第三話 王太子殿下の視察、四日で終わらせます!
「三週間……かぁ」
昨夜の話を受け、ぼんやりと考える。
数日で帰ると思っていたカイエンの滞在は、想像以上に長い。
「ということは、ノアを本格的にどこかに預け……うぅん。そんなに長い間は無理よねぇ」
我が家の別館は、本館と繋がっている。
さすがに客人であるカイエンが、勝手に別館まで足をのばすとは思えない。
でも、逆は?
ノアが本館に遊びにくることは、十分にありえるのだ。
サーラや他の侍女たちが引き留めたところで、思いもかけない動きをするのが──三歳児。
「あ! そうだ」
だったら、さっさと帰れるように、手配をしてあげれば良い。
「私が、視察のスケジュールを立てればいいのよ」
一気に目が覚めたような気がする。
机に向かい、領内で見て貰いたいポイントや、肝になる農法、それに交易に関することを書き出す。
それらを、数日にわけて、理解しやすい順番で回れるように時間配分を決めていく。
「お嬢さま、お昼のお時間です」
「え、もう?!」
随分と夢中になっていたみたい。
サリーの声に顔を上げると、目の前の窓から見える太陽が、随分と高い位置に移動していた。
手元の資料は最後のピリオドを打つのみ。
(午前中使い切っちゃった。でも無事に纏め終えてよかったわ)
「昼餉ですが、カイエン殿下がご一緒にとご希望ですが」
「だったら、領地が見渡せる部屋に用意して貰える?」
私の言葉に、部屋の入り口にいたダンテがすぐに動いた。
「さ、お嬢さまも準備ですよ」
サリーがそう言うと、アリサがすぐにドレスを用意する。
「そうだ。この髪飾りを付けたいの」
「あら、殿下にいただいたものですか?」
「サリー、良くわかったわね」
昨夜は、サリーはノアの寝かしつけがあったので、着替えはアリサが行った。
だからこの髪飾りも、彼女は初めて見るのだ。
「当然ですよ。殿下の髪の毛の色である黒いオニキスと、殿下の瞳の色である赤いガーネットを、お嬢さまの髪色の金で細工しているだなんて」
「ええーっ! それ、殿下からの贈り物だったんですかぁ? 昨日言ってくださいよぉ」
「アリサ、この滞在中にいろいろ気付くことがあると思うから、しっかり観察なさい」
「はぁい!」
二人の会話を聞きながら、手元の髪飾りを見る。
U字の簪には、オニキスとガーネットが、細かな金細工で留められていて、それはまるでカイエンそのもののようだ。
(いくら家族のように大切に思ってくれていても……。ちょっとやりすぎじゃないかしらね?)
「その髪飾りが映えるドレスなら、こっちに変更しましょう」
アリサが出してきたドレスに着替える。
化粧を軽く直し、髪の毛をアップにして、最後に髪飾りを挿して貰った。
「うわぁ、やっぱりリュシアお嬢さまはかわいいですぅ」
「これでまた、カイエン殿下はお嬢さまに夢中になるわね」
「もう、サリーったらそんなこと言って」
(カイエンにとって、私はあくまで契約上の妻だった人間だもの)
彼との契約のことは、誰にも言っていない。
(でも、カイエンってば、家族としての愛情は持ってくれたみたいなのよね。いつも優しくて──)
サリーたちに軽く笑いかけながら、思わず髪飾りの細工を指でなぞる。
(そういえば……)
昨夜、髪飾りを部屋で手にしたときに感じた気持ちを思い出す。
カイエンの髪の毛の色と、瞳の色。
髪飾りの宝石は、それをきれいに移したような色をしていた。
「昨日、この髪飾りに思わずキスしちゃったのよね」
ぽろりと出た言葉に、サリーとアリサの動きが一瞬止まった。
「え?!」
カイエンの瞳の色と、ノアの瞳の色は同じ、ガーネットの赤。
「だって……ノアの瞳の色と、同じだったからつい──」
「……お嬢さま。それを殿下が知ったら」
サリーとアリサが顔を見合わせる。
「あ!」
二人の気持ちが伝わってきた。
そうよね。
「ノアの瞳のことが、殿下にバレたら大変だものね」
私の言葉に、二人はもう一度顔を見合わせた。
「あれ、何か違った?」
「いえ──なんでもないです」
サリーが溜め息を吐く。私、変なこと言ったかしらね。
「お嬢さま、お部屋の準備ができたそうです」
「わかったわ。そこの書類をまとめてくれる? カイエンに食後見せたいと思ってるの」
「私が、後ほどお持ちしますぅ」
「ありがとう。お願いね」
オフホワイトのドレスは、ベージュのレースが縫い付けてあり、華美ではないものの、品はある。
「ねぇ、今更だけど、もっとシンプルなドレスでも良かったんじゃない?」
「いいえ! 殿下との昼餉ですよ。おしゃれしないでどうします」
「でも、カイエンだって、私の服装なんてきにしないでしょ」
「そんなことありません! 殿下は絶対に」
「あのぉ。そもそも、この髪飾りを合わせるならぁ、シンプルすぎるドレスは似合わないと思いますぅ」
アリサの言葉に、私たちは言い合いを止めた。
「そうね……。その通りだったわ」
「では、お嬢さま。昼餉の場所に向かいましょう」
切り替えたサリーの声に、私は昼餉の場所へと向かった。
***
昼餉に選んだこの部屋は、領地の南側を見渡すことができる部屋だ。
「お待たせしました」
「リュシーのことなら、いつまででも待てるさ」
部屋に入ると、カイエンはすぐに近付き、エスコートしてくれる。
「ふふ。カイエンはいつも、そうやって私よりも先に準備して待っててくれるのよね」
「大切な人は、待たせるよりも、待つ方がいいから」
「カイエンにとって、私は今でも大切な人なの?」
「当然だろう。いつまでも大切でありつづけるに決まってる」
「一度家族になったら、ずっと家族だと思ってくれるのね。嬉しいわ」
「あー……、ああ。うん、家族──家族、うん」
カイエンが何か、言いづらそうにしている。
(家族、なんておこがましかったのかしら。どうしよう、言い直した方が)
「とりあえず、俺はリュシーのことを、大切に思ってる。それだけは、忘れないでいて欲しい」
「ええ。ありがとう。私もカイエンのことを、大切に思ってるわ」
カイエンが、口を開きかけて——閉じた。
「……まぁ、それならいいけど」
(カイエンがいなかったら、ノアにも会えなかったものね)
席に着いた私たちの元に、料理が運ばれてきた。
今日は柑橘を使ったスリーコース。我が領の特産物を、たっぷりと堪能して貰わないとね。
「髪飾り、今日もつけてくれたんだ」
「ええ。素敵なものをありがとう」
「気に入ってくれた?」
「もちろん! 特にこのガーネットの色が良くて、昨日思わずキ──気分がとっても浮かれちゃって」
一瞬、カイエンの指が止まった。
(あっぶない。うっかりキスしちゃったって、言いそうに。そこ突っ込まれたら、ノアのことばれちゃうかもしれないもんね)
「ふぅん。ガーネットの色が良くて、ね」
カイエンは、口の端をゆっくりとあげ、笑った。
(やっぱり、プレゼントが良かったって言われるのは、嬉しいわよね。ちゃんと伝えられて良かった)
うんうん、と頷くと、カイエンが小さな声で言った。
「……絶対わかってないよな」
「え?」
「いや、なんでもない」
カイエンは楽しそうにワインを飲みながら、微笑む。
何か、わかってない人がいるのかしら。
「カイエン、もし誰かに教えないといけないことがあるなら、手伝うから言ってね!」
えい、と腕を見せる。力こぶはさすがに出ないけど、少しは頼りがいがあるように、見えるはず。
言われたカイエンは、くすくすと笑いながら、頷いていた。
「デザートでございます」
メイドが最後に持ってきたのは、柑橘のゼリー。
中につぶつぶを残して作られている。
王国の柑橘は酸っぱい物が多いけど、我が領は甘みがあるので、こうしてゼリーにして食べると、美味しいのだ。
「あぁ、これは美味しい。もしかして、ミカミカンを品種改良したという?」
「そうなんです! これは戦後すぐくらいのころから挑戦したもので」
「あとでじっくり、二人きりで聞かせてくれ」
「ええ、もちろん。しっかりお話しするわ!」
「じっくりとしっかりは、似て非なるものなんだよなぁ」
細かいことにこだわるのね。
どっちでも良いけど、まずは『カイエン視察四日間終了コース』をしっかり説明しなくちゃ!
続きは明日6:20に投稿します。ぜひ、また読みに来てください!




