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第3話③ 政治は夜に動くらしい、ですが、後宮の鼓動は“愛”でした


(ってか、そもそも、十賢人って――宦官かんがんだよね!? 男だよね!?

 仮にちょん切られてても、構造的には男だよね!!)


(え、俺……マジで誰に“履修”される予定だったの!? ねぇ誰か説明して!?)


 自分の未来に、得体の知れない冷気が忍び寄る。

 そんな空気の中で、黒猫コクヨウがひょいと口を挟む。


「ご主人様は“嫁を強くできる男”ニャ。

 相手は女性じゃなければ効果が発揮されないニャ」


(……よ、よかった。物理的に無理な相手は対象外ってことだよな!?)


「だよね。やっぱり初めてはセリーヌ様だよね!!」


 安堵とともに、胸をなでおろしかけた――その瞬間。


 部屋の空気が、ぴたりと止まった。


 ――音が消える。誰も動かない。誰も喋らない。

 全員の視線が、ユーリと猫に集中する。

 まるで「今、爆弾が投下された」と認識したかのように。


 黒猫コクヨウは、どこ吹く風としっぽを振っている。

 けれど、十賢人の誰かが手元の巻物を落とし、乾いた音が、やけに大きく響いた。


(……え? え? なんでそんな空気凍ってんの!?)


「まぁ、私を選んでくださるのですわね。嬉しいですわ。

 でも、セリーヌではなく、セリア……ですわ」


(いや、今、呼び方ツッコむところじゃない空気だよね? ……ていうか、なんでそんなに落ち着いてんの、この人……?)


「ちょっと、なんでお母様ばかり!! ズルいですわ」


 ――その声は、わずかに震えていた。


 唐突に上がった声に、室内の視線がリーゼロッテへと集まる。

 当の本人は気づかぬふりをして、まっすぐ前を見据えていたが――

 ほんのり赤く染まった頬と、きゅっと結ばれた唇が、感情の乱れを隠しきれていなかった。


(……あ、なんか今の“ズルい”、本気のやつだったかもしれない……)


「あら、リーゼも興味あるのかしら……ワンナイトヒーローに?」


「ちっ、ちがいますわっ! お母様とか、そんなの興味あるわけっ……っ、

 あるわけ――っ、ないんですの!! あんまり調子に乗ると……も、もぎますわよっ!!」


「何で俺!? (俺の未来がまた危うい……!!)」


「そうじゃなくて……そのコクヨウ様が仰った”嫁を強くできる”とはどういうことか? と言うことですわ!!」


「嫁を強くって……ハーレムキングダムの仕様だよね?

 えっ? どういうこと? 」


 混乱気味のユーリに、コクヨウはしっぽをぴんと立て、誇らしげに言い放った。


「何を言ってるニャ? ご主人様のギフトは、慈愛の恩寵おんちょうニャ。

 肌を重ねた女性の能力成長限界を引き上げられる――つまり、『嫁を育てる力』ニャ!」


 目の前の黒猫が、さらっととんでもないことを言い放った気がする。

 十賢人も、驚き過ぎたのか目を見開き口を大きく開けている。


(賢人全員、無言で目見開いて口あけて……やばい、誰か魂置き忘れてるぞ!?)


 笑いを堪えるどころか、空気そのものがフリーズしたような錯覚。

 誰も動かない。誰も咳払いすらしない。

 黒猫コクヨウだけが、しっぽをのんきに揺らしていた。


 一方で――セリーヌは、ただ視線をユーリに向け、微笑んでいた。

 その瞳はどこか楽しげに細められていた。

 恥じらいも動揺も見せず、ただ状況を受け止め、見定めるように。


(え……なに? あの目。

 “ふふ、知ってましたわよ”って感じ? いや、もっと……)


 白く整った指先が、頬にそっと触れる。

 それだけで、彼女の優雅さと威圧感が、部屋の温度をゆっくりと上げていった。


「……まさか、そこまでとは思っておりませんでしたけれど。

 ええ、なるほど……」


 その瞳の奥に宿る光が、わずかに色を変える。

 静かに、けれど確かに――何かを決めた者の眼差しだった。


(“なるほど”って……あの言い方、完全に何か企んでる人の声じゃん……

 この人、いま笑顔の裏でフル回転してる。絶対してる)


 声は穏やか。表情も変わらない。

 なのに、空気の質だけが、じわりと変わっていく。


 理性の奥で何かが目を覚まし、ゆっくりと牙を研ぎはじめる。

 それは母性でも色香でもない。

 もっと深くて原始的――獣じみた、本能の匂いだった。


(い、今……目がギラッとしてなかった!?

 あれ、俺って狩られる側だったっけ!?)


 ユーリの背筋に一筋の冷や汗が流れる。


(まさかの獣神覚醒ビーストモード!?

 俺のスキルじゃなくて、セリアに効果出ちゃったパターン!?)


 リーゼロッテはと言えば――

 まるで時を止められた人形のように、完全にフリーズしていた。


「な、な、ななな……っ!?

 なに言ってるんですの!? “嫁を強化”とか、“育てる”とか、“肌を重ねる”とかっ……!」


 耳まで真っ赤に染まり、目をぐるぐると泳がせながら後ずさる。

 理性が今にもショートしそうな勢い。


(リーゼ……理性ゲージが赤点滅してる……! 誰か、冷却魔法を!)


 声を荒げる彼女をよそに、セリーヌはあくまで落ち着いた声で――


「旦那様。その力が本物であるなら……この国の未来を左右する重大な要素になりますわ。

 まずは慎重に、どのような条件で発動するのか、そして実際に“成長限界を超えられる”のか、検証してみる必要がございますわね」


「なななななな、何を言ってるのですか、お母様ああああっ!!?」


 頭から蒸気でも出す勢いで、リーゼロッテの絶叫が響く。


(うわっ……完全にオーバーヒートした……!)


 そこへ、場の空気を切り裂くような低い声が重なった。


「……そうですな。お渡りの相手を決めるのは、本来、後宮を預かる宦官かんがんの仕事。その決定は我々が下さねばなりますまい」


 声の主は、白銀の髪を後ろで束ねた老賢人。

 面の皮ひとつ動かさず、静かに続ける。


「いくら特例で後宮妃になるとはいえ、王妃殿下が“直接指名”などという前例をお作りになるのは、少々問題ではありませんかな」


「……そうかしら? これは、非常に危険な力ではなくて?

 夜伽をした相手の能力を強化するだなんて」


 セリーヌの声には、冷静さのなかに、ひとつの警告が滲んでいた。


「もし、旦那様に反意を持つ後宮妃が現れた場合。その妃と肌を重ねてしまえば――

 物理的に“強化された彼女”が、ご主人様を……暗殺することすら可能になりますわ」


 室内の空気が、目に見えぬ氷柱のように尖った。


「っ……!?」


 ユーリの背筋に、ぞわりと寒気が走った。


(……ゾッとした。今のは“冗談じゃない”声だったよな……)


 笑みを浮かべているはずなのに、セリーヌの目は全く笑っていない。


(セリアがここまで冷たく言うってことは……十賢人の中じゃ、俺の命なんて、“必要経費”程度の扱いかよ……)


「場合によっては暗殺があり得る、というご懸念はもっともなこと」


 老賢人は一歩も退かぬまま、平然と返す。


(……マジかよ。

 俺、今この国の中で、“後宮妃の強化素材”みたいな扱いされてんのか……)


「だからこそ、後宮の妃の選定や“お渡り”の管理は、我々が厳重に行うべきだと申し上げているのです」


「……それは」


 背後で、小さく誰かが息を呑んだ音がした。


 セリーヌは一拍の間を置き、静かに言葉を紡ぐ。


「十賢人が“意図的に”危険な妃を送り込もうと考えている、ということかしら?」


 その言葉が落ちた瞬間――室内の空気が張り詰める。

 誰もが声を発せず、ただ、微動だにできなかった。





【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


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