第十三話 私の決意
「ウモモ……を……?」
カイエンの表情が険しくなる。
(それもそうよね。でも──)
「あの日、侍女が持っていたお茶を調べて、ウモモの種のことを知ったわ」
ウモモは、一般流通はされていない。
だが、栽培を禁止されているという植物でもなかった。
それもそのはずで、植物には一定数そうした毒の部位を持っているものがいるからだ。
「だからこそ、その毒を農業で利用できないかと思ったの」
「……農業で?」
私の言葉は、カイエンにとって予想外のものだったらしい。
ぽかんとした表情を一瞬浮かべ、そのあと笑い出した。
「まったく、リュシーはすごいな」
「何がすごいのかはわからないけど、私、転ばされたままって嫌なのよね」
馬車がゆっくりと止まる。
そこには、一面のウモモ林があった。
「リュシー、足下気を付けて」
カイエンのエスコートで、馬車を降りる。
ウモモ林よりも数段高い、全体を見渡せる場所に作られているベンチに、並んで座った。
「ウモモの──というよりも、植物が持っている毒というのは、基本的には自種の繁栄のために備わっているものなの」
このウモモ林の他にも、ここには薬になるものや他の毒になるようなものも、育てている。
「だから、それを組み合わせて農薬として使用しているの。もちろん、組み合わせる段階で、人体に問題がでないようにはしてる」
それが、結構大変だったんだけどね。
「カイエン。あなたにここを教えたのは──知っていて貰いたかったから」
(ホーツグリル公爵が持っている毒は、こちらの手にもあるということを)
カイエンのガーネットの瞳が、私を映す。
彼の手が、私の頬をそっと撫で、微笑んだ。
「──ありがとう」
そして、そっとそう呟いた。
***
日がだいぶ傾いてきたので、急いで戻る。
別館にカイエンと二人で顔を出すと、ノアが走り寄ってきた。
「お母さま! カイエンさん!」
嬉しそうな顔をするノアを、カイエンが抱き上げ、そのままぐるぐると回す。
「わぁい! もっと! もっと!」
そうやってねだるノアも、その言葉に何度も同じ動作を繰り返すカイエンも、なんだかずっと前から──まるで生まれたときから、一緒にいる親子のように見えた。
「カイエンさんが、お父さまだったらよかったのに」
その言葉に、私もカイエンも、動きが一瞬止まる。
「だって、僕と同じおめめだし、お母さまとも仲良しだし」
「ああ……。同じ色のおめめだな」
カイエンは、ノアに優しく微笑む。
そうして、再び高い高いをすると、ノアの興味はすぐにそちらに移っていった。
(やっぱり……、カイエンが父親だと早く告げるべきなのかな)
とはいえ、第二王子はまだ本邸にいるのだ。
油断するわけにはいかない。
「カイエンさん、僕ね、お顔をかいたの」
高い高いを終えて、地面に下りたノアは、思い出したかのようにサリーを見る。
サリーはすぐに手にしていた紙を、ノアに手渡した。
「俺の?」
「そう! お母さまとカイエンさんと僕!」
ノアは小さな腕を目一杯広げ、紙に描かれた絵を見せる。
「ほら、見て見て!」
そこには、私たち三人の顔と、中庭に咲いている花が描かれていた。
「カイエンさん?」
「……すごい。すごいぞノア!」
カイエンの声が震える。
彼の目元には、僅かに涙が浮かんでいた。
「カイエンさん、えんえんしてるの?」
その目元に気付いたのだろう。
ノアが心配そうに、カイエンに近付く。
「違うんだ。これは、嬉しくて」
近付いてきたノアを抱きしめ、背中をそっと撫でる。
そんなカイエンとノアを見ていると、彼に出産を告げなかったことに、申し訳なさを感じてしまう。
(ノアのため、ノアを王位継承権争いに巻き込まないため、自由に過ごさせるため、なんて考えてたけど──本当にそれでよかったの?)
もちろん、ノアから父親を遠ざけてしまうことに、悩まなかったわけではない。
それでも。
この子が死と隣り合わせになるかもしれない、そんな生活をおくることになったら、と思うと。
「リュシー」
私が二人をじっと見ているのに気付いたのか。
カイエンが私を呼ぶ。
「ノア。カイエン……」
ノアを抱きしめたままのカイエンの隣に立つ。
見ればはしゃぎすぎたのか、カイエンの腕の中で、ノアは眠っている。
「ふふ。重いでしょう?」
「ノアの、命の重ささ」
そう言ってノアの頭にキスを落とすカイエンは、父親の顔をしていた。
***
「ここにいるかな、って思ったの」
湯浴みを終えた私は、ワインとチーズをカゴに入れ、サリーと共に別館の中庭へと来た。
なんとなく、ここにカイエンがいると、そう思ったのだ。
夜の中庭は静かで、昼間とは全然違う顔をしている。
庭のあちこちに灯されている小さな灯りは、カイエンが使用人に灯させたものだろう。
「ああ。この間のバルコニーは、ヴェルナーも立ち入れる場所だからな」
「そうよね」
サリーは手際よく、カゴの中のものを並べ、少し離れた場所に移った。
私たちの様子が見える。けれど邪魔をしない距離を保つサリーは、私の王太子妃時代からずっと、私の味方だ。だからこそ、サリーには今日、ここに立ち会って貰いたかった。
カイエンに新しいグラスを手渡し、持ってきたワインを注ぐ。
「これはウモモのワイン」
「ウモモの?!」
「種以外は、毒はないから」
「──これはフルーティで……旨いな」
「でしょう」
私のグラスには彼が注ぎ、改めて乾杯をする。
「この中庭にいると、ノアが遊んでる姿が目に浮かぶんだ」
カイエンの視線の先には、いつもノアが乗っているブランコがあった。
風で僅かに揺れている。
(カイエンは、ノアや私を無理矢理王城に連れ帰ることもできるのに)
でもきっと、彼はそれをしない。
私が、ノアと一緒に王城に行くと言わない限り。
そうなると、ノアに父親だと告げても、一緒に住むことはできない。
「ノアが生まれたとき、リュシーは……大変だったろう」
彼は、詰らない。
私が妊娠を、出産を彼に告げていなかったことを、口悪く罵ることなど一度もしなかった。
それどころか今も──。
「安産、とまではいかなかったけど、それでも無事に生まれてくれたから」
初産だったこともあり、陣痛から出産までが、長かった。
でも、ノアがこの世界で声を上げた瞬間、幸せだけが心に浮かんだ。
(後産も、そりゃしんどかったけどね)
でも、私は辺境伯家の娘ということもあり、出産後はゆっくりとさせて貰えた。
領民の話を聞くと、すぐに動かないといけない状況もあるという。それをどうにかできないか、と今お父さまと補助金制度なんかを検討している。
「頑張ったな」
カイエンが、私の頭を撫でた。
「ノアを──息子を生んでくれて、ありがとう」
「カイエン……」
ゆらりと動くブランコを見て、ゆっくりと息を吐く。
私の頭を撫でていた彼の手をとり、両手で包み込んだ。
「リュシー?」
カイエンの瞳を見る。
深い赤色。ガーネットの瞳。王家の色で──ノアと同じ色。
「カイエン。私、王城に戻るわ──あなたの妻として」




