第1話③ 推しの王妃に即プロポーズ!?
(いけない……今の私、どんな顔をしていたのかしら。
恥ずかしくて……彼の目を見られない)
セリーヌの胸の奥がぎゅっと痛んだ。
まるで、かつて置き去りにしたはずの“恋心”が、
今さらになって、火のように疼き始めたかのように。
(私は……何をやってるの?)
すぐに、理性が顔をもたげる。
(この国の未来を託された王妃が、感情のままに動くなんて――)
彼が選ぶべき相手は自分ではない。
正統に王家の血筋を継ぐ前妻の子、王女リーゼロッテのみ。
(私が彼の手を取れば――“王妃派”は喝采を上げるでしょう。
けれど、“貴族派”はきっとこう叫ぶわ――『王太后が若き王配を籠絡した』と)
思い出すのは、昨日も耳にした宰相の言葉。
『王妃殿下が王配に目をつけた? ご冗談を。まるで帝国の夜会劇ですな』
(……冗談で済めばどれほど楽かしら)
今なお火種を抱える“旧王国派”や、力を蓄える新興貴族たち――
その誰もが、この国の中枢に牙を研いでいる。
(だからこそ、私は“人としての感情”など、決して……)
セリーヌは小さく息を吸い、静かに唇を開いた。
「それは……困りましたわね……」
そう言った瞬間、ユーリの顔から血の気が引いた。
(えっ? な、なぜそんな顔をなさるのですか?)
驚きに目を瞬かせていると、ユーリがまるで世界の終わりを迎えたかのような表情で、震える声を絞り出した。
「……俺じゃ、セリーヌ様の隣に立つ資格、ないんですか?」
(えっ―――!!! そ、そこまでですか? まだ会ったばかりなのに……どうして?)
セリーヌは困惑しつつも、ユーリがこれ以上辛そうな表情をしなくて済むように、優しく声をかける。
「ゆ、ユーリ様はご存じないかもしれませんが……」
セリーヌは視線を伏せ、震える声で続ける。
「私は王家の人間ではなく……ただ、前国王に王妃として嫁いだだけの身です。しかも……未亡人で……」
(お願い……私をこれ以上、迷わせないで……私を求めないで)
自分でも驚くほど、声が震えていた。
必死に冷静を装っているのに、胸の奥がかすかに軋む。
心の奥底で、何かが――古傷のように、疼いていた。
「この国を継ぐのは、娘である王女リーゼロッテ……
貴方と結婚し、子をなすのは……彼女でなければなりません」
言葉にしながら、胸に鋭い痛みが走る。
(そう……あの子こそが、この王国の未来)
彼──ユーリには、次期女王の夫となる定めがある。
そしてその夫として、後宮を束ね、派閥を越えて調停する“華楼公”の責務を――。
彼の存在は、ただの「伴侶」ではない。
王国を安定へ導くための、たった一つの“希望”でもあるのだ。
(……だからこそ、私情で揺らいではいけない)
けれど、記憶の底から――古い、痛みが浮かび上がってきた。
(私は……知っている。
後宮に感情が入り込んだとき、何が起きるのかを)
あの夜のことを、忘れた日はない。
王妃たちの派閥争いが火種となり、後宮は争いの舞台となった。
愛ではなく、政治の道具として女たちがぶつかり合い――
ついには、それが前王の命を奪った。
(あの人は、何も言わなかった。
静かに、冷たくなっていく手を、私は……見ていることしかできなかった)
王の死を境に、王弟が動いた。
寵妃と手を組み、後宮を煽り立て、王城を――かつて平穏があった場所を、炎に包んだ。
城門は破られ、空は燃えるような赤に染まった。
リーゼロッテを胸に抱いたまま、逃げることしかできなかった日々は、今も記憶の奥底に焼きついている。
(あれから五年……)
ようやく訪れた平穏は、まるで薄く張られた絹の幕のようなもの。
風ひとつ吹けば、裂けてしまう――そんな危うさをはらんでいた。
表向きは平穏を装っていても、実際に繰り広げられているのは――
正義を掲げた勢力争いにすぎなかった。
それが、どれほど滑稽で、どれほど残酷なものかを、彼女は知っている。
知っているからこそ、恐ろしかった。
そんな不安定な均衡の中で、王妃が“女”としての感情を見せたなら――
たったそれだけで、すべてが崩れ去る。
王妃が王配を籠絡した。
操っている。
そんな噂が囁かれるだけで、王都の空気は変わってしまう。
『王太后が王配を操っている――』
それは、ただの言葉では済まない。
言葉は火種となり、炎はふたたび、王都を焼き尽くす。
これは、ただの恋ではない。
一国の未来を左右する――覚悟を要する選択だ。
だからこそ、
彼に惹かれてしまう気持ちが、何よりも怖かった。
なのに――
どうして、こんなにも彼に心を奪われてしまうのだろう。
それでも――
胸の奥で、何かがふわりと浮き上がるのを止められなかった。
その気持ちは、理性という名の鎧を溶かしはじめていた。
そんなとき、ユーリがぽつりと呟いた。
「……やっぱり、俺じゃ……不釣り合いですか」
その言葉に、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。
まるで、自分の想いが彼を傷つけたかのように――
「俺じゃ……ダメってことですか?」
静寂が落ちる。
セリーヌの脳裏に、鐘のような音が鳴り響いた。
思考が追いつかず、心がぐらりと揺れる。
(はいぃぃぃぃ!?)
【あとがき】
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