第二話 ノアを隠さなきゃ!
お父さまがカイエンと話があるというので、私はノアの元へ行くことにした。
(カイエンは私も同席して欲しそうだったけど……)
視察の話は、辺境伯と王太子でしておいて欲しい。
(面倒なことには巻き込まれたくないしね)
私がカイエンとの契約結婚を言い出したのには、理由がある。
戦争で荒廃した我が領地を、私の力で復興したかったのだ。
もちろん、領主を継ぐのはルーファスお兄さまだけど、当分は王城で政治のややこしいことに対応している。その間はお父さまと私で、農業や交易で領地を盛り立てたい。そう思っていた矢先の王命による結婚だったからだ。
結婚なんてしてしまったら、面白くなってきた農業の研究も、領地を駆け回る自由もなくなってしまう。
(それに、カイエンだってきっと、王都の華やかなご令嬢と結婚した方が、良いだろうしね)
久しぶりにカイエンに会ったからか、出会った当初のことを思い出してしまう。
(彼も、私との結婚は王命だから、くらいの気持ちだったろうし)
戦後復興の会議に、お父さまの名代で参加したときに、カイエンとは初めて顔を合わせた。私の顔が誰かに似ていたのか、彼は一瞬驚いた表情を浮かべていた。
(誰かに似ていたのかしら?)
でも、すぐに納得したように笑っていた気がする。人違いと気付いたのだろう。
(あの会議の最後に、いきなり陛下が私とカイエンの結婚を命じたのよね)
長い会議の後なのに、カイエンと二人きりで話をしろなんて言われて……。
(カイエンったら、私を気遣って『王命ではなくても、大切にするよ』なんて言ってくれたのよね。あら、いい男じゃない)
思い出して、つい笑ってしまう。
「お母さま、なに笑ってるの?」
気付いたら別館の廊下まで来ていたらしい。
私を見つけたノアが、駆け寄ってきた。
「ふふ。ちょっと昔のことを思い出していたのよ」
「むかしのこと?」
「ええ。ノアが生まれるよりも、少し前のこと」
「ふぅん」
ノアを抱き上げ、頬ずりをする。
真っ赤な、ガーネットのような瞳が私を映す。
(カイエンと同じ──王家の色の瞳)
直系王族にのみ現れるこの瞳の色をカイエンが見たら、彼の子だとすぐにばれてしまうだろう。
カイエンが今後、新たに結婚をするときに、ノアが王位継承争いに巻き込まれてしまうことだけは、避けたい。
(そのときはきっと、綺麗な令嬢を妃として迎えるんでしょうね)
そう考えると、ほんの少しだけ胸がちくりと痛んだ。
「ノア、今夜は一緒にご飯が食べられないの」
「なんでぇ?」
「お客様が来ていてね。サリーと一緒に食べてくれる?」
「うん! 僕、サリーと二人でごはんたべる!」
ノアを抱いたまま、別館の中庭へ出る。
庭に着くと、ノアは私の腕の中から飛び出て、ブランコで遊び始めた。
小さな中庭は、ノアを自由に遊ばせるにはちょうど良い広さだ。
(そういえば、避妊薬って完璧じゃないって知ったのも、今くらいの時期だったわねぇ)
それはつまり、私がこの領地に戻ってきた時期でもある。
三年の結婚生活を終えて、円満に別れ戻ってきた。そのすぐ後に、妊娠が発覚したのだ。
(まさかそんなことってある? なんて思ったけど……。生まれてくれて、嬉しかったわ)
ブランコに夢中になっているノアを見て、幸せを噛み締める。
(別れて戻ってきたときも、妊娠発覚のときも、お父さまたち皆、優しく受け入れてくれて──家族っていいものよね)
あのとき、戻ってきた私にお父さまは「殿下から話は聞いている。お前を守るためとはいえ──殿下もよく決断してくれたな」なんて言ってくれた。カイエンも、お父さまに話を通してくれたのね。
(でも、「私を守るため」ってそんな──王命だったから仕方ないのに、お父さまったら気にしてたのかしらね)
「お嬢さま、そろそろお時間です」
サリーがもう一人侍女を連れて、声をかけてくれた。
「ありがとう。ノア、サリーとご飯食べててね」
「はぁい」
本館へと戻り、晩餐会の準備にとりかかろうと部屋に入ると、見慣れないドレスが飾られてある。
「アリサ、あれは?」
「カイエン殿下からの贈り物ですぅ」
「は?」
「視察でお嬢さまにもお話を伺うことになるでしょうし、そのお礼ではないでしょうかぁ」
「あ、そっか」
私の瞳の色と同じ深い青色のドレスは、金色の刺繍が施されていた。
「ん? このウエストのリボンの刺繍って……」
「王家の模様ですねぇ」
「だよね。もしかして、このドレスプレゼントじゃなくて、貸し出し……?!」
「まさかぁ! プレゼントですって、私は執事のオセバさんから聞いていますよぉ」
確かに、ドレスをわざわざ我が家に貸し出しをする意味もない。
では、王家からのプレゼントという意味で、王家の模様が刺繍されているのだろうか。
「うーん。でも、王家の模様を身に纏うなんて、いいのかなぁ」
「お嬢さまは、一度は王家に嫁がれた身ではありませんかぁ。殿下にとっては、家族なのかもしれないですよぉ」
そういえば、庭で会ったときも、今まで通りの口調や呼び方で良いと言っていた。
彼なりの優しさなのかもしれない。
「そうね。せっかくいただいたものだし、綺麗に着ましょうか」
「はい! お任せくださいぃ」
***
晩餐会、といってもお父さまとカイエン、それに私の三人だけだ。
ダイニングルームへと入ると、二人はすでに座っていた。
「リュシー! 着てくれたのか。似合ってる」
部屋の扉を開けるやいなや、カイエンは私の方に駆け寄り、手を差し出す。
(エスコートしてくれるのね)
彼の手にそっと私の手を重ねる。
「ドレスありがとう。私の髪と瞳の色なのね」
「ああ。それと……」
あと数歩で席に到着するというところで、彼の足が止まった。
私の前に立ち、そっと髪に触れる。
(なんだろう。ちょっと……ドキドキしちゃう。カイエンにとっては、四年前までと変わらないことなんだろうけど)
そう。カイエンは、私の髪の毛を触るのが好きだった。
結婚していたときには、やたらと頭を撫でたり、髪にキスしたりしてきていたな。
(やっぱり王家の人って、そういう所作が洗練されているのよねぇ)
カイエンは、ポケットから何かを取り出すと、私の髪を緩く纏めている箇所に、それを挿した。
「殿下……。あなたという人は」
「辺境伯、このくらいは許して欲しいな」
それを見ていたお父さまは、苦笑いを浮かべている。
「髪飾り?」
カイエンが挿した部分に手を触れれば、何かの石と細工の形が感じ取れた。
「あとでゆっくり見て。すごく──似合ってる」
彼の目が優しく揺れる。
「カイエン……あなた」
「リュシー」
「離婚してるのに、私のこと家族みたいに思ってくれてるのね!」
「……リュシー」
カイエンの眉が微かに動いたように見えた。
「どうしたの? 何度も名前を呼んじゃって」
カイエンは軽く頷くと、再び私の手を取った。
「リュシー、君は──」
何かを言いかけた。
でも、その続きを言わずに、カイエンは微笑むだけだった。
(まぁ、いっか。何かあれば、そのうち言ってくるよね)
「リュシーは変わらないな」
「ふふ。王城にいたときよりも、腕力はついたわよ」
「農地改革で、現場に出てるから?」
「それにノ──、アっと……。そうなの。農業って腕力いるからね」
引かれた椅子に座る。彼は優しく笑みを浮かべ、隣に座った。
「殿下──とりあえず、リュシーは相変わらずです」
「ある意味、安心しましたよ」
「なぁに、二人して」
「いやまぁ、とりあえずいただこうか」
お父さまがワイングラスを掲げる。
「では、殿下のしばらくのご滞在が、実り多いものであることを祈って」
「えっ!」
「なんだリュシー。とりあえず、乾杯を」
「は、はい」
高くグラスを掲げ、私たちはワインを口に含む。
我が領地の南方ブドウで作られたワインが、口の中で甘く広がった。
(相変わらず美味しい──って、そうじゃなくて!)
「お父さま、カイエンの滞在って」
「ん? とりあえず三週間ほどはいらっしゃると」
「そういうわけだ。よろしくな、リュシー」
カイエンがワインを片手に微笑む。
(う、嘘でしょ。ノアを……どうやって隠し続ければ良いの──!)




