第1話① 推しの王妃に即プロポーズ!?
「俺、ずっとあなたに恋してました――だから、俺と子作りしてください!」
出会ってからわずか五分後。
ユーリは、黄金の髪を揺らし呆然と立ち尽くす美女――王妃セリーヌの前で、堂々と宣言していた。
周囲の騎士やメイドたちが絶句し、召喚の間は静まり返る。
(あれ……? 俺、今なんて言った?)
自分でも聞き返したいレベルだ。
(バカ! 俺はバカなのか!? いくら推しだからって、出会って五秒で“交尾の申し込み”って、どんな脳ミソしてんだよ!! 働けよ、俺の海馬!!)
でもな――悪いのは、目の前にいる“理想”そのものの彼女なんだよ……!
セリーヌ・フォン・オルタニア。
政略結婚で天下を裏から支配する嫁取り戦略ゲーム『ハーレムキングダム』に登場するヒロインの一人――超絶美女、俺の“推し”その人だった。
その彼女が、いま目の前にいる。
……夢だ。
うん、間違いない。
(落ち着け俺。絶対に変なことを考えるな。考えたら負けだ!)
この歳で、パンツの早朝手洗いは切なすぎる。
けれども、ふわりと広がる金色の髪、豊かな胸元、花の蜜のような甘い香り――視線をそらせない。
その容姿だけでなく、気品と知性、優雅さを兼ね備えた彼女は、まさに王国の至宝。
「……まさか、星霊様の召喚に応じた勇者様が、このような大胆な方だとは……」
その声には、驚きと、わずかな戸惑い――そして、頬を赤らめるセリーヌ。
けれど彼女はすぐに表情を整え、優雅に視線を逸らす。
「……なぜかしら。このような言動、本来なら軽蔑すべきなのに……」
セリーヌは小さく息を吐いた。
「胸の奥が、ざわつくのです。これが……勇者様の“力”というものなのかしら」
その仕草に母性と気品が溢れ、さらに胸が高鳴る。
(ん? 勇者?
俺、さっき『商人』選んだ気がするけど……
まあいいか、夢だし。設定の整合性とか気にしたら負けだろ)
しかし目の前の世界は、ゲーム『ハーレムキングダム』そのままにリアルだった。
(そういや、あのゲーム、じいちゃんが持ってきたんだよな……)
『限定版らしいぞ。開発元? 知らん。でもパッケージ、すごいだろ?』
勇者クラスで最低十周――
気づけば七百時間はプレイしただろうか。
(てか、あのパッケージは神だったな。
王妃セリーヌと王女リーゼロッテの親子が抱き合っててさ……
もう、ほんと挟まれたいよね!)
そんな妄想に浸っていると、足元から呆れたような声がした。
「強引に魂を転生召喚したせいで、ご主人様の頭が壊れたニャ……。どう考えても正気とは思えないニャ」
慌てて視線を下げると――
見覚えのある黒猫が、二本足で堂々と立っていた。
「えっ、コクヨウさん?
なんで立ってんの? てか、なんで喋ってんの?
……ああ、夢か。そうだよな、夢だもんな」
「ニャ? 夢じゃないニャ。
ここは現実、ユーリにとっての異世界だニャ」
黒猫――コクヨウが、ふかふかの胸を誇らしげに突き出し、しれっとした顔で言い放つ。
「ほらぁ、キャラ名で呼んでる時点で、やっぱりゲームの夢じゃん」
「だから、夢じゃないニャ」
「いや、だって俺の本名……
あれ? なんだっけ? 昨日までの生活の記憶はあるのに、自分の名前が思い出せん……」
艶やかな尻尾をピンと立てながら、コクヨウがむくれる。
つぶらな瞳が、じっとこちらを見上げていた。
「こっちでの生活に馴染みやすいように、前世で強い未練や執着のある記憶は、少し封印されてるはずニャ」
「またまた〜、いくらゲームしか友達がいないボッチのポッチャリサラリーマンだからって、
流石に夢と現実ぐらい区別がつくよ」
「うニャー、ぜんぜん分かってないニャ!!」
耳をぴくぴくさせながら、コクヨウが盛大にため息をつく。
気づけば、その体を抱き上げていた。
ふかふかの毛並みに指が沈み、鼻先をくすぐる匂いまで、やけにリアルだ。
なのに、どこか現実味がない。
まるで、仮想空間の中で超高精度の触覚再現に酔っているような、不思議な感覚。
自分の手が、自分のものじゃないようなズレ。
まさに、誰かの身体を借りて動いているみたいな……。
(これ……夢? リアルすぎるけど、でも……なんか、自分の感覚じゃないんだよな……)
心だけが、まだ身体に追いついていないような、ふわふわとした浮遊感。
「……ねえ、コクヨウさん」
ユーリはふと、黒猫に視線を落とした。
「この世界で死んだら……死ぬの?」
「……やっぱり頭に不具合が起きてるかニャ? 死ぬに決まってるニャ」
黒猫は目を細め、尾をふわりと揺らした。
「ここは“ゲーム”じゃない。戦場だニャ。勇者に選ばれた命は、ただの駒じゃないニャ。勝てば王、負ければ、骨すら拾えないニャ」
(勝てばヒャッハー、負ければ地獄ってことか……)
背中に冷たいものが這い上がる。
死ぬ――この世界で本当に、死ぬのか。
……でも。
(いや待て、異世界転生だぞ? ゲームと同じってことは、特典とかあるはず。
強くてニューゲーム……だったらいいな……)
ほんのわずかな希望にすがるように、胸が高鳴る。
(もし、これが夢じゃなくて現実だとしたら……
ここが本当に『ハーレムキングダム』の世界だとしたら……
俺、もしかしなくても……ハーレム王!? マジで!?)
身体の奥から熱が込み上げる。
ゲームの中では、最初の嫁は王女リーゼロッテだった。
何周プレイしても、どれだけ好感度を上げても――
セリーヌは王太后になってしまっており、決して嫁にはできなかった。
(でも、もしここがリアルだとしたら、ゲームのルールとか関係ないんじゃね?
それに俺、ハーレム王だし!)
こんなチャンスは二度とない。
画面の向こうじゃない。
『本物のセリーヌ』が今、目の前にいるんだ。
ここで本気を出さないなら、
720時間もゲームをやり込んだ意味がない――!
「あの……旦那様のお名前を、お聞かせ願えますか?」
セリーヌの声には、不安と希望が混ざっていた。
まるで“確かめたい何か”があるかのように。
(名前……俺の、名前……)
思い出そうとするが、昨日までの自分が遠い夢のようだった。
(でも……この世界で生きるなら、俺の名は――)
「ユーリ・レイヴェルト。……それが、俺の名前です」
その瞬間、それまで漂っていた意識が、ピタリと“身体”に着地した気がした。
まるで、バラバラだった自分がようやく一つに繋がったように。
世界が、ユーリという存在を認めた気がした。
(……これが俺の新しい人生。じゃあ、俺がやるべきことはひとつだろ。
推しが目の前にいる。迷ってる暇なんかない!
行けるところまで行くしかない。だって俺は……)
セリーヌをまっすぐと見据える。
(ハーレム王になる男なんだから!!)
その結果、腹上死するならそれも本望――死して屍拾う者なし!
ユーリは覚悟を決め、セリーヌをまっすぐ見つめ直した。
「もう一度言わせてください!
俺と人生のパーティーを組んで、史上最高のハッピーハーレム王国を作りませんかッ!!」
【あとがき】
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