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ガイア編 第01話 「星輝王と双月」


紅明こうめいくん、後は任せて。」


轟音と火花。変わり果てた空港。

蒼真そうまは叫ぶ。その声は、巨人の激突と金属が軋む騒音にかき消されかけている。

しかし、声には強い意志が宿され抵抗していた。


「蒼真、後から来て、オレに指図か。」

紅明の苛立ちを含んだような声。


白銀の機体「双月そうげつ」に乗り込み、宙を舞いながら侵略者の群を睨んだ。


「いい。信用してやる、裏切るな。」


言葉とは裏腹に、口元には不適な笑み。紅明にとってこの窮地は、力を示す絶好の機会だ。

二体の巨人は、変わり果てた空港で、異質な金属の光沢を放つ正体不明の侵略者と対峙していた。

無数の敵が四方から押し寄せる中、数分前までの絶望的な状況からは幾分か好転している。蒼真と紅明、そして彼らが駆る二体の巨人「陰陽侍オンミョウジ」の奮戦によって、戦況は膠着状態に持ち込まれていた。


白銀の騎士「双月そうげつ」は、両腰から引き抜いた二本の直剣をまるで舞うように操り、次々と敵の装甲を切り裂き、関節を断ち切っていく。

その動きは流麗でありながらも、精密かつ破壊的だった。騎士の姿を彷彿とさせる。それは、優雅さと力強さを兼ね備え、戦場を駆け抜ける一条の閃光だった。


赤き武人「星輝王」は、手斧を振るい、敵を粉砕し、周囲に爆炎を巻き起こしていた。 その一撃は、敵の装甲を容易く打ち砕き、圧倒的なパワーで敵を寄せ付けない。古代東洋の武人にも似た意匠が施されたその機体は、正に荒ぶる戦神だった。


—-

蒼真は、父を迎えに来るため空港にいた。

月面都市「竜宮京」発の定期便 AMA航宙127便は、標準時刻0時00分に定刻どおり飛び立った。

「本日はAMA航宙をご利用いただき、誠にありがとうございます。当機はまもなく地球衛星軌道に乗ります。無重力状態になりますので乗務員の指示に従いまして、お座席のシートベルトをお締めください」

シャトルは衛星軌道を約3時間慣性航行を行ったのち、大気圏に突入し、宙港に入港することになっている。

低重力下で精錬される特殊合金、RT606。それを開発、製造する工場の技術主任、紫条工一は大気圏突入までの間仮眠をとることにした。

半年振りの地球ということになる。 休暇は3日は取れるはずだから、息子、蒼真と会うこともできるだろう。


また一緒に釣りに行ってくれるだろうか。


そんなことを考えながら、紫条はまどろんだ。ユーロ州の小さな小さな村。それが紫条の故郷である。

自給自足の生活を主とし、外との関わりは少ない。それ故、村の存在すら忘れられてしまいそうな田舎。

宙港から、小型機で一時間。少しばかりの空の散歩の筈だった。


「紫条さんはどうしてこんな田舎に家族を住まわせているんですか」


小型飛行機の機長が語りかけた。 紫条にとって、そこに家族を住まわせるのは、ごく自然なことであった。紫条はそこで生まれ、そこで育ったのだ。虫を追いかけ、川に潜って魚を採り、木に登り、木の実をかじる。そうして過ごした少年時代。地球の息吹を直接肌で感じられる世界がそこにはある。 とは言え、一番近い街まで車で30分。不便な場所ではないのだ。


「紫条さん宛に緊急メールです」 地上の本社からのものだった。月の工場に大質量の隕石が直撃。 紫条が衝撃を受けるには十分の内容である。



-----

自分がこんな状況に巻き込まれるとは、想像していなかった。しかし、蒼真は、この危機の中で、戸惑いながら必死に何かを守ろうとしていた。


紅明の家族はもういない。家族旅行からの帰還間際、紅明と家族が乗った飛行機は滑走路で爆散した。


二人はクラスメイトだった。 普段の学校生活では、特に親しいわけではない。紅明は活発だが少年らしい反抗を時折見せる生徒。蒼真は目立たない優等生。

それが今、不思議な縁に導かれ、巨人の操り手として、この未曾有の危機に共に立ち向かっている。


「蒼真、このままじゃ じり貧だ。切り込む。こい!」


紅明は、敵の数が減らないことに焦れ始めたのか、一層攻撃のペースを上げ、「双月」を敵陣深くへと突進させた。

機体は、白い閃光。敵の攻撃を紙一重でかわし、その鋭い剣で敵を切り刻んでいく。その動きには、ためらいも、恐れも、一切感じられない。ただ、勝利への渇望だけが、紅明の原動力のようだった。


「うん」


蒼真は「星輝王せいきおう」を駆り、紅明の背を追った。

重量感のある動きとは裏腹に、驚くほどの機動性を発揮し、拳と斧を振るい、紅明の進路上の敵を薙ぎ払っていく。

二機の巨人の動きは、まるで長年連れ添った戦友のようだった。

突出して敵陣に切り込む「双月」の隙を、「星輝王」が的確に補完し、死角からの攻撃を防いだ。傍からは大人しそうと評される蒼真だが、この状況下で、調和を重視し、戦況を分析する能力を発揮した。紅明の攻撃的な姿勢が、危機的状況を打破する強力な推進剤となった。

紅明は、戦いの中、今まで知らなかった自分自身を見ていた。 敵を倒すたびに、胸の奥底から湧き上がる興奮と快感に酔う。それは、眠っていた、破壊衝動だろうか。とても強烈な感情だった。

空襲が止み、空港の管制塔は辛うじてその姿を留めていた。

周囲の惨状は、先ほどまでの激戦をものがたる。破壊された機体、格納庫が黒煙を上げている。そして散乱する瓦礫の山。


ガイア連合軍は空港防衛のため出動。最新鋭の無人攻撃機が次々と敵機を捕捉、目標をロックオンする。しかし、攻撃は、連合軍の想像を絶するものだった。空港上空に展開した敵勢体から放たれるのは、目に見えない磁力の奔流。それは、連合軍の無人機のコントロールを瞬く間に奪い去り、電子機器を狂わせた。


「機体制御-不能-応答無」


「レーダーがジャミングをうけてます。位置、特定不能」


管制塔のモニター室では、指揮官が苛立つ。

モニターには、通信が途絶え、制御を失って墜落していく味方機が。

地対空ミサイルも、発射された途端に軌道を逸らし、あらぬ方向へ飛んでいく。

戦車部隊や装甲車も出動していたが、磁力攻撃は、電子照準システムを麻痺させ、車載コンピュータを機能不全にした。


「まったく歯が立たないと。これは、相手の土俵ではないか」


指揮官は苦渋の決断をする。


「全隊、退避!」


ガイア連合軍の現用兵器は、謎の敵勢力の磁力攻撃の前に、何の役にも立たなかった。


絶望的な状況の中、黒煙を上げる格納庫の奥から、突如として二つの巨大な影が現れた。朱色と黄色の差し色が輝く星輝王、そして白銀に紫の双月 。


星輝王と双月は、異様な存在感を放っていた。


紅明は、双月の操縦席で、興奮冷めやらぬ。まだ戦いの余韻に浸っていた。

操縦席の扉から空を見上げる蒼真。疲労が空襲の恐怖が、父と会えなかったことへの喪失感が蒼真を支配していた。



「これは『レスラーロボ』じゃねえ。『陰陽侍おんみょうじ』の『双月そうげつ』。あいつらを倒すために、オレが乗ってる!」


紅明の言葉に、軍人たちは顔を見合わせる。未だ黒煙を上げる空港の残骸。

陰陽侍という不可解な名称に、大人達の困惑の表情がみえる。


蒼真は、紅明の言葉に眉をひそめた。自分が何をしたのか、この機体が何なのか、理解が追いついていなかった。ただ、目の前の惨状と、心に開いた穴だけが、彼の現実だった。


蒼真は何も言えない。


軍人たちは、互いに視線を交わす。目の前の光景と、少年の声にしか聞こえない言葉が、自分たちの常識を大きく逸脱していることを感じ取っていた。それでも、この状況を把握し、報告する必要がある。


「分かった。詳しい話は後で聞かせてもらう。とりあえず、君たちには軍の施設まで来てもらう。抵抗はしないように。」


軍の責任者らしき男がそう告げた後、さらに数名の軍人が追加で現れる。

その中に一人の女性がいた。彼女は、先ほどの男性よりも柔和な表情で、少年たちに視線を向けた。少年が操縦していたという報告を受け、より穏便な対応が必要と判断されたのだ。


二人は軍の尋問を受けることになった。輸送機が飛び立つ。空港の惨状は、まるで何事もなかったかのように、夜の闇に落ちた。


婦人警察官、いや、連合軍人かもしれない。彼女は紅明と蒼真のIDを照合した。軍の臨時施設は、空港からそう遠くない。かつての市民会館のような建物の一室だった。壁は薄緑色に塗られ、殺風景な事務机と椅子がいくつか置かれているだけだ。少年相手の尋問のため、女性が担当になったのだろう。


(チャイニーズ系にジャパニーズ系かしら、珍しいわね。)


女性は二人のID情報を見ながら、静かに呟いた。


「紅明くんに、蒼真くんね。君たちがなぜレスラーロボに乗っていたのか、聞かせて。まずは紅明くんから」


女性の声は、落ち着いていて、感情が読み取れない。彼女は机上の音声認識システムがテキスト化する紅明の言葉に、視線を落とした。


「オレは、事故で生き残った直後、ダイゴさんからこの双月を託された。幻覚かもしれん。だが、声の通り、強く望んだらオレは『双月』の中に居た。『双月』は『陰陽侍』。レスラーロボじゃない。」


紅明は、腕を組んでいる。女性は時折驚いたようなしぐさを見せつつも、微動だにせず紅明を見つめる。彼女は小さく呟いた。


「伝説のロボレスラー、ダイゴ…」


その呟きに、紅明は顔色一つ変えなかった。彼にとって、ダイゴが「伝説」と称されることは、むしろ当然のことだった。ダイゴの強さと存在感は、それだけのものだと、紅明は肌で感じていたからだ。


同じ問いかけは蒼真にも向けられる。やや、うつむきながらも蒼真は、震える声で空港での顛末を語った


—-

空から現れた、U字型、棒型。そこから降下する人型。赤と黒で塗り分けられたそれらは、金属光沢を放つ。管制ビルを破壊し、滑走路をクレーターに変えていく。


蒼真が乗ってきたバスが、ヒト型の手により残骸にされた。


飛行機の残骸が膨れ上がり、爆発と共に『双月』が現れた。

頭を手で覆い身を固くした。爆風が収まりかけ身をほどく蒼真に知っている声が聞こえた。


「蒼真、邪魔だ。死ぬぞ」と紅明の声だった。


必死に走った。心臓が破れそうだ。呼吸が安定しない。だが、それは蒼真がまだ生きている証だった。

蒼真は、文化ホールまで辿り着き、そこで、どこかで見たことのある男に会った。


市立文化体育ホール

一度だけだがアイドルのコンサートに連れてきてもらったことがあった。

父のほうが夢中になっていた。蒼真はやたら前に出てくるマネージャーとか、演出の光の凄さに惹かれアイドルには興味が持てなかった。

その時とは、全く別の様相。今は避難所である。


男は、蒼真を地下室へと導き、『星輝王』の内部へ半ば強引に押し込んだ。



「そこが一番安全だ。今は何もしなくていい。そこに居ろ」



不思議な場所だった。初めは何もないと思っていたが、少し落ち着くと蒼真はここが操縦席らしいと分かった。レバーペダル等アニメかアミューズメント施設で見たようなロボットの操縦席のようだった。動かせるなら助けに行かなければいけない。怖くても。蒼真が紅明に助けられた時のように、震えている人はまだいる筈だと蒼真は操縦桿をにぎる。



—-

証言は、どれも断片的で、核心に迫るものではなかった。女性軍人は、何か重要な手がかりを掴もうとしているようだったが、その表情からは、それが成功しているのかどうかは判断できなかった。



連合君技術者たちも困惑していた。

「星輝王」、「双月」の操縦席は、玩具としか表現できなかった。

こんなインターフェイスであれだけの動きができる筈が無い。

「双月」の操縦席はレスラーロボのそれに似ていた。だが、それもアミューズメント施設にあるようなロボレスゲームの物のほうがより近い。

レスラーロボとロボレスラーのAI調整シンクロには数年短くとも数か月の期間を要する。また、ロボレスラーの肉体にも信号ピックアップのための装置を取り付ける外科手術が必要なのである。


双月は第二種軍籍を持つロボレスラーでも動かせなかった。

第二種軍籍ライセンスとは、平時は民間での活動を許可される軍籍であり、プロスポーツ選手なども多くこれを持つ。有事には軍務に就くが、普段は社会の多方面で活躍し、尊敬を集めている。


「ごめんなさい。こんな時だからこんなものしかないけど。」

女性軍人は軍の携帯食を机に置いた。


二人の少年は、甘みと塩味のあるそれを口にし、感じていた。

「僕たちは/オレたちは、まだ生きている。」と


それから一時間。無機質な部屋で二人は待たされた。

部屋の片隅に置かれたラジオが、この事態がここユーロ圏だけでなく、全世界規模のものだということを語る。



極東地区(ジパン郡 Tシティ )


夜9時、シティドーム「WRアリーナ」は、ロボレス世界選手権アジア予選の熱気に包まれていた。リング上ではレスラーロボ=WRが激しくぶつかり合い、観客のボルテージは最高潮に達していた。その時、けたたましい非常警報がドーム中に鳴り響き、メインスクリーンに血の気の引いた顔色のガイア連合軍広報担当官が映し出される。広報官の声は「これは緊急事態です!大規模な災害事案が発生!」と告げ、空から人型が降下する映像が流れた。客席にいた多くのロボレスラーたちは、自身が「第二種軍籍ライセンス保持者」であることを思い出し、東魂カンパニー代表のカンジの「ショーは終わりだ!ここからは、本物の闘いだ!」という号令に、迷いなく立ち上がった。


北米エリア(アメフト会場)


午前8時、広大なアメフトスタジアムでは、地域のプロリーグの開幕戦に向けた最終準備が進められていた。フィールドには芝の手入れをするスタッフ、ロッカールームでは選手が身体を温め、スタジアムのゲート前には熱心なファンが列を作り始めていた。しかし、突然、スタジアムの巨大スピーカーから緊急アラートが鳴り響き、ガイア連合軍からの招集命令が響く。「第二種軍籍ライセンス保持者は直ちに招集地点へ!」その声に、警備や設営にあたっていた元軍人の2種軍籍スタッフたちが、互いに顔を見合わせ、静かに持ち場を離れ始めた。空には、既に奇妙な影がちらつき始めていた。


南米エリア(サッカー会場 )


午前9時。南米某国の国立競技場では、国内リーグのダービーマッチのキックオフ直前、スタジアムは熱狂的なサポーターの歌声で振動していた。しかし、その歌声は、突如として頭上から聞こえる、金属が引き裂かれるような異音によって打ち破られた。照明塔が瞬く間に炎上し、ピッチの巨大ビジョンには、ノイズ混じりで「緊急事態発生」「協力要請」の文字が点滅する。観客席には、かつて軍に所属していた者や、災害救援経験を持つ者たちもいた。彼らは、我先にとスタジアムを飛び出す群衆の逆流に抗い、何かできることはないかと、指示を仰ぐために携帯端末を操作し始めた。


アフリカ・都市部(国際陸上競技大会 )


午後2時。国際陸上競技大会の地区予選が行われているスタジアムは、午後のセッションに入り、盛り上がり始めていた。トラックでは選手たちが懸命に走り、観客からは温かい拍手が送られている。その平和な光景を破るように、上空から轟音が響き渡り、競技場の大型スクリーンが不自然に暗転した。ガイア連合軍広報担当官の声が緊急回線で響き渡る。「これは緊急事態です!大規模な災害事案が発生!第二種軍籍ライセンス保持者は直ちに招集地点へ!」その声に、控え室にいた選手やトレーナーの中には、かつて軍で身体を鍛えた2種軍籍の者たちがおり、彼らは迷うことなく招集に応じるべく走り出した。


中東・港湾都市(大規模エネルギープラント併設訓練施設 )


午後4時。広大な砂漠地帯に広がる大規模石油プラントの敷地内、厳重な訓練施設では、エネルギーインフラ防衛のための実地演習が行われていた。最新鋭のドローンが飛び交い、警備ロボットが巡回する中、突如、施設内の通信網に緊急警告が割り込んだ。「未確認敵性体による侵攻を確認!全域で対テロ警戒レベル最高段階!」同時に、上空からプラント目掛けて落下してくる異形の飛翔体がモニターに映し出される。施設長が叫んだ。「全第二種軍籍ライセンス保持者は、直ちに持ち場へ!これは本物の緊急事態だ!」訓練は瞬時に実戦へと切り替わり、施設内の2種軍籍の職員たちが臨戦態勢に入った。



—-


女性は再び部屋に戻ってきた。彼女の目は、紅明と蒼真を真っ直ぐに見据えている。

その顔には、先ほどの困惑に代わり決意の表情が見える。しかし彼女の心にはこれから告げる事への、微かな痛みがあった。



「君たちには、これからの戦闘で、協力してもらわなければならない。」


紅明のニヤリとした笑み。


「望むところだ。どのみちオレは帰る場所もないしな。」


蒼真は困惑した。


「また、僕が戦う…の」


女性は二人の反応を一瞥すると、手元に用意されていた二枚のカードを机の上に滑らせた。それは、軍の身分証明書に似た、しかしわずかに色合いの異なるカードだった。


「これは、君たちに臨時で付与される第二種軍籍ライセンスです。この緊急事態において、君たちの特殊な能力、その…『陰陽侍』や『星輝王』と呼ばれる機体の力は、我々にとって不可欠だと判断されました。」


彼女の言葉は淀みなく、一切の感情を挟まない。しかし、その口調の裏には、葛藤を押し殺すような響きがあった。


「今後、君たちはガイア連合軍の指揮下に入ることになります。これは非常時における特別措置であり、君たちに拒否権はありません。我々は、あらゆる手段を用いて防衛しなければならない。それが、我々に課せられた使命です。」


紅明は、カードを手に取ると、その表面を指でなぞった。彼の口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。


「ほう、拒否権なしか。面白い。」


手に入れた新たな「肩書き」に、むしろ満足しているようだった。自分の力を存分に振るえる場が与えられたことに、紅明の心は高揚していた。


一方、蒼真は、その言葉に絶句した。彼の顔色は青ざめ、目の焦点が定まらない。


「拒否権が…ない?」


蒼真の頭の中は、空襲の恐怖と、父を失ったかもしれないという悲しみがある。再び戦場に戻る、しかも軍の命令で。考えもしなかった。目の前の女性の言葉は、蒼真にとってあまりにも重く、厳しいものだった。


女性は、そんな蒼真の動揺に気づいたのか、わずかに表情を曇らせた。しかし、この国の防衛のため、他に手立てがない。


「紫条蒼真くん。君のお母様は、すでに安全な場所に保護されています。そして、君のお父様、紫条工一氏の捜索は、軍の最優先事項として継続されます。この任務は、君の協力なしには成し遂げられない。私たちができる最大限の支援は惜しみません。」


そして、言葉に力を込める。その視線は、未来を見据えるように遠くを見つめていた。


「それに、このような状況は長くは続きません。既に各都市で多くのロボレスラーが立ち上がっているとの情報も入っています。君たちの力と、彼らの力が合わされば、この脅威は必ず排除できる。私たちは、君たちを、敵を撃退するまで付き合わせるつもりはありません。できる限り早く、君たちを戦線から離脱させ、普通の日常に戻れるように尽力します。」


その言葉は、まるで逃れることのできない運命を告げるかのようだった。しかし、蒼真の心に、わずかな安堵と希望の光が灯ったのも事実だった。母の安全、そして父の捜索継続という言葉が、凍りついた彼の心をわずかに温めた。


女性は淡々と続けた。


「この決定は、既に上層部の承認を得ています。明日から、君たちには専門の担当者がつき、具体的な任務と訓練が与えられるでしょう。準備をしてください。」



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