表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

第十六話 命を賭けた勝負

 翌日。

 ヴェルナーを監禁している部屋に、カイエン、お父さま、そして私が入る。

 この部屋には、ヴェルナーが連れてきた側近たちはいない。

 彼らは、別の部屋に隔離している。領内で起こした不正や迷惑行為に関して、しっかりと罰金刑を科す予定だ。もちろん──ヴェルナーの件が済み次第、各家にも正式な通達もする。


「ヴェルナー」

「ああ、兄上。それに──辺境伯とリュシア嬢も。私をここから出す気になりましたか」


 ヴェルナーの片頬は大きく腫れ上がっていた。

 カイエンが殴った跡だろう。


「ヴェルナー第二王子殿下。あなたとは、お話をしに来たんです」


 私はソファにカイエンと並んで座る。お父さまは、ヴェルナーの後ろに立った。

 ヴェルナーと私たちの間には、背の低いテーブルが一つ。

 そこへ、ティーカップを二つ用意させた。


「お話? それは、王家の瞳の色を持った、お前の息子のことか?」


 わざわざノアのことを話題に出すとは、ヴェルナーは思っていた以上に愚かなようだ。


(その方が、こちらも心置きなく対処できて助かるけど)


 ヴェルナーの言葉に、お父さまの顔がまるで魔王のように恐ろしくなっている。

 彼の後ろに立っているから、ヴェルナーはその様子を見れないけど。見せてやりたかったわ。


「ねぇ、ヴェルナー第二王子殿下」

「お前さぁ。そのいちいち『第二王子』ってつけるのって、わざと?」

「だって今この部屋には、立太子を終えている正当なる後継の王太子殿下がいるでしょう」

「リュシーは、親切だからな。ただ殿下とつけただけだと、己の立場を勘違いするやつがいることを知ってるんだ」


 くく、と笑うカイエンは、なかなか悪い顔をしている。

 私もそんな風に、悪い顔をしようと、うっすらと笑って見せた。


「……リュシー。そんなかわいい顔を、あいつに見せるな」


 ──耳元でそう囁かれてしまった。

 どうやら私の悪い顔は、失敗らしい。


「ヴェルナー第二王子殿下。あなたはウモモ茶をご存じ?」


 私の言葉に、ヴェルナーの表情が強ばる。


「知っているようで、よかったわ。あなたのお母さま、お祖父さまであるホーツグリル公爵が、愛用しているお茶ですものね」

「さ、さぁ。私は知らないな」

「そう。ご存じないなら、説明してあげましょうか」


 サリーがウモモ茶の茶葉と、ウモモの実をお皿に載せて私に手渡した。

 それを、ヴェルナーに見せる。

 万一ヴェルナーが、私からこれを奪っても、後ろにいるお父さまがすぐに気絶させるだろう。


「このウモモの葉と花と実、それに種を乾燥させて混ぜたものをウモモ茶というの」

「──それが、どうした」

「このウモモの種には、毒があるのよね」


 そう言って、ウモモの実を手に取る。

 この中に入ってる種の成分が、毒となるのだ。


「その毒は、どんなものだかご存じ?」


 知らないはずはない。

 私の元へ来たホーツグリル公爵家の侍女に、ウモモ茶を渡したのは、王妃とヴェルナーなのだから。

 王太子妃の部屋の侍女を入れ替えたとしても、王城の侍女を全て入れ替えることは、宰相ではなかったホーツグリル公爵にはできない。

 そして、王城の中にいる王族というものは、常に人の目が向いているのだ。


「摂取すると、青酸中毒という中毒症状を引き起こすの。最初は頭痛やめまい、それから息苦しくなって、やがて意識が消失して、心臓がね──停止するのよ」

「そ……れが……なんだって言う……んだ」


 ヴェルナーの声が掠れる。

 手元が震えていた。


(あら。人にはあんなことをしておいて、意気地のないこと)


 呆れてしまう。

 私は話を続けた。


「ねぇ、第二王子殿下。人を脅かすときっていうのは、それが自らに返ってくることも、想定すべきだって、教わらなかった?」


 サリーをちらりと見る。彼女は頷くと、すぐにお茶の用意を始めた。

 ウモモ茶の、少しだけ甘い香りが、鼻腔をくすぐる。


「賭けをしましょうか、ヴェルナー第二王子殿下」


 ヴェルナーを見据え、私は微笑んだ。


「──賭け?」


 用意されたティーカップに、サリーがお茶を注ぐ。

 普段は目の前でこうして注ぐことはないが、今回は別だ。

 ポットは二つ。それぞれのカップに、それぞれのポットでお茶を淹れていくところを、見せるために。

 

「片方はウモモの実の種が入っているお茶、もう片方は毒のある実の種が入っていないお茶」


 両方を指さしていく。ヴェルナーの目が、せわしなく動いた。


「俺とヴェルナーで、同時にこの茶を飲む。毒が入っていない方が勝ち、だ」

「簡単な賭けでしょう?」


 そう言ってやれば、ヴェルナーは口の端をひくつかせる。


「私が勝ったとして、その賭けをして何の利を得る」


(あら、勝つ気でいるのね──やっぱり、愚か)


 わざわざ我が領地まで来て、何を視察してきたのか。


(視察、してなかったわ)


 グランメザン市場や港での、第二王子一行の愚行情報を思い出す。


「そうね。第二王子殿下が勝ったら、我が家が後ろ盾になりましょう」

「はは……! そりゃいい。兄上、目の前であんたの女を奪ってやるよ」


(うわぁ、滑稽……)


 第二王子の浅はかさを見ながら呆れていると、カイエンが隣で笑い出した。


「ヴェルナー、お前本当につまらない男だな──誰が誰を奪う、って?」


 カイエンはぎらりとした瞳を浮かべる。ガーネットの瞳は、まるで燃えさかる炎にしたたり落ちる血のように、赤黒く、焦げ付くような色を見せた。


「お好きな方を選んでくださいな」


 ティーカップは、ヴェルナーの好きに選ばせる。

 こちらが選んだところで、文句を言ってくるのは明らかだったからだ。


「どっちでもいい、ってのか」


 どうやら、ティーカップに何か細工をしているとでも思っているようで、ヴェルナーはじっとカップを見比べる。

 

(そんなことをしても、無意味だというのに)


 しばらく悩んだヴェルナーは、やがてカイエンの前にあったティーカップを選んだ。


「そっちでいいんだな?」

「──そうやって、私を揺さぶろうというのか。これで決定だ」

「俺はどっちでも構わない。賭けの提案側だからな」


 カイエンの言葉の意味なんて、深く考えもせずに、ヴェルナーは頷く。


「これで構わん。それで? 同時に飲むのか? それともどちらかが先に?」

「順番なんて、つまらないでしょう。先にどちらかが負けたら、ドキドキがなくなるもの」


 サリーがベルを持ってくる。


「このベルを三回鳴らし終えたら、同時に飲んでくださいね」

「第二王子殿下。もしもわざとタイミングをずらしたら、私が後ろから……わかりますね?」


 お父さまが、わざと剣の音を立てた。


「……わかってるよ」


(あ、これはずらそうとしたわね。まぁ、意味はないけど)


「では、お二人ともカップを口元に」


 手元のベルを高く掲げる。

 一回目。リンと鳴る。

 二回目。再びリンと鳴る。

 そして、三回目。リン、と鳴り終えると、二人は一気にカップに口を付けた。

 カイエンとヴェルナーが、お茶を飲み干す。

 その、わずか一分後。


「……っ、ぐぁ」


 ヴェルナーが、胸元を押さえ目の前のテーブルに倒れ込んだ。

 ガチャン、と床にティーカップが落ちる。

 それはまるで、あの日カイエンが侍女からカップを奪ったときのようだった。


「そ……んな、兄……う……毒……」


 息苦しそうにそう絞り出すヴェルナーの目線の先には、私とカイエンがいる。

 震える片方の手は、こちらへとのばしてきていた。

 きっと、カイエンの母君もこうして、苦しんだのだろう。

 絶望の色に染まった、もう一つのガーネットの瞳。

 昨日はその瞳で、私を絶望に立たせていた。

 でも、私はもう大人しくしているつもりはない。

 ノアを取引の材料としたこと、少しでも危害を加えようと口にしたことを、後悔させてやる。


「第二王子殿下。高位貴族が賭けを持ちかけるという意味を、理解していないようで、残念です」


 勝ち目のない賭けなど、持ちかけるわけがない。

 昨夜、カイエンに告げた言葉が浮かぶ、


──私はたとえ農薬としてでも、毒を扱う領地の責務として、解毒剤は必ず用意しているの。


 事前に摂取していても、効果のある解毒剤を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ