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《付人》

 夕方、閉館となった図書館にやってきた私たちは、管理人のジョゼに付き添ってもらいながら中へと入っていきます。


「では、鍵は施錠後にいつもの場所に置いておいていただけたら後で回収しておきますので」

「わかりました。いつもご無理を聞いていただきありがとうございます。こちらをよろしければ受け取ってください」

「ふふっ、ありがたく受け取らせてもらいます。役得ですなぁ」


 ジョゼさんから私は出入口の鍵を受け取り、代わりにセシリアさんから預かった聖水を渡しました。無精髭を生やした見た目は少し怖いおじさんですが、気が利く優しい方だと付き合っていく中でわかり、今では無理を聞いてもらう代わりに晩酌の二日酔い対策で聖水を渡すような関係になりました。


「いえいえ、ディア様の頼みでしたら町の誰もが大歓迎ですよ。なんなら自慢したいところですが……、ディア様がこちらにいらしていることは秘密なんですよね」

「はい。読書に集中したいのでそうしていただけると助かります」

「言いませんよ、聖水もいただいてますからね。―――では、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます。ご配慮、感謝いたします」


 ジョゼさんは必要最低限の明かりだけを残して聖水の入った瓶を大事そうに抱えて帰っていきました。ディア様は癒しの力が目覚めてすぐに図書館で様々な本の読み漁りを始め、その時からジョゼさんとのこのような関係が続いています。


「それではエリス、始めましょうか」

「はい、ディア様」

「―――今は私たちだけですよ? 言いたいことはわかるよね?」

「……そうね、ディア」


 広い図書館で二人きりになった途端、長い緑色の髪をクルクルしながら甘えるような目つきで懇願してくるディア様は反則的に可愛いくて、私も接し方を友達としてのものに変化させます。


「それじゃ、今日は薬草について調べようと思うんだけどどう思う?」

「いいんじゃない? 人体についての教本とかよりは」

「体の構造を知るのも効率的に人を癒すのに必要なことなんだけどね」

「子供の読むような内容じゃないって言ってるのよ……」


 私の言葉に愛想笑いする彼女は先ほどとは打って変わり、言葉も態度も少し砕けました。普段は公私混同はしないように毅然と振舞ってはいますが、私たちは幼馴染で力に目覚める前からの友達です。小さな背の彼女とは二人きりの時に限り、昔のような関係に戻るという暗黙のルールがありました。


「それにしても最近は治癒の力について調べてないんじゃない?」

「ここに置いてある論文はもうほとんど読んだしね。それに力は井戸水みたいなものだから浅井戸の私には用途を選べるほどの力を引き出せないから」

「水があるなら大きな桶で汲めないの?」

「大きな桶を使っても井戸が浅いと逆に水は全く汲めないから。私ならどうやって一度に大量の水を汲むかを考えるより、都度汲んだ水の使い道を考えた方が効果が見込めると思う」


 治癒の力が国に管理されている理由の一つに効果の個人差が挙げられます。治癒の力を持つからといって全てを癒せるわけではないのです。力の弱い者では重篤な患者の治療にあたっても助けられないばかりか遺族から恨まれる恐れもあるため、そのような事態を避けるために国が間に入っているのでした。


「この石蛇草、食べると石になるって書いてあるけどどう思う?」

「どうってそれ毒草よね? 薬草を調べるんじゃなかったの?」

「エリス、毒も薬も使いようだよ。もし一刻を争うような人が私の前に現れて、対応できませんと他の教会を紹介したとしたらどう? そこに辿り着く前に死んでしまうとは思わない?」

「……つまり、病気や怪我での延命処置に使えないかってこと?」


 彼女は私の回答に満足げに頷きます。セシリアさんと初めて会った時に彼女が言われていた「チカラは並ですね。貴女に無理そうだと私が判断したら別の教会を紹介します」という言葉を思い出しました。


「けどディアはみんな治してきたじゃない。セシリアさんもさっきそれを認めてくれてたよ」

「うん、それに関しては嬉しかったよ。こうやって色々と調べたことが役に立ってて報われたと思ったし。───けれど、いつかはそんな事態に遭遇すると思うんだ」


 ディア様としての彼女はセシリアさんが言っていたようにすでに十分すぎるほど頑張っています。ディア様に救えないならそれ以上は教会の管轄なので任せておくのが正しい在り方のはずなのです。


「そこまでする必要はないと思うけど……」

「私は自分の力不足でその時に救えなくて、無力なりに最善を尽くして救える道を探したい。後悔したくないの」

「後悔したくない……か。よしっ! 私もディアに後悔させたくないし、教会に戻ったらセシリアさんにその草を取り寄せられないか聞いておいてあげる」


 けれど、それでも人を救いたいと彼女が言うのなら、私はその願いを叶えたい。そう思う理由になっている左腕を掴んで私は彼女のためにその石蛇草とやらを取り寄せてもらうことを決めました。




 その後も図書館で様々な薬草や毒草について調べ、夕飯時になる頃に私は教会へと戻り、ディア様は両親の待つ家と帰っていきました。


「⋯⋯あれから6年。今日いらした女性への対応を見るに、まだ火傷はトラウマなのですね」


 ディア様が力に目覚めたばかりの時に私の家が火事になり、両親は死に、私は左腕に大きな火傷を負いました。


「あの程度の火傷に聖水は過剰すぎですし、今のディア様ならなくても治療できたはずですから⋯⋯」


 あの火傷は見た目は酷いが表面の皮膚しか焼けていませんでした。私のように痕が残る可能性を恐れ、聖水を使われたのです。


「⋯⋯私も後悔してます。残ってしまった火傷の痕も、両親に助けられて私だけ生き残ったことも」


 深夜、暖炉の残り火が燃え移り、寝ている間に家は炎に包まれました。出口は押し潰され開かない状況の中、僅かな隙間から私は両親によって押し出されたのです。


 脱出してきた私を見つけたディア様はすぐに癒しの力を使って下さいました。けれど、あの時の彼女はまだ力に慣れておらず、擦り傷程度を癒すのが精一杯で、今でも左腕に残り続ける火傷の痕が彼女を苦しめているように思えるのです。




「セシリア様、少々よろしいでしょうか?」

「あぁ、───入れ」

「失礼します。本日、ディア様が図書館で調べられていた内容についてです。こちらをご覧下さい」


 自室でディア様が調べていた内容を復習し、毒草として知られる石蛇草の新たな用途、群生地とその周辺の街をまとめた一枚の紙をセシリア様に渡しました。


「なるほど。確かにその使い方なら救える命も増えるかもしれないな。手配しておこう」

「ありがとうございます」


 毒草のため市場では恐らく入手できません。砂利のような食感から暗殺にも向かないため闇市などにも出回らない、そんな品なので群生地の近い街に教会から採取依頼をかけてもらう事にしたのでした。

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