第5話⑤ 華楼公、後宮に立つ
「ミレディ・フォン・グランツと申しますわ。新興貴族派より推挙を受け、十二星妃の一席を頂いております」
丁寧な言葉の裏に、どこかいたずらっぽい響きがある。
そして、にこやかに微笑んだまま、彼女の視線は――まっすぐにユーリを射抜いていた。
逃がさない。逸らせない。
それは笑顔という名の“包囲戦”だった。
「わたくし、人の価値は“今何を持っているか”ではなく、“これから何を生み出せるか”で決まると信じておりますの」
(……えっ、今って俺、“評価されてる”のか? それとも“値踏みされてる”のか?)
にこりと笑むその顔には、明確な答えがない。
なのに、その目は、すべてを見透かしている気がして――妙に、逃げ場がない。
「ですから、華楼公様の“未来”に、少しだけ……投資させていただければと思いますわ。
見返りは、ええ――焦りません。ゆっくりと、回収いたしますので」
さらりとした口調。
けれど、その最後の一言だけが、妙に甘く、妙に熱を帯びていた。
(な、なに今の……口説かれた……のか?)
混乱する頭では処理できなかった。
だって――
こんな風に、“個人として男として”言い寄られた経験なんて、
これまでの人生に――お店以外では、一度だってなかった。
(いやいやいや、絶対冗談だ。プロの社交辞令ってやつだ。こんなの、信じたらヤケドする……)
ユーリは自分に言い聞かせる。
けれど、胸の奥に残ったあの一言の温度が、どうしても消えない。
「……夜の相場がどれほどかも、いつかぜひ、体感させてくださいませ?」
ウィンク。
その瞬間、心臓が変な跳ね方をした。
喉が鳴った。呼吸が止まりそうになった。
(……あの視線……あの笑い方……)
どこまでが演技で、どこからが本気なのか。
まったく分からない。分からないのに――目を逸らせない。
(こんなの……落ちるに決まってるだろ……)
自分なんかが信じていいわけがない。
そう思うくせに、心の奥では、もう“もし”を考え始めていた。
もし、彼女がほんの少しでも本気だったとしたら。
もし、“俺”という人間を、ちゃんと見てくれていたとしたら。
(……転生特典で盛られたスペックじゃなく、
素の俺を、見てくれてるって……思って、いいのかな)
自分でも、笑ってしまいそうなほど。
その想いが、怖いくらいに、愛おしかった。
ミレディが一礼すると、場の空気に、再びやわらかな静けさが広がる。
その余韻を受けるように、セリーヌが一歩、静かに前へ出た。
「――これで、現在お集まりの十二星妃の方々からのご挨拶は、すべて終わりましたわ」
セリーヌの声音は変わらず穏やかだった。
けれど、その奥にある言葉は――確かに“現実”を告げていた。
「本来、十二星妃の席は十二名と定められております。
ですが、現在埋まっているのは、まだ三席のみ」
(……え、まだ“九人”増えるの……?)
セリーヌの声は淡々としているのに、
ユーリの背中には、冷や汗がじわじわにじんでくる。
「そして、十二星妃の上位には六華妃。
その下には、中級妃である三十六麗妃。
さらに、下級妃である百八淑妃が控えております」
(ま、待て待て待て……百八!? 聞き間違いじゃないよね!?)
「なお、淑妃に含まれない下級妃たちは“宮妃”と呼ばれ、
日々、旦那様のお傍に仕えるべく、己を磨いておりますのよ」
さらりと語られた“現実”に、ユーリは頭の芯から凍りつく感覚を覚えた。
(どんだけいるんだよ……。
ていうか、選ばなかったら、“見放された”って思われるの……?)
セリーヌが優しく微笑む。
その表情は変わらないのに、言葉は――静かに心を刺してくる。
「……旦那様。後宮とは、ただの夢の園ではございません。
そこにあるのは、誇り、信念、そして――国の未来です」
(あれ? ハーレムってラブコメじゃないの?)
「貴方様がその頂に立たれるということは、選ぶ者であり――同時に、裁く者となること」
(“選ばない”ってのも、“選んだ”ってことになる……ってことか)
「想いを受け取れば、派閥は喜ぶでしょう。
けれど、誰かを拒めば、その誇りを――血筋ごと否定することにもなりかねません」
(重っ……いや、ちょっと待って、そんなレベルの話だったのこれ!?)
「もちろん、現在はまだ後宮妃の選定中。
すべての席が埋まるのは、もう少し先のことです」
(“もう少し先”って、埋まる前提なんだ……! 国が倒れるより先に!?)
ユーリは思わず頭を抱えたくなったが、なんとか表情だけは保つ。
(お金の問題だけじゃない……。
それ以上に俺、華楼公として“夜の任務”もあるんだよな……)
(ゲームなら「後宮管理」コマンドで、好感度もステータスもポチっと上がったけど……
現実じゃ肌を重ねないと効果が出ないって、ちょっと待てや)
百人超。
派閥バランス。
好感度。
成長限界突破(物理)。
前国王の末路が頭をよぎる。
(あれか、どこかの誰かみたいに影分身するしかないのか?)
(いやいや、そうじゃないだろ。これはゲームじゃない。
生身なんだから、ちゃんと愛さないと……ダメだろ)
(……でも、その前に俺が倒れそうなんだけど!?)
ユーリが自分の体力の限界に思いを馳せていた頃――
別の部屋では。
己の居場所を見失いかけた、ひとりの少女が、鏡に映る自分と対峙していたのだった。
【あとがき】
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