第1話④ 推しの王妃に即プロポーズ!?
セリーヌは思わず息を呑んだ。
青ざめたユーリの顔は、まるで絶望の淵に立たされているようで――。
その手にこもった小さな力が、不安とも、必死な想いともつかない熱となって、肌越しに伝わってくる。
(こ、こ、この人は……何を言っているの!?)
本気で自分を選ぼうとしている……?
その瞳に映るのは、「未亡人の王妃」ではなく──ただの「私」。
心臓が、嫌になるほど速く脈打つのを感じた。
「他の誰でもなく……俺は、この国の女王――いや、王妃でしたね。
でも、そんな肩書きなんて関係ない。
俺は……セリーヌさんなしでは、生きられない!!」
その言葉に、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。
(女王……私が? 違う……私は、ただの……)
思考が、言葉の渦に飲み込まれていく。
心の奥に押し込めていた何かが、じわじわと染み出してくる。
気づけば、肩の力がふっと抜けていた。
さっきまでは“母”として、将来の“王太后”として──
その仮面にふさわしい言葉を探していたはずなのに。
浮かんできたのは、あまりに甘く、あまりに背徳的な衝動だった。
(私は、女王にすらなれなかった女。
そして――リーゼが即位すれば、ただの“お飾りの王太后”)
この胸の疼き。
今すぐ抱きしめて、温もりで――いや、そんなこと、口にしてはいけない。
でも、もし……もし許されるなら。
彼の隣に立てるのなら。
“教える”のではなく、ただ“寄り添う”だけでも。
(……いけない。こんなことを考えている私は、やはり……)
気づけば、手が――ほんの少しだけ、彼の方へ伸びていた。
「……この国には、未亡人が若き王配候補に“心得”を授けるという、古いしきたりがありますの。
昔はそれを“教導”と呼び、務めを担う者を――教導師と称しておりました」
視線を逸らしながら、セリーヌはそっと続ける。
「その役目を……もし、私にお任せいただけるのなら――」
柔らかな声が、静かに空気を震わせた。
「そ、それって……本当に、その……! えっと、教導って、あの……え?」
ユーリは明らかに動揺していた。
顔は赤く、言葉はうわずり、視線は定まらない。
何をどう受け止めればいいのか、思考が混線している。
その不器用な様子が、なぜだかひどく愛しく思えて――
セリーヌは、ふっと微笑んだ。
「旦那様は、娘リーゼロッテと正統な婚姻を結ばれるお方――
ですが、私は……王に先立たれた、ただの未亡人です。
それでも……もし、許されるのなら」
一呼吸置いて、ほんの少し視線を伏せながら、
セリーヌはゆっくりと、決意をにじませて続けた。
「第二夫人として、静かに旦那様の夜の生活をお支えできれば……それだけで、十分ですわ」
言葉は静かで優しかったが、その響きは甘く、そしてほんの少し、罪の味がした。
その笑みに、ユーリの理性は音を立てて融けていった。
(え、え、え、え、えっ!? なに今の微笑み、破壊力やばない!?)
心臓がバグっていた。
呼吸は浅く、頭は真っ白。
それでも――確かに分かる。
(この人……今、俺の隣にいてくれようとしてる……)
ただの冗談なんかじゃない。
色仕掛けでも、からかいでもない。
目の前の王妃は、たった一人の“女”として、手を差し伸べてくれている。
(やばい。好きがあふれて止まらん……!)
「セリーヌさん!!」
気づけば、名前を叫んでいた。
感情が、声を追い越していた。
すると、彼女が少しだけ目を伏せ、
ほのかに笑みを浮かべながら囁く。
「……セリア、と呼んでくださいな。
その名を許した方は、これまでに――ほんの、数人だけでしたのよ」
「セ、セリア……!」
胸がいっぱいになった。
声が震えていたのは……きっと、熱のせいだ。たぶん。いや、絶対に。
気づけば、手が伸びかけていた。
このまま触れてしまえば、何かが壊れるかもしれない。
分かっていても――それでも、止まらなかった。
指先が、彼女の髪に届きかけた、その瞬間。
──ガチャリ。
「貴方、何をしているの!! お母様を弄ぶつもりなの、この破廉恥勇者ァァァァ!!」
重厚な扉が勢いよく開き、鋭い怒声が室内を切り裂いた。
視界が真っ赤に染まったのは、次の瞬間だった。
怒気と共に拳が突き刺さる――狙いは、顔面一直線。
──ドゴォォォォォンッ!!!
「ぐぼぉっ……!」
鼻骨が悲鳴を上げ、脳が揺さぶられる。
足が地を離れ、ユーリの身体は完全に宙を舞う。
(ヤ、バ……これ……ガチのやつ……)
視界の端で、騎士たちや侍女たちが悲鳴を上げているのが見える。
空中で一回転……いや、二回転? いや、もう数えてる場合じゃない。
そのまま壁に頭から突っ込み、ズシャァッと滑り落ちる。
――そして、床にめり込むように沈没。
(世界が回ってる……愛って、遠心力だったんだ……)
ユーリの意識は、回転しながらブラックアウトしていった。
【あとがき】
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