第十五話 報復は、二人で
目が覚めたら、自分の部屋のベッドだった。
「私……」
のそりと起き上がると、喉の渇きを感じる。
ベルで人を呼べば、すぐにサリーとアリサが来てくれた。
「お嬢さま……!」
「喉が、乾いたの」
「すぐに、お持ちしますからね」
サリーがアリサに、お水と紅茶を持ってくるように告げる。
「ノアは!」
「ノア坊ちゃまには、カイエン殿下がついてくれてます」
その言葉にほっとする。
(トラウマになってないと良いのだけど……)
あんな状況を目の前で見たのだ。
きっと怖かっただろう。
恐ろしかっただろう。
私はなんて、可哀想なことをしてしまったのだ。
「お嬢さま」
サリーが私の体を抱きしめてくれる。
そのとき、私は初めて自分が小さく震えていたことに、気が付いた。
(指先が──ずいぶんと冷たい気がする)
こうしてサリーに抱きしめられるなんて、まるで小さい頃のようだ。
母親のように私を育ててくれたサリー。
私がノアを心配するように、私を心配してくれているのが、伝わってくる。
「お嬢さまは、何も悪くないんですからね」
そう言って、ゆっくりと背中を撫でられると、急に涙が出てきた。
「サリー……サリー……」
「リュシアお嬢さま、怖かったですよね」
「うん……。気持ち悪くて……。痛くて……、とにかく気持ち悪くて」
「大丈夫ですよ。もう、大丈夫。サリーがいますからね」
サリーのあたたかさは、私の体の緊張をほぐしてくれる。
冷えていた指先に、血が通ってきたような気がした。
(うん……。もう、大丈夫)
体の中が、呼吸を再開したような、そんな心地がする。
「あいつは……」
「第二王子は、今は客間に軟禁状態です」
「さすがに、地下牢には入れられなかったのかしらね」
「旦那さまは地下牢に入れたがっておいでですし、王太子殿下はその場で斬り殺す勢いでしたよ」
「え、斬り殺す?」
「さすがにノア坊ちゃまの前ではやめて欲しいと、お願いしましたから、ご安心ください」
「あ……うん」
まさかカイエンが、その場でヴェルナーを斬ろうとするとは。
でも確かに、私の意識が遠のく前に、カイエンがヴェルナーに対して、そんなようなことを言っていた──気がする。
「カイエンは、私のこともノアのことも、本当に大切に思ってくれているのね」
「──お嬢さま」
サリーが、私の顔をじっと見つめた。
「昨夜の殿下との会話ですが……」
そうだった。私はカイエンの妻として、王城に戻るつもりだった。
だからこそサリーにあの場に同席して貰ったのに。
「カイエンは、私が心から望まない限り、妻になる必要はないと言っていたわ」
私の言葉に、サリーは優しい笑みを浮かべる。
「お嬢さま。殿下とご結婚されていたときに、閨を共にすることもあったでしょう?」
「ええ。さすがに白い結婚でいるわけには、いかなかったもの」
私がまだ年若かったこともあり、カイエンは私の体を気遣って、ただ共に眠るだけの日も多かった。
それでも、まったくそうしたことを、しないわけにもいかない。
(カイエンの優しさは嬉しかったけど、少しだけ、もっと体温を感じていたいことはあったな)
「あのとき、お嬢さまはお嫌でしたか?」
サリーの言葉に、小首を傾げてしまう。
「嫌? そんなことは全然なかったけど……」
そう言いながら、ふと思う。
「そういえば、ヴェルナーには手を掴まれただけでも、吐き気がしたのよね。カイエンには感じたことがないのに」
「ええ、ええ。それはそうでしょう」
「どういうこと?」
問えば、サリーはまるでわざと吐いたかのような、溜め息を吐き出す。
「お嬢さまは、小さい頃から領地のために、農業の研究ばかりをしてらして、年頃の娘が読むような恋愛の本は一切読んでこられませんでしたね。それに、戦争もあって使用人たちも、色恋の話を口にすることも憚っておりました」
「う、うん」
「だから、お嬢さまは知らないのでしょうけどね」
私の手を、サリーは両手で包み込む。
「それは、殿下を好いているということですよ」
「私が、カイエンを好き……」
幾度か瞬きをする。
そのたびに、サリーの笑顔が私の瞳に映り込んだ。
「黙っていようかと思いましたけど、このままじゃお嬢さまは一生気付かないし、殿下は一生王都と領地を行き来することになりそうでしたから」
サリーは、私の幸せを心から願っている顔で、そう言ってまた、笑った。
「リュシー!」
ノックと共に、扉の外からカイエンの声がする。
アリサに合図をして、扉を開けさせると、まるで飛び込む勢いでカイエンが部屋に入ってきた。
「リュシー。もう大丈夫か?」
「うん。あの……カイエン。私とノアを守ってくれて──ありがとう」
ベッドの横にサリーが用意した椅子に座ったカイエンにお礼を言う。
カイエンはすぐに私の手を取り、自らの額に当てた。
「いや──不甲斐なくて、すまない」
「ええっ。なんでカイエンが謝るの?!」
「もっと早く、あいつを始末しておけば、リュシーにあんなことなんてさせなかったのに」
彼の絞り出すような声に、胸が痛くなる。
カイエンのせいではないのに。
全てはヴェルナーが悪い。ただそれだけなのに。
「本当は地下牢に入れて、ゆっくりと拷問の一つでもしてやりたいんだが」
「あ、そういえば、お父さまも地下牢に入れたがっていたって」
ノアに不幸をもたらそうとした男だ。
私だって、ヴェルナーにはじっくりと苦しんで貰いたい。
「そうなんだけど、少し冷静になった辺境伯は、客間に軟禁ということにした」
「お父さまが?」
お父さまは、ノアのことも、私のことも大切に思ってくれている。
つまり、何かこの後のことを考えているのだ。
「ああ。警戒されないように、と言っていた」
私は昨日のワインを思い出す。
「お父さまは前王妃殿下のことも、ご存じなのよね」
カイエンは、私の言葉に頷く。
(なるほど──。お父さまは、本当に私のことを思ってくれているわ)
「ねぇ、カイエン」
私は、彼の頬に手を伸ばす。
カイエンはじっと私を見つめ、次の言葉を待った。
「ヴェルナーへの報復は……私とあなたで、やりましょう」
そう。
お父さまは、私に復讐の機会を用意してくれていたのだ。




