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第5話② 華楼公、後宮に立つ

(こっちもヤバい……)


 ユーリの語彙が抜け落ちる。

 美しさの密度が、あまりに異常だった。

 優雅でいて、容赦がない。近づけば焼かれる――

 そんな警告を、身体が先に察知する。


 胸元に咲いた銀糸の薔薇が、風に揺れるたび、命あるもののように煌めく。

 彼女の姿は、まるで炎。

 静かに、しかし確実に周囲を灼いていく、“気高き火花”だった。


 白いファーが肩にやわらかく寄り添い、宝石のような瞳が、こちらを射抜くように見据えてくる。

 そして――その瞳が、わずかに笑った。


(ずきゅーーーん)


 しなやかに流れる髪。

 かるく巻かれたドリルに、指先をそっと絡めて――

 ほんの少しだけ、上目遣い。

 ユーリの心臓は、すでに手遅れだった。


「……あらあら。セシリー様に続いて、今度はレティシア様、ですのね」


 その声は穏やかだった。

 けれど、ひとつひとつの言葉に、微かに沈むような響きが宿っている。

 まるで薄絹に包まれた毒。じわじわと、心を蝕んでいく。


「やはり……お若い方には、敵いませんわね。

 ハリも、艶も、勢いもあって……」


 静かに、けれど確かに微笑みを浮かべたまま、視線だけがユーリに向けられる。


「旦那様は……お若い方がお好きなのですね。ええ、分かっておりますわ。

 私のような、夜を越えてきた女など……もはや求められませんもの」


 息が止まった。

 いや、ユーリのじゃなくて、空気全体が。

 その場にいた全員が“あっこれ地雷踏んだ”って分かってるのに、セリーヌだけが穏やかに笑ってる。

 そして、トドメがやってくる。


「……でも、それでも。

 どうしようもなく貴方が欲しいと思ってしまう私は――きっと、とても愚かですのね」


(違う! ちがうんだってば!! 見てたのは確かにおっぱいだったけども!!)


「ほんと、あなたって最低ですわね。お母様をどれだけ悲しませれば気がすむのよ!!」


 いや、違う。

 いや、違わない。

 でも、そういう話じゃない!!!!


「“ふわふわの髪に、きらきらの目に、ぱっつんの谷間”がそんなにお好きなら、最初からそう言ってくださいませ……。

……べ、別に羨ましくなんて、ありませんけれど!!」


 リーゼロッテは自分の胸元をチラリと見やる。


「……少しくらい、気にしてませんことよ」


「ち、違うんだ! セリアさんのも、リーゼロッテさんのも……全部が、最高で……選べるわけ、ないじゃないか……ッ!!」


(俺は一体何を言ってるんだ?)


 どうしようもないほど混乱していた。

 でも、言葉にしないといけなかった。

 このまま黙っていたら、きっと――彼女たちは、自分の中から少しずつ遠ざかっていく。


「そりゃ……確かにちょっと、見惚れてましたよ!?

 でもそれは……セリアとリーゼロッテさんが隣にいたから、安心して油断した結果であって……!」


「ふふ、ごめんなさい。旦那様があまりにも見とれられてたので、つい……嫉妬してしまいましたわ……」


(……そんなふうに謝らないで)

(謝られると、俺の方が小さくなるから……)

(でも、ゴメン、見ないなんて無理……)


「……っ」


 一瞬だけ、リーゼロッテの視線が下がる。

 けれどすぐに顔を上げて、いつもの調子を取り戻すように言い放つ。


「わ、私はあなたが誰のどこを見ようが、全然きにしてませんわよ。

 というか、こんなところに突っ立ってないで、早く彼女たちに挨拶にいきますわよ」


 その口調はきっぱりとしていて、いつも通りのツン。

 でも、ほんの少しだけ、語尾が揺れていた。


 ユーリは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに微笑んで、素直に頷いた。


「……そうだね、ごめん。行こうか」


 そう言って、一歩を踏み出す――

 その、ほんの刹那のタイミングで。


 背後で、かすかに小さな声が漏れた。


「……お母様にだけ、優しくしないでくださいまし」


 聞こえたか聞こえなかったか、ギリギリの距離感。

 足を止めるには、ちょっとだけ遅かった。

 振り返るには、ほんの少しだけ勇気が足りなかった。


 ユーリはそのまま歩き出した。

 けれど、胸の奥で――小さな声が、確かにこだました。


(……リーゼロッテさん)

(次からロッテって呼ぶから……ちゃんと、君だけの名前で)


 後ろに残したその想いが、なんだか少し、甘くて、切なくて。


(でも……ロッテ、なんて呼んだら……怒るかな)


 小さく笑いながら、ふとそんなことを思う。

 きっと「は、はぁ!? 誰がそんな愛称で呼んでいいと許可しましたの!?」とか言いながら、

 その実、耳まで真っ赤にして――そっと目を逸らす。


 そんな顔を、ユーリはどうしても、見たいと思ってしまった。



【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


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