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第七話 王城からの知らせ

 アストレア領には、いくつかの大きな市場がある。

 その中でも一番大きい市場は、領主の館のある首都アースの、グランメザン市場だ。


「へぇ。これはまた規模がすごいな」

「でしょう? ここは、交易で入ってきた商品もあるし、交易で出すための商品もあるのよ」


 グランメザン市場は、大きな天井で覆われていて、雨の日でも商品を売り買いができる。

 野菜から肉、花や加工品など、いろいろなものが販売されていた。


「特に紹介したい商品があるの」


 そう言って、カイエンたち一行を連れてきたのは、保存食のエリア。


「リュシー、ここは?」

「我が領地で作ったものを『加工』して、販売している場所」

「加工?」

「そう。どんなものが並んでいるのか、見てくださいな」


 どこの領地でも作っているような保存食から、我が領特有の保存食まで、多種多様なものが並ぶ。

 カイエンも、補佐官たちも、食い入るように見て回っていた。

 その間に、先に購入しておいた商品を、二階の事務所に用意して貰う。


「一通りご覧になったら、一度事務所に」


 全員で二階にあがる途中に、ふと人混みの中で目に入った人物がいた。


(あの人……、なんだか見たことがあるような……。まぁ、気のせいか)


 似た顔は、世の中に複数いるという。

 しかも、彼を見かけたことがあるのは、王都でのことだ。

 おそらく別人だろう。

 そう、思っていたのだが──。


「リュシー、これらは……!」


 事務所に入った机に、王国の役に立ちそうな商品が並ぶ。


「こちらは果実の蜂蜜漬け、こっちは塩漬けの果実。それは輸入したスパイスで作ったシチューの素」

「シチューの素?! ──あっ」


 思わず声を上げてしまったのだろう。

 補佐官の一人が、慌てている。


「いいのよ。領民は作業の繁忙期になると、調理をする時間もとれなくなるでしょ。だから、この素さえあれば、簡単に料理ができるようにしたの」

「なるほど……。ただ輸入したものを、そのまま商品として売るわけじゃないのですね」

「もちろん、そのままスパイスで売るものもあるけど、付加価値ってものをつけるの」

「付加価値……」


 私の言葉を聞いて、カイエンが小さく反芻した。


「そう。付加価値をつければ、さらに別の国に輸出することだってできるわ」


 補佐官が一斉にメモを取る。


(なんだか、この景色も見慣れてきたわねぇ)

 

「この織物は?」

「それは、ブドウの絞りかすで染めた織物。手に取ってみて」


 カイエンは、織物をそっと手に取った。

 ブドウはワインにするために、王国の多くの領地で作られている。

 だが、絞ったかすは捨てていると聞いた。


「これは実に、良い色だな」


 彼が見ているのは、明るめのピンク紫の織物。


「カシの木を灰にして作ったミョウバンを媒染にして、染めてるの」


 媒染とは色を定着させるもの。それにより、抽出される色も変わってくる。

 アストレア領では、他にも鉄や銅を使ったものもあり、どれも美しい色合いだ。


「他の媒染のも綺麗だけど、使ったブドウの絞りかすを最後に堆肥にするから、ミョウバンが一番土にとって安全なのよね」

「え、その絞りかすは、最後は堆肥になるのか?」

「だってもったいないじゃない」


 ちょっと貧乏っぽいと思われたかな。

 でも、アストレア領のものを無駄にせず、循環していくには、これが一番良いのだ。


「リュシーは、すごいな」

「そう? でもカイエンだって、王国のことを考えて、こんな遠くまで来てくれたじゃない」


 私は自分の領地のことだけを、考えていれば良かった。

 でも、カイエンは次期国王だ。王国全土のことを、きちんと考えていかないといけない。


(私にできることは、今のアストレア領で行っていることを、伝えるのみ……!)


「そうそう、果実を漬けたものは、暑い国に重宝されるし、この織物はファッションの最先端と言われているような国で大人気なの」

「それはつまり」

「うん。交易先のことを考えて、商品開発をする必要があるってこと」


 それに、各領地ごとに得手不得手があるだろう。


「領地同士で、加工する元になるものと、加工の担い手を分けることもできるし……」

「それができれば、農業が不作のときも」

「そう。安定した税収が得られる」


 農業は天候との共存。

 こちらがどんなに頑張っても、長雨や冷夏、豪雪に水不足、どれも手出しができない。

 だから、私たちができることは、そうなったときに、どうやって領民を守っていくお金を用意できるか。


「俺は、農業をいかに上手くまわしていくか、を考えすぎていたみたいだ」

「あら! 農業をいかに上手くやっていくかは、大事な課題よ」

「だとしても。今日リュシーに言われて、できることがいくつもあるってわかった」

「だったら、私の案内は大成功ってことね」


 軽く肩をすくめて笑うと、カイエンはじっと私を見た。


「カイエン?」

「リュシー。もう一度王太子妃に、ならないか?」

「王太子妃……に?」


 思わず瞬きを何度もしてしまった。

 そして、はっとする。


「大丈夫よ、カイエン! 王太子妃にならなくても、アドバイスはいくらでもするわ!」

 

 危ない。

 うっかり、カイエンが私を好きなのかと、勘違いするところだった。


(カイエンには、きっと政治的にもっと必要な縁談もあるはずだし)


「リュシー……」

「殿下……」


 カイエンが私を呼ぶ声と、補佐官たちがカイエンを呼ぶ声が、何故か重なる。


「あれ……私、調子に乗り過ぎちゃった? アドバイスはいらなかった……?」

「そうじゃない! そうじゃないんだ、リュシー」


 慌てるカイエンをよそに、事務所のドアをノックする音が響いた。


「はい、どうぞ」

「失礼します」


 従僕のダンテが入ってきた。


「なにか、あった?」


 昨日、彼が馬で駆けてきたのは、ノアが発熱したからだった。

 まさか今日も……?


「ルーファス様より火急の知らせが入りました。旦那様より、カイエン殿下と共にすぐに屋敷に戻るよう言付かっております」


 お兄さまからの、急ぎの知らせ──。

 私とカイエンは顔を見合わせる。


「早馬が来たということね」

「はい。馬の乗り継ぎでの、急ぎの便りでした」


(王城で、何かが起きた──?!)


「リュシー、とにかく戻ろう」

「うん」


 馬車の馬を足の速いものに変えて貰い、屋敷へと向かう。


「ルーファスからということは、王城で何かあったか……」

「思い当たることは?」

「──ない、とは言えない」


 カイエンは、私をじっと見つめた。


「この四年間で、ホーツグリル公爵派を徐々に追いやったと言っただろ?」

「うん。──お兄さまも協力したって」

「その通りだ。ホーツリル公爵は王妃の実家」

「つまり、今王妃と第二王子は、後ろ盾が弱くなってる、ってこと?」

「正解」


 それは、王妃と第二王子が追い詰められているとも言える。


(あ……!)


「どうした?」


 私は、さっき見かけた人物を思い出した。

 

「私、市場で第二王子の従僕を見かけたんです」

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