表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/20

第五話 殿下との視察

 カイエンは指を一本ずつ立てながら、口を開いた。


「農業改革の実績、収穫量の推移、領民の労働時間の変化……他の貴族の領地と比較して、リュシーが行った改革がどれだけ効果的だったか、はっきりと示したじゃないか」


 プライドの塊のような貴族たちでも、戦勝の英雄の娘ということで、大っぴらに拒絶はできなかった。

 でも、明らかに私を舐めるような顔をしていたのだ。

 だったら、こちらも遠慮はしない。


「ああいうときは、数字が一番相手の頬を叩きやすいの」

「全くその通りだ! あいつら、真っ青になってたぞ」

「あのおっさ──コホン。おじさまたちを、ひれ伏させたくなったよね」

「あれは痛快だったなぁ。あの頃から、リュシーは勉強熱心だった」

「ありがと。私はただただ、この領地と領民を守りたくって」


 だから、カイエンにも期限付きの結婚を提案したのだ。

 私は研究を続ける自由を。

 そしてカイエンには──王都から遠い、辺境伯領の泥まみれの娘ではなく、王都の華やかな令嬢との結婚の可能性を。

 お互いに異性愛ではなくて、家族愛で過ごせたからか、とても穏やかに過ごすことができた。


「王城の農政官ですら、こんなに成果は出せていない」

 

 目を細め、私を見る。

 その瞳には、私への尊敬の念が込められていることに気付いた。


(ありがたいな)


 私がやってきたことが、こうして結果として出て、そしてそれを、第三者に認めて貰える。

 それがこんなにも嬉しいことだなんて。

 

「さ! サクサクと他も見ましょう!」

「いや、ここをもう少しじっくりと見よう」

「じっくり……」

「せっかく来たんだからな」


(確かにね。早く帰って貰いたいのは、私の都合だけど、カイエンだって王国の農業を変えようとして来てるわけだし……)


 ほんの少しだけ反省して、きちんと説明をしようと気持ちを切り替えた。

 農地改革でやったことの説明をするには、実際に畑に降りるのが一番。

 全体を見渡していた場所から、農地へと皆を引き連れていく。


「気を付けろよ」

「ふふっ。何年この辺りを走り回ってると思ってるの」


 なんて振り向きながら言った直後。


「わわっ」

「ほら!」


 うっかり小石に足を取られ、転びそうになる。

 咄嗟に腰を引き寄せて貰って、事なきを得た──けど。


「は、恥ずかしい……」

「リュシーに怪我がないなら、別にいいだろ」

「そうじゃなくて、私ったらいつもはノ……」

「ノ?」


 一瞬空気が止まる。


(しまった!)

 

 できるだけ、なんでもないような顔を作った。


「ううん。いつもは、こんなことない、って言いたかったの」


 カイエンの腕の中からそっと抜け出して、なんとなく土を見つめる。

 

「……リュシー、何か俺に隠し事してないか?」


 その声が、妙に落ち着いていて怖い。

 顔を上げると、カイエンがじっと私を見ていた。


(まさか……気付かれた?!)

 

「カイエンに隠し事……なんて、してない、よ」


 自然に言ったつもりなのに、最後の「よ」が、ほんの少しだけ遅れた気がする。

 カイエンは何も言わない。

 ただ、少しだけ間があって、私の視線を追うように、ゆっくりと目を細めた。


「──そっか」


(うう……。上手く誤魔化せたかなぁ)


 とにかく話を変えよう。


「で、では! 土の話を!」

 

 麦畑の土をくしゃりと握る。


「この土は、麦の籾殻や、木の枝なんかを炭化するまで燃やしたものを混ぜ込んでるの。それから」


 説明をしながら、当時のことを思い出す。


「痩せこけた土地に、ただ堆肥を混ぜるだけだと、駄目だったの」

「駄目、とは」


 後ろで控えていた補佐官が聞いてきた。

 私はそちらを振り返り、土を手のひらで広げてみせる。


「保水能力が落ちていて、すぐに水とともに栄養分が流れ出しちゃって」

「ははぁ、なるほど」


 彼らは熱心にメモを取っていく。


「それで、そのくん炭を?」


 カイエンも中腰になって、私の手元を見た。


「そう。あとは、森でキノコを採取していたときに、それが土の中で根と繋がってることに気付いて」

「キノコ……?」


 後ろで補佐官たちがざわめいた。

 それもそうだろう。

 キノコは食べたら美味しい。でも、逆にいえば森にキノコを食用で採取すること、それだけが皆の知ることだから。


「それで、キノコの菌を培養して、畑に蒔いてみたら、作物の成長が約三倍になったのよ」

「作物とキノコが助け合う……? そんなの聞いたことがないですな」

「いやこれは、是非とも王都の畑でも実験し、全国に……」


 まさかここまで驚かれるとは思っていなかったけど、補佐官たちの熱心な瞳に、私も説明に力が入っていく。

 私は次々と、土地を復活させるために行ったことを、具体的に説明した。

 あの戦後復興会議のときよりも、さらに研究を深めて改善したのだ。

 補佐官たちはもちろん、カイエンも、真剣な表情で私の説明を聞いては、質問をしてくれる。

 私たちは持ってきたサンドイッチやフルーツをランチとして食べ、午後もまた説明を続けた。

 随分と長い時間、説明や質問、それに活用方法についてなどを畑で議論し続ける。

 やがて、少し落ち着いたとき。


「実験するの、大変だっただろ?」

「そりゃぁね。でもちゃんと実験を繰り返して、それから領地に広げて……。私の思い込みで、領民の畑を失敗させるわけにはいかないもの」

「リュシーは、確かに思い込みが激しいところがあるからな」

「失礼ね!」

「はは。でも……本当にすごいよ」


 カイエンの瞳は、まるで春の日差しのようにあたたかい。


(いつだって、こうやって見守ってくれるのよね。まるで、お父さまやお兄さまみたいに)


「さっきも少し話題に出てたけど、王国の農業があまり安定していないって……」

「ああ、俺がここに来たのも、アストレア領の農業手法を、王国全土で取り入れられないかと思って」


 カイエンが来るとわかったときに、サリーが言っていた通りね。

 農業だったら、私が役に立てる。


「カイエン、良かったら状況を詳しく──」

「お嬢さま!」


 そのとき、馬に乗ってダンテが走ってきた。


「そんなに急いでどうしたの?」


 馬を下り、私の元へ駆け寄ってきたダンテは、私に囁く。


「ノア坊ちゃまが、お熱を」

「えっ?!」

「どうした。やけにその従僕と顔が近いが」

「ででで殿下! それは誤解であります! 私はその、急ぎの案件をお嬢さまに」

「ああ、分かってる。大丈夫か、リュシー」


 カイエンの言葉に、私は立ち上がる。


「ごめん、カイエン。続きはまた明日でもいいかしら」

「構わない。何か起きたんだろ?」


 彼に頷くと、ダンテが乗ってきた馬に駆け寄った。


「ダンテ、馬を借りるわね! あなたはカイエンと一緒に馬車で戻ってきて!」

「殿下と?! そりゃ無茶ですよ、お嬢さまーっ!」


(ノア、熱はたいしたことないといいけど……)


 ダンテの声を遠くに聞きながら、私は別館にいるノアの元へと走り去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ