第17章:体育館の「実技試験」
キュッ、キュッ、と体育館の床をバスケットシューズが擦れる甲高い悲鳴。
ドムッ、ドムッ、と心臓の鼓動のように単調に響き渡るボールの音。
女子生徒たちの、楽しげな、それでいてどこか気の抜けたような嬌声が、ドーム状の天井に反響し、降り注いでくる。
むわりと立ち込める、汗と埃と、女子たちの甘ったるい制汗剤、そして床のワックスが混じり合った、独特の空気。
高い窓から差し込む光が、空気中のチリをキラキラと照らし出し、まるで古代ローマのコロッセオで、これから始まる見世物を待っているかのような、そんな非現実的な感覚に陥る。
5限目、体育の授業。
俺は、体育館の壁際、冷たくて硬い見学者用の長椅子に座り、その喧騒をBGMに、ただ一点を凝視していた。
俺の視線の先――対角線上、女子バスケのコートのすぐ脇に、同じように見学している、白鳥美月さんの姿がある。
今の彼女は、学校指定の体にぴったりとフィットした上下の体操着という、なんとも扇情的な出で立ちだ。
普段の清楚な制服姿とのギャップが、脳を焼き切るほどえげつない。
白いTシャツは、その下の豊満な胸の輪郭を、まるで誇示するかのようにくっきりと浮かび上がらせている。
彼女が息を吸うたびに、その双丘がわずかに上下するのが見えて、俺の喉はカラカラに乾いていく。
そして、彼女の丸みを帯びた尻のラインから伸びる、信じられないほど長くしなやかな脚は、眩いばかりに輝いている。
今日の「実技試験」の内容は、シンプルかつ悪魔的だ。
『授業終了のチャイムが鳴るまで、美月が我慢し続けるのを、優人が見張り役としてサポートする』
昨夜、俺の脳に直接叩き込まれた「お勉強」の内容が、今、生々しい実践となって、俺の目の前で繰り広げられている。
授業開始から10分。
彼女は、表向きは「少し気分が悪い」という理由で、完璧なお嬢様スマイルを浮かべて友達と談笑している。
だが、俺には分かる。昨夜の講義で、彼女の体の「仕組み」を学んだ俺にだけは、分かるのだ。
彼女の、その完璧な仮面の下に隠された、性のサインが。
最初は、ほんの些細な変化だった。
友達の話に相槌を打ちながら、指先で体操着の裾を、ほんの少しだけ、くい、と引っ張る仕草。
あれは、無意識に、下腹部の圧迫感から逃れようとする、本能的な反応だ。
授業開始20分。
彼女の仕草は、次第に大胆になっていく。
頻繁に、しかし誰にも気づかれないように、優雅に足を組み替える。
そのたびに、太ももの内側の、柔らかそうな筋肉が、ぎゅっと、強く締め付けられるのが見えた。
あれこそ、昨夜教わった、尿道を物理的に圧迫し、漏れを防ぐための、最終防衛手段。
俺は、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
そして30分経過。
もはや、彼女の表情から、余裕の色は完全に消え失せていた。
頬は、運動もしていないのに、ほんのりと上気し、血色が良いというよりは、熱っぽい。
大きな瞳は、まるで熱に浮かされたかのように潤んで、キラキラと妖しい光を放っている。
唇は、微かに半開きで、乾いているのか、何度もぺろりと舌なめずりを繰り返していた。
あれは、体調不良の顔じゃない。
我慢の限界と、そして、そのスリルが生み出す、倒錯的な快感に、身悶えている顔だ。
ああ、やばい。見てはいけないものを見ている、という背徳感が、俺の理性を焼き切っていく。
俺は、自分のスラックスの下で、熱く、硬く、膨れ上がっていくのを感じた。
机も何もないこの場所で、どうやってこれを隠せというのか。
その時だった。
「美月、大丈夫? 顔色、すっごく悪いよ。保健室、行こ?」
一人の女子生徒が、美月さんの隣に、ひょいと腰を下ろした。
桜井花音。美月さんの親友で、明るい茶髪のショートカットが似合う、快活な感じの子だ。
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
最悪のタイミングで、最大の「障壁」が出現した!
「う、ううん、大丈夫よ、花音。ちょっと、朝から貧血気味なだけだから……」
美月さんは、完璧な笑顔を顔に貼り付け、そう答える。
だが、その声は、震えを隠しきれず、わずかに上ずっていた。
組んだ足が、ぎゅうううっ、と、白い肌が食い込むほど、さらに強く締め付けられるのが、遠目にも分かった。
「ほんとにー? でも、なんか汗もすごいし……。熱でもあるんじゃない?」
花音は、屈託のない笑顔で、心配そうに美月さんの額に手を伸ばす。
「きゃっ……!」
美月さんが、小さな悲鳴を上げた。
突然の接触に、体がビクッと跳ねてしまったのだ。
あれは、もう限界が近いサインだ……!
「ほら、やっぱり熱いじゃん! ね、先生に言って、早退しなよ!」
「だ、大丈夫……。本当に、大丈夫だから……」
友達を心配する、ごく自然な光景。
だが、今の美月さんにとって、この無邪気な善意は、拷問に等しいはずだ。
意識を逸らされたら、集中が途切れたら、その瞬間に、すべてが決壊してしまう。
頼む、早くどこかへ行ってくれ……!
俺は、神に祈るような気持ちで、二人を見つめる。
いつの間にか、俺は、この倒錯的な「実験」の、ただの傍観者ではなく、当事者として、彼女と痛みを、いや、快感を共有していた。
「……そっか。でも、本当に無理しないでよね。何かあったら、すぐ言うんだよ?」
数分が、まるで数時間にも感じられた後、花音はようやく立ち上がった。
よし!
俺が心の中でガッツポーズをした、その瞬間。
花音は、体育館を横切って、俺の方へと、まっすぐに視線を向けた。
そして、その瞳が、スッと細められる。
それは、ただの偶然の視線じゃない。
明確な意志と、疑念のこもった、鋭い眼差しだった。
――なんで、あんたが、美月のこと、ずっと見てるの?
声には出さずとも、彼女の視線は、雄弁にそう語っていた。
完全に、怪しまれている。
俺は、慌てて視線を逸らし、壁に貼られた「準備運動を忘れずに」という標語を、意味もなく眺めるふりをする。
背中に突き刺さる、鋭い視線。
冷や汗が、首筋を、そして背骨に沿って、ツーッと流れ落ちていく。
新たな脅威の出現を、俺は、肌で感じていた。