第3話② 政治は夜に動くらしい、ですが、後宮の鼓動は“愛”でした
セリーヌは微笑を崩さず、静かに頷く。
「そうよ……まさに、旦那様は、心も身体も開く『鍵』。
もしかしたら、この国を本当の意味で豊かにする存在になるかもしれないわ」
(な、なんだその……全方位対応型みたいな言い方!? “心も身体も開く鍵”って、開きすぎじゃない!?)
ツッコミが脳内で暴れたが、セリーヌの声色はどこまでも静かで優しい。
本気で言っている。そこが、余計に照れくさい。
そういえば、ボディランゲージで“腕を組むと心を閉ざしてる”って聞いたことがある。
なら、身体を開けば――心も開くって、ことなのかも。
「……お母様、本気で、あの男に“鍵”としての役割を……?」
小さな声で問うリーゼロッテに、セリーヌは微笑みを崩さぬまま、そっと頷いた。
「そう信じているわ。……あなたが惹かれたことが、その証よ」
「わ、私はまだ惹かれてなどおりませんわ」
スカートの端をぎゅっと握りしめるリーゼロッテの手が微かに震える。
(まだって……、それ、そのうち惹かれるやつじゃん……)
「信じられなくても、向き合うことはできます。大切なのは――その覚悟ですわよ」
「――王妃殿下のご意見には、一理ありますな」
(えっ、一理あるの!? ってか誰? いたの!!)
声の主は、十賢人の一人。
白銀の髪をひとつに束ね、重厚な法衣をまとった老賢人。
「星霊様が“導いた”という事実。
それこそが、この者の正統性の証となる。
クラスやギフトが何であろうと――今さら問題にすべきではありますまい」
老賢人の言葉に続いて、ぞろぞろと現れる十賢人たち。
静かな沈黙が破られ、議論の波が立ち始めた。
「夜の熟練度など、礼節に欠ける。下賤の者が持つにふさわしかろう」
「だが、派閥争いが収まるなら――話は別だな」
「後宮の格式を、異邦の男に託すなど……笑止千万だ」
(うわっ、三連コンボで完全に“異物扱い”じゃん……)
「とはいえ、成果が出るならば、どんな鍵で開けようと関係あるまい」
「後宮を調和させられる力があるのなら、それが“夜”でも、“色”でも……ね?」
(あっ……なんか今の奴、やけにニヤついてなかった!?)
「格式など不要。我ら宦官にとって重要なのは、後宮を統べる力量のみ。“夜”の正しい運用は、その一助にすぎん」
「……いや、お前の語り、もう夜が主役になってるから」
「後宮の要は“心を動かす者”。恋も情熱も、立派な政治手段じゃよ?」
(なにこのノリ!? 俺、恋愛と情熱で宮廷内政をどうにかしろって話!?)
「ば、馬鹿な! それは軟派の極み! ここは政治と礼法の――」
「……ちなみに、回数で成長するなら鍛錬計画を組むべきかと」
「いや、それはまだ仮説にすぎぬ」
「ならば、記録を取り、観察すべきであろう。報告書を残す形で」
「“性なる者”か……まったく、神は妙な趣向をお持ちで」
(ええええ!? 観察!? 報告書!? ……ちょっと待て、俺、モルモットポジ!?)
賢人たちが“夜のスキル”を巡って議論を交わし、場がざわつく。
フォローのつもりか、追い打ちなのか、言葉がどんどん飛び交う。
(……やばい。このまま流されたら、“夜の成果報告”とか始まりそうなんですけど!? 記録係って誰!? 報告先ってどこ!? 俺、絶対エッチな調査書で提出される!!)
思わず背筋がゾッとする。
ユーリがじわりと額に汗をにじませた、そのときだった。
――すっ、と。
場を制するように、静かに一歩を踏み出した影があった。
優雅に揺れる金の髪。静けさをまとった気配。
その中心にいたのは、王妃セリーヌ。
どこまでも柔らかく、それでいて決して揺るがない。
凛とした微笑みとともに、彼女は言った。
「……ふふ。“夜”の扱い方ひとつで、後宮の均衡などいとも簡単に揺らぎますわ」
その瞬間――場が、止まった。
息を呑んだ賢人たちが沈黙し、空気が張り詰める。
誰もが、そのひと言の“深さ”に、反応できずにいた。
(……今、俺に“夜を制せ”って言ってるよね?)
けれどセリーヌ本人は、何事もなかったかのように微笑を浮かべていた。
まるで、「当然のことを申し上げただけですわ」とでも言うように。
(もしかして……今の俺、推しに推されてんじゃない!?)
賢人たちは押し黙り、リーゼロッテは耳まで真っ赤にして固まっている。
さっきまでの騒ぎが嘘のように、場に“妙な静寂”が満ちていた。
ふと、そんな中でリーゼロッテの寂しげな横顔が目についた。
視線の先には、堂々と場を制するセリーヌの姿があった。
(リーゼロッテ……抱きしめたいけど、まだ駄目だよな……)
そんな空気の中、ひとりが静かに口を開く。
「さすが、王妃殿下。よくお分かりになっている。
ゆえに、“教導師”の任を引き受けたがっておられたのか?」
「まさか。私は、真にリーゼロッテのことを思ってですわ」
(えっ、セリアさんが? ……いやいや、でも王妃様が“教導師”って、そういう比喩的な意味だよな? たぶん……)
リーゼロッテの目が、ぱちくりと見開かれる。
「教導師……? お母様が……!?
そ、それって、つまり……夜のお作法とかを……?」
「えぇ、初めては何かと大変ですから。
正しく導くことも、母としての役目でしてよ」
(“初めては大変”って言った……ってことは……)
……シーンとした空気が一瞬流れる。
(いやいやいや、まさか、ね?)
声には出していない、はず。たぶん。出てたら終わる。
(いや、でも……え、やっぱそれってそういう意味!?)
喜びが声になりそうになり、ユーリは慌てて口を押さえた。
が、その幸福感は一瞬で吹き飛んだ。
「それならば、我々が教育を施してもよいのだが」
ぬるりと……いや、音も気配もなく、空気を刺すような声が届く。
十賢人のひとり、丸眼鏡をかけた宦官――声だけは妙に滑らかな男が、静かに口を開いていた。
一瞬、ユーリの脳内に放送禁止音が鳴り響く。
(ちょ、待って待って待って!? 誰が!? 誰に!? 何を教えるって!?)
「ふむ、後宮の心得は我々が仕込んだほうが手っ取り早いのでは?」
「柔軟体操から始めるのがよいのではないか」
(って、おい、今の“施す”って、まさか実技の話!?)
反射的に口とお尻を同時に隠すユーリ。
(ない、ないないない……ないよね!?)
宦官の一人がツルツルの顎を摩りながら満更そうな笑みを浮かべている。
(……なんで俺、国の性教育方針に組み込まれそうになってんだろう)
想像だけで胃が痛い。ていうか、魂ごと逃げたい。
でも、もしどうしても避けられないなら――
(せめて……俺の“最初”は……セリアさんであってほしい……っ!)
【あとがき】
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