第6話① 寵愛を夢見る少女たち、そして彼女たちは決意する
鏡の中の自分が、なんともまあ“地味で華のない宮妃”を演じきっていて、
オフィーリア・フォン・クローディアスはため息をついた。
(なんて無様なのかしら……)
(お父様が亡くなってから、兄は爵位を賭博で売り飛ばし、姉は商家に嫁がされ、私は後宮へ……。どこが名家よ)
(実家へ戻ったお母様からはいつも決まって一行。『母さんは元気です』って。それだけ……)
とはいえ、今さら泣くほど乙女な年でもない。
せめて眉の形だけは崩さないように、オフィーリアは無表情を装った。
「また鏡に見惚れていらっしゃるんですの? オフィーリア様、鏡の方が赤面してしまいますわよ?」
「ほんとほんと。あの艶やかな黒髪に、アメジストの瞳……それに何より、そのけしからん胸元……っ。神様の不平等采配ですわ!
ねえ、同じ宮妃なのにこの格差、納得いきませんわ!」
――また始まった、と心の中で肩をすくめる。
声をかけてきたのは同室の宮妃たち。今日もまた、暇つぶし半分、マウント半分の挨拶代わりだ。
ティナがぽつりとこぼした。
「……身だしなみも妃としての嗜みですって、先生が仰ってましたわね。 まあ、私たち下位妃には、絵空事ですけれど」
オフィーリアはその言葉に、小さくまばたきをした。
胸の奥をかすめたのは、共感とも反発ともつかない、淡い痛みだった。
(……嗜み、ね。生まれながらに身につけられる人間もいれば、足掻いても届かない人間もいる)
(どれほど完璧に飾られていても、“選ばれなければ”意味はない――)
そして、そっと目元に手をやり、何事もなかったように笑みを浮かべた。
ティナはうっとりとした目で、続けざまにオフィーリアを見つめる。
「でも、オフィーリア様は絵空事じゃないんですのよね〜。
その背中、なんだかこう……“矢を射る女神様”って感じ、しません? ちょっと痺れますの……」
小さく笑いが漏れた。リリカが片眉を上げ、口元だけで微笑む。
「痺れてるのはあなたの脳味噌ですわ。 でも確かに、あの弓を構える姿、ちょっと罪深いですもの」
彼女は視線だけを動かし、意味深にオフィーリアを見やる。
「もし華楼公様にお目通りしたら……ふふ、話題にはなりますわね」
(華楼公……)
その名に、オフィーリアの胸がわずかにざわめいた。
まだ遠い、触れたことのない存在。だが、名を聞くだけで空気の密度が変わる気がする。
オフィーリアはゆっくりとドレスの裾を整え、目線をふと持ち上げた。
仕草には、照れと、それ以上に、自分自身への牽制がにじむ。
「……くだらない妄想と言いつつ、皆さんの想像力の豊かさには感心いたしますわ。
その熱意を舞の稽古にでも向けたら、もっと素敵になれると思いますの」
(華楼公なんて、夢のまた夢……そんなに簡単に天上人に逢えるはずがありませんわ……)
「なにしてますの? 麗徳館の講義に遅れますわよ」
声をかけながら歩き出す。その背に、ティナの「あっ」という小さな声が追いかけてくる。
「そうですわ! 今日は後宮制度の歴史でしたわね。夢をぶっ壊す講義……」
リリカがぼやきながらも、どこか楽しげに目を細める。
「……現実的って言ってくださいまし」
ティナが苦笑しつつ、長い髪を手櫛で整えた。
「でも私、好きなんですのよ? 歴史。 だって、昔の妃たちも、私たちみたいに“うわぁ”ってなってたんでしょう? それってちょっと、親近感……」
「はいはい、先代の悲劇に親近感抱く前に、今日の課題提出してくださいまし。
“うわぁ”の数だけ減点されますわよ」
リリカは肩をすくめて笑い、優雅な足取りで先へと歩き出した。
三人は、下級妃が暮らす桂花院を出て、麗徳館へと向かう。
整然と敷き詰められた白石の回廊。さわさわと吹く風が、彼女たちの質素なドレスをかすかに揺らしていく。
後宮の構造は、東西に分かれた左右対称の造り。
桂花院も同様で、東が王妃派、西が貴族派とされている。
もっとも――内部には、さらにねじれた派閥や噂話、見えない線引きがあちこちに潜んでいるのだが。
ちょうど館の東翼の入口に差しかかろうとしたそのときだった。
反対側の階段から、見覚えのある姿が現れる。
「まあ……ごきげんよう、クローディアス家の、今のご令嬢」
その声音に、オフィーリアはゆっくりと顔を上げた。
階段の上段に立つのは、カミラ・エルディナ・ブレイグランド。
今をときめく貴族派に属する下級妃、ブレイグランド伯爵家の令嬢。
かつてはクローディアス家より格下とされていた家柄だったが、いまや立場は完全に逆転していた。
「ええと……いまは男爵家でしたかしら? ご実家の家名と混同してしまいそうで困りますわ」
オフィーリアはただ一言、目を細めて微笑んだ。
(その名前――記憶から消すには、まだ早いわ)
【あとがき】
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