。三倉未来ミクラミクだ。


「ご注文は?」


未来は、碧羅と不破流市、そしてリョウを順に見て、淡々と尋ねた。

不破流市は、未来に笑顔を向けた。


「深煎りアメリカン3つと、海鮮風パフェ1つ。あと、コイツの分もなんか適当に甘いもの」


不破流市は、鐘崎如慈の頭を指差した。鐘崎如慈は、不満そうな顔をする。


「俺は別に甘いものじゃなくても…」

「うるさい。黙って食え」


不破流市は、鐘崎如慈の言葉を遮った。未来は、表情を変えることなく、メモを取り終えると、静かに厨房へと向かっていった。

碧羅は、興味津々といった様子で、そのやり取りを見ていた。彼女にとって、不破流市と鐘崎如慈の奇妙な関係性は、新鮮なものに映った。


「あの人たち、面白いですね」


碧羅がリョウにささやいた。リョウは肩をすくめた。


「ああ、いつものことだ。特に『ル』氏はな」


不破流市は、リョウの言葉を聞いて、得意げに胸を張った。


「俺は自由人だからな。やりたいこと、全部やる主義だ」


碧羅は、その言葉に、どこか惹かれるものを感じた。自分の使命に縛られ、多くの感情を失ってきた碧羅にとって、不破流市の「自由」という言葉は、まぶしく、そして憧れるものだった。


「やりたいこと、全部…」


碧羅は、静かに呟いた。その声は、小さく、そしてどこか遠くを聞いているようだった。

やがて、未来が注文の品を運んできた。深煎りアメリカンと、色鮮やかな海鮮風パフェ。パフェは、透明なグラスの中に、緑色の海藻や、赤や黄色のゼリーが層になっていて、まるで宝石のようだ。てっぺんには、白いクリームがたっぷりと乗せられ、小さな青い寒天が魚のうろこのように飾られている。


「わぁ…!」


碧羅は、思わず歓声を上げた。彼女の顔には、少女らしい純粋な喜びが溢れている。


「すごい!本当に海みたい!」


碧羅は、スプーンを手に取り、恐る恐るパフェを一口食べた。口の中に広がるのは、甘酸っぱいゼリーの味と、いその香りがする海藻の風味。意外な組み合わせに、碧羅の顔がほころんだ。


「美味しい!こんなの初めて!」


碧羅は、夢中になってパフェを食べ始めた。その様子を、不破流市は満足げに眺めている。鐘崎如慈は、まだ碧羅を見つめていたが、目の前の甘いものに手を伸ばし始めた。

リョウは、コーヒーを一口飲むと、不破流市に尋ねた。


「で、どうなんだ?最近の仕事は」


不破流市は、カップを傾けながら答えた。


「相変わらず、気まぐれにね。傭兵ようへいからバイトまで、何でもやってるよ」


碧羅は、不破流市の言葉に、またしても興味を惹かれた。傭兵。それは、彼女の知る「世界の管理者」とは全く異なる生き方だ。


「傭兵って…戦うんですか?」


碧羅が尋ねると、不破流市はにやりと笑った。


「まあね。でも、戦うだけが仕事じゃない。情報収集もするし、護衛もする。何でもありさ」


その言葉に、碧羅の脳裏に、星輝王セイキオウでの戦いがよぎる。自分は、何のために戦っているのだろう。使命のため?それとも、誰かのため?彼女の心に、小さな波紋が広がっていく。

時計の針は、ゆっくりと進む。喫茶「のあ」の窓の外では、漁船が遠くへ向かい、青い海がどこまでも広がっていた。碧羅は、パフェを平らげ、満足そうな顔でカップを手に取った。彼女の心には、不破流市の言葉と、海鮮風パフェの甘く不思議な味が、深く残っていた。


大水棲帝国との初戦から数日。NOA本部、通称「箱舟」の深く静かな防音会議室には、重苦しい空気が(よど)んでいた。窓の外は、晴れやかな初夏の空が広がっている。しかし、室内の面々には、その陽光は届かない。先日、彼らが経験した激戦の記憶が、いまだ生々しく脳裏に焼き付いているからだ。

リョウは腕を組み、口元を真一文字に結んでいる。その瞳には、一瞬の気の緩みもない。荒潮猛(あらしお たける)は、テーブルに広げられた資料に視線を落としつつ、時折、深海(しんかい)博士へと目を向けた。鉛筆を握る指先に、わずかな力がこもる。碧羅(へきら)は、静かに椅子に座っていた。心臓の鼓動が、普段よりも少し速い。あの日の海の底で見た、異形の戦士たちの姿が脳裏をよぎった。

深海博士がゆっくりと、しかし確かな声で口を開いた。部屋の空気が、さらに張り詰める。


「皆さんもご存知の通り、先日我々が遭遇したのは、大水棲帝国と呼称される存在です」

博士は、淡々とした口調で説明を続けた。大水棲帝国とは、地球上の他の人類種とは異なる進化の道を辿ってきた、水棲人類が築き上げた連邦国家だという。その言葉は、常識を遥かに超えた真実を突きつける。

長年にわたる綿密な海洋調査によって、彼らの存在がようやく明らかになったのだと、深海博士は語った。そして、自身の独自調査によって、彼らが人類にとって計り知れない脅威となり得ることが判明した経緯を説明する。


「彼らの技術力、そして組織力は、我々の想像をはるかに超えています。先日の一件が、何よりの証拠です」


博士の声は、感情を排していても、その言葉の重みが部屋全体に響き渡った。幹部たちは皆、固唾を飲んで深海博士の言葉に耳を傾けている。リョウの表情は、一層険しくなった。荒潮猛は、資料の端を指でなぞる。彼の頭の中では、すでに次の一手が練られているようだった。碧羅は、全身の細胞が覚醒するのを感じていた。恐怖ではない。研ぎ澄まされた集中力だった。


「だからこそ、我々NOAは設立されたのです」


深海博士は、NOA設立の深い経緯を語った。それは、人類の生存を守るという、あまりにも重い使命を帯びた組織の誕生秘話だった。水棲人類の脅威から、この脆弱な地球を守るため。その唯一の目的のために、あらゆる英知と技術が結集された。


「今後の防衛線についてですが」


深海博士は、目の前の大型モニターに、広大な海域の地図を映し出した。青く広がる世界には、複数の赤い点が点滅している。


「当面は、ムサシとコスモキャッツを主軸に防衛戦線を展開します」


博士は、赤い点が示す海域を指し示しながら説明する。ムサシとコスモキャッツ。NOAが誇る、現時点での切り札となる戦力だ。彼らの性能、配備計画が簡潔に示される。大水棲帝国の圧倒的な侵攻を、この二つの戦力が食い止める。それが、現在のNOAにとって、最も現実的かつ有効な防衛策だと、深海博士は続けた。

会議室の緊張感が、さらに高まる。誰もが、その戦力の限界と、迫りくる脅威の大きさを理解していた。しかし、希望を捨てるわけにはいかない。

そして、深海博士の視線が、他の誰でもなく、碧羅にまっすぐに向けられた。


「そして、碧羅さん。あなたにも、是非、協力を仰ぎたい」


その言葉は、会議室に静かに、しかし明確に響き渡った。リョウは、ちらりと碧羅を見た。荒潮猛は、鉛筆を握りしめたまま、碧羅の顔に視線を固定する。会議室の幹部たちの視線も、一斉に碧羅に集まる。

水棲人類の脅威。これが地球の「誤り」なのだろうか。碧羅はうつむき、リョウの顔を見た。見られて少し恥ずかしくなった。定かではないが学校に通っていた頃こんな思いをしたのかもしれない。


「よ、よろしくお願いします。」


生活の心配はいらない。水棲人類が「誤り」ならば、正さなければならない。「使命」とその可能性は碧羅とって最も重要なこと。海鮮パフェと同じぐらいに。


NOA本部「方舟」指令室。

青白い光が、室内に満ちていた。壁一面のモニターには、深海の映像が映し出されている。深海しんかい博士の低い声が響く。通信士、碧羅へきら荒潮あらしおたけるが、その言葉に耳を傾けていた。


「……以上、アース統合政府、最高執行議会、議長補佐官、エリザベス・クラークの名において、ここに発令する」


深海博士は、手元の辞令から顔を上げた。辞令には、新たな組織改編の命令が記されている。かつての外宇宙探索機構は、ムサシを除き既に解体、再編を終えていた。ムサシとその所属部隊、乗組員は、特別海洋調査隊NOAの管轄となる。

また、コスモキャット隊は、陸海空、そして宇宙空間に対応可能な汎用戦闘機M.I.K.E. ( Multi-Integrated Kinetic Entity)を擁する「マイキーズ隊」へと再編される。


そして、最も重要なこととして、星輝王せいきおうの調査と運用は、NOAが担当することが明記されていた。

その時、指令室にけたたましい警告音が鳴り響いた。


「緊急入電! 統合軍極東司令部からです!」


通信士の声が、緊迫感を増幅させる。モニターの一つが切り替わり、厳めしい顔の軍人が映し出された。


「NOAに告ぐ。母艦ムサシ及びその艦載機、未登録機動歩兵の引き渡しを要求する。これは、統合軍司令部の命令である。」


軍人の言葉は、有無を言わせぬ響きを持っていた。


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