《聖女》
翌朝、宿屋で身だしなみを整えたディア様と共に、試験の行われる大聖堂へと向かいました。
「エリス、あの村のことは任せました。この手紙を出せば対処してくれるはずです」
「よろしいのですか? このお金はディア様の……」
「人のために使えるのならそれが良いのです。ああは言いましたが一刻も早い解決が必要でしょうし」
手渡されたのはディア様が昨夜、書かれた書簡と金貨の入った袋。王都には《祝福持ち》もいますが大抵は《聖女》が対応するため、人の死や血に慣れていないとディア様が判断して《聖女》に依頼をすることを決められたのです。
「ディア様、―――ご健闘をお祈りします」
「ふふっ、健闘なんですか? 私が《聖女》になれないとでも?」
「まったく強がりですね。あれだけ自分は力が弱いと言っておいてそれですか」
私は《治癒の神童》の付人、こんな関係も彼女が《聖女》になれば終わってしまう。だから、―――私は彼女に《神童》のままでいて欲しいと思っているのかもしれない。それが健闘したならそれで十分という言葉になったのかもしれないと思いました。
「あとは私がやっておきますのでディア様は集中して試験に挑んできてください」
「わかりました。エリス、頼みましたね。それでは参ります」
「いってらっしゃい。ディア様」
ディア様を見送り、私は大聖堂横にある一般依頼受付へと向かい業務開始時間まで待機します。
「あら、あなたは……」
「っ! マリアンヌ様!!!」
ふいに声をかけられ振り向くと、そこには王都で一番の腕と言われている《聖女》マリアンヌ様がいらっしゃいました。
「たしかセシリアのところの子ね。どうして一般依頼を出そうとしているのかしら? 《治癒の神童》がいるのだから必要ないでしょ?」
「急ぎの案件がありまして、ディア様がこれから聖女選抜試験で動けないのでそれで依頼をと」
「……いいわ。その依頼、私が引き受けましょう」
マリアンヌ様とは教会に足を運んでいただいて時に何度か顔を合わせており、私の顔とディア様を覚えていてくれたようです。私の話を聞いて思案し、その場で引き受けると宣言してくださいました。
「あの、よろしいのでしょうか? 正規の手続きを踏まなくても」
「大丈夫よ。私が引き受けると言えば手続きなんて後からどうとでもなるもの。……それよりも、あの《治癒の神童》が急ぎの案件という依頼が気になるわね」
「ありがとうございます! こちらがディア様が書かれた書簡になります。それとこちらが依頼料です」
ディア様は食糧が森で普通に採れるはずなのにコボルトが食糧を求めて人里を襲っている状況は異常で、何かしらの原因があると考えられているようで、清掃戦でコボルトの生息域に踏み込んだ村人がその何かに襲われる可能性を考慮して《聖女》に依頼を出したのです。
「なるほどね。私の護衛も精鋭を連れていきましょう。その何かに遭遇した時にその場で駆除できれば脅威も去り、被害の拡大も防げますから」
「私が言うのもなんですが、それはあくまでディア様の推測ですよ? 何もないかもしれませんけど……」
「なら楽な依頼だったとありがたくお代をいただくだけね。そうであればいいのだけれど……」
とりあえずは内容も確認し、引き受けていただけるようなので私はディア様の試験が終わるまで大聖堂を離れて知見を広げるために王都の観光を始めようとしました。ですが問題が起こる時は重なるようで悪い知らせがすぐに届きます。
「おい! 開けてくれ! スタック町で大火災が起きた!」
「―――ちょっと話を聞かせてもらえませんか?」
私たちの町で火災と聞けばディア様が試験中だからこそ、私も動かねばという使命感にかられます。話を聞けば教会から出火し周囲の建物に何件か燃え広がったのは確実のようです。残念ながら男は急ぎ早馬で駆けてきたのでその後はどうなったか知らないようですが、教会が燃えておりディア様も不在のため一番近い教会が王都ということでここへとやってきたようでした。
教会からの出火ということでセシリアさんを心配した私は、早馬を駆りてスタック町へと急いで戻ることにし、聖女選抜試験が終わった後の帰りの護衛を再びガラクたちに頼んで、私は自由に使うようにと渡された金貨3枚を先ほどの男が助けを求めた《聖女》への依頼に金額を上乗せをしておきます。
「すみません、ディア様をお願いします」
「金さえもらえれば俺らはそれでいいさ」
「いいさ!」
「そういう人の方が信用できます。では私は先に……」
「おっと待ちな」
二人にディア様を任せて私は一目散に町へと戻ろうとすると待てと止められました。
「あの、急いでいるんですが」
「あの嬢ちゃんに護衛を頼んであんたはなしか? コボルトも増えてるらしいしな、ホープを連れていけ。これでもコボルトくらいなら一人で倒せる」
「オレがお前を護衛してやるよ!」
親子で護衛の仕事をしていますけどホープがまったく戦えないわけではなく、背中を預けられる信頼できる者だから組んでいるようです。コボルトが群れになっていようが相手にしようとしたガラクがディア様に付いてくれるならわたしとしてはどちらでもよいので提案を受け入れることにしました。
「ガラク殿が腕に自信があるのはあの村でわかりましたし、ありがたくお願いさせていただきます」
「じゃあ、オレも馬借りてくる! それじゃいってくるな、とーちゃん」
「ああ。気をつけてな」