冒険者と書いて、アイドルと読む。
『_____次のニュースです。今日午前11時半ごろ、〇〇県△△市の交差点で、赤信号を無視した乗用車が道路を横断していた歩行者を撥ねる事故がありました。被害者は〇〇県内に住む会社員の男性で、病院への搬送時に死亡が確認されました。乗用車は_____』
現代の日本で、ごく普通の会社員をしていたはずのオレ___浅木 洋二は、あの日もごくごく普通に出勤しようと交差点を渡っていたところで、赤信号を無視して突っ込んできた乗用車に撥ねられ、死んだ。
と、思ったら異世界に転生していた。
トラックではなく乗用車に撥ねられての転生だから、トラ転ではなく乗転、になるのか?
いやそんなことはどうでもいい。重要なのは、ラノベやアニメの中だけのことだと思っていたことが実際に自分の身に起きているということだ。
正直、実際のオレは植物人間にでもなっていて、今見ている光景は全て夢、なんてことがあり得ないわけではないと思う。
それでも、夢でいいと思えるぐらい___ダリオ・ワーズウェンとして転生したこの世界はものすごく魅力的だ。
なにしろこの世界には魔法がある。
まだ実際に見たことはないが、エルフやドワーフ、ホビットなんかのファンタジーの中にしかいないと思っていた種族もいるらしい。
人間はまとめてヒュマス、と呼ばれているそうで、古い言葉で『魔法を操るもの』という意味だと教えられた。
…オレからすると英語かラテン語あたりに聞こえるのだが、まあ気にしないでおこう。
エルフやドワーフ、他には妖精なども魔法は使えるそうだが、学問の一部として扱い、その体系を最も発展させているのは人間だそうだ。
魔法は生活に組み込まれていて、あらかじめ魔法陣が刻んであり魔力を流せば決まった動作をする道具『魔法具』はほとんど電化製品のようなものだ。
トイレは水洗だし、風呂場にはシャワーがあって自動的にお湯が出てくる。夜もマギウス・ランプで街は明るく、治安もいい。
街並みとしては中世のヨーロッパに近いように見えるが、生活レベルは科学技術の発展した日本とさほど変わらない。
そのためオレは、物心つき始めた頃に、唐突に31歳まで浅木 洋二として生きていた前世の記憶が蘇っても、特に不便さを感じることもなく生きられている。
特に良いのは、オレの両親は元は旅商人だったこともあってか、オレの子育てに関してはわりと放任主義なことだ。
愛されていないわけではもちろんなく、ただ適度な距離を保って、オレに接してくれている。前世の記憶が戻ったばかりの頃はオレも挙動不審になっていたが、それも個性だろうとおおらかに育ててくれたことには感謝だ。
オレが下宿しながら魔法学校に通い出してからは特に放任で、拠点はこの国に置いているものの旅をしながらの商売を再開している。だが、家業を絶対に継ぎなさいとは言わず、魔法学校で学んでおけば将来には困らないだろうからと学費を惜しみなく出し、好きな道を選びなさいと言ってくれた。
つまりオレはものすごく恵まれた環境にいる。ならば、第二の生を存分に楽しむ他ないだろう。
そんな決意をしたオレの前には今、進路希望調査票がある。
剣と魔法のファンタジックな世界でも、学校でやることはそう変わらないらしい。
「…よし」
第二の生を楽しむ。そう決めたならばぜひ選ぶべきであり、前世の世界には無かった職業がある。
オレはペンを手に取り、進路希望調査票にその職業の名前を書きつけた。
「ダリオーーーーーーーッ!!!!!」
「うわぁ!!?」
突然大きな音を立てて開いたドアに驚いて、最後の文字の一筆が変な方向に跳ねてしまった。
「っ、ミーティ!びっくりするから突然入ってくるのやめろって…!てか鍵かけてたんだけど!?」
「え?そんなもの魔法でちょちょいっと開けたけど」
「下宿のルールで鍵開け魔法は禁止!だろ!なに毎回ふつーに破ってるんだよ!?」
「『鍵開け防止』の魔法具を導入してないのが悪いもーん」
「…もういいよ、自分で魔法具の取り付けを考えるよ…」
そもそも男子ばかりの下宿なんだから、『鍵開け防止』の魔法具なんて全部屋に導入されてるわけがない。その分下宿代は安いから選んだけれど、オレはこのミーティによってそのことを何度も後悔させられている。
ミーティは地元の街ではオレと家が隣で、生まれた日も近くて母親同士が仲が良い。つまり生まれた時から一緒に過ごして遊んでいた幼馴染だ。
当然年齢も一緒で、どちらも魔法学校に進学したから同級生にもなった。ほとんど兄妹のようなものだから、ミーティは今も地元にいた頃のようにオレの部屋に突撃してくる。
一応どっちも年頃だということなんて頭にないんだろう。まあ、オレは前世も含めると精神年齢が…考えないようにしよう。
「それより!気になることがあるから仕方ないじゃん?」
「なんだよ」
「進路希望票のことに決まってるでしょ!ダリオのクラスでも配られたよね?」
「配られたけど…」
「書いた!?見せて!」
「っちょ、」
いいとも言っていないのに、ミーティはオレの机に駆け寄ってきて、オレが止める暇もなく進路希望調査票の小さい用紙をぱっと取り上げた。
「やめろって!はずい!」
「ダリオって全然将来の夢とか言わないんだもん。ずーっと気になってたんだよね…あれ、意外。冒険者なんだ!?」
「…、そうだけど。意外ってなんだよ」
「誰かに言いにくい職業なのかと思ってた。だって幼年学校じゃ将来の夢の作文を書いてなくて怒られてたのに、それでもなんにも言ってなかったじゃない?冒険者なら書けばよかったのに、どこかで夢が変わったの?」
「別に昔から、冒険者が夢だよ」
「えー?それなら尚更書けばいいのに。ねえ、なんでー?」
「なんでもいいだろ!」
そう、オレの将来の夢は冒険者だ。
そしてミーティが言う通り、この世界で冒険者といえばメジャーかつ憧れな職業で、幼年学校で将来の夢アンケートなんかを取ったら、男女どちらでもなりたい職業一位に挙げられるだろう。
ただ幼年学校の頃といえば、オレの精神的な年齢に比べて、あまりにも周りが無邪気だった。ミーティが言っている作文では、将来の夢とそのなりたい理由を書かなければいけなかったのだが…。
「ダリオは頭がいいから、魔法学者なのかなとか思ってた。昔から大人っぽいし、冒険者は意外だよー」
「…冒険者は誰でもなりたいだろ。第二希望だよ、魔法学者は」
「そうだよね!誰でもなりたいよね!あたしも第一希望は冒険者!でも母さんに多分止められちゃうからなー、やっぱ危ないし。第二希望にしたけど、冒険者ギルドの職員とかがいいかもって思ってる!…てかやっぱりなんで言ってくれなかったのか気になるんだけど!お揃いじゃん将来の夢ー!」
「理由とか特にないって!」
冒険者という職業には常に危険が付き纏うのも常識で、過保護なミーティのお母さんなら当然止めるだろう。うちは放任主義だし、両親は何も言わないどころか応援してくれると思う。
それなのに幼年学校や、誰に尋ねられなくても言わなかったのは、ミーティには無いと言ったが理由がある。
「もういいだろ!ていうか管理人さんに見つかったら怒られるのオレなんだから、早く帰れよ!」
「えーっ!理由ぐらい教えてくれてもいいじゃん!本当に何もないの?」
「本当に何もないの!いいから帰れって、ほら調査票も返して!」
「む〜…わかった、また明日ね!」
「はいはい、また明日…ってもう来るなよ!」
今までは運良く見つかっていないが、男子専用で女子禁制の下宿にミーティがいるのがバレたら本当にまずい。
部屋からようやくミーティを追い出し、オレはしっかり鍵をかけるのを確認して取り戻した進路希望調査票を見た。
進路希望調査票にはただ職業の名前を希望順に羅列するだけで、その理由なんて書かなくていい。教師には理由を聞かれるかもしれないが、今ならばうまく誤魔化せるだろう。
幼年学校で作文の課題が出た当時はオレは7歳で、大人のオレとしての記憶があってもある程度は肉体の年齢のほうに引っ張られるのか、つい無邪気に口をついて出てしまいそうになっていた、オレが冒険者になりたい本当の理由を。
ーーーーー
「ほらほら、早く!パレード始まっちゃう!」
「引っ張るなよミーティ!」
平日の魔法学校の授業が終わり、休日となった週末、オレはミーティに連れ出されて街の中心部に向かっていた。
目的は強大な魔物を討伐して帰ってきた冒険者パーティの凱旋パレードを見ることで、オレたちと同じ目的の人たちが大勢沿道に詰めかけていて警備隊まで出動していた。
「すごい人…っはぐれるなよ!」
「大丈夫よ!ほら、もっと前行こう!」
この街の中心には大きな噴水があり、街のシンボルとなっている。街の周りはぐるりと壁に覆われていて四方に門があり、その門から中心部に向かって討伐した魔物を披露しながら冒険者パーティが歩き、噴水周りの幅の広い道路をぐるりと一周するまでがパレードの流れだ。
オレたちが着いたのはちょうど沿道から噴水広場に入る入り口のところで、門のほうからは歓声が響いてきていたので、冒険者パーティがこちらに練り歩いてきているところだと分かった。
「あっ!もう少しで来そう!」
「そうみたいだな」
「きゃ〜っ!楽しみっ!Cランクパーティ、『暁の導き』様…!」
「お前、ほんとミーハーだよな」
「なによう、いいじゃない!特にリーダーで剣士のグラド様!ちょうど夕暮れ時みたいな髪の色が本当に素敵…!」
「『暁』なんだから朝焼け時じゃないのか?」
「もうっ!確かにそうかもしれないけど、ダリオはそっけなさすぎ!ていうか冒険者になりたいってことは憧れてるんでしょ?それなのにいつもこうなんだから…」
ぶちぶち言っているミーティは無視して、あたりを見回す。
冒険者のランクは上からS、A、B、C、D、E、Fランクまであるため、Cランクは上から四番目だ。つまり『暁の導き』はトップ層ではないけれど、そこそこ腕の立つ冒険者パーティで、今回は彼らがAランクの魔物を討伐したという報せが入ったため、それを祝してパレードが行われている。
正直に言うと、Cランクといえばそれほど高くないランクだ。平均的な腕前とされるDランクからCにはわりと簡単に上がれても、CからBに上がるのには大きな壁があるらしく、Dランクに近いCランクのパーティもあれば、Bランク間近だと噂されるパーティもある。
「『暁の導き』はCの星2評価…」
「ん?何か言った?」
「なんでもないよ」
「そう?あっ、もうすぐ来そうよ!」
冒険者を管理する冒険者ギルドではCランクはCランクだが、冒険者の活動はある程度開示されているため、それを見た批評家気取りたちが、ゴシップ紙でランクをさらに細かく分けて分類している。
つまり非公式なランクだけれど、討伐成績やパーティの戦績からけっこうちゃんと分析しているようなので、参考程度に読んでいる。それによると『暁の導き』はどちらかと言えばDに近いほうの冒険者パーティだった。
にも関わらず、Cランク以上のパーティでさえあれば、大きな戦功を立てた際には冒険者ギルドが主催してパレードが行われる。Dランク以下のパーティでも、功績によっては考慮されてパレードが開催されることがある。
ちなみに、冒険者ギルドが今以上にランクを細かく分けないのはわざとだと噂されている。
玉石混交のほうがドラマが起こりやすい、ということだろう。
そう、ドラマと表現した通り、この世界では冒険者の活動を見聞きするのは、娯楽となっている。
冒険者と名乗るだけでもモテるそうだし、Cランク以上にもなればこんな風にほとんど英雄扱いになる。
冒険者ギルドはそれを理解して、冒険者たちの活動を大きく開示して情報を提供したりパレードを開催する。それなりに見目がよければ、ギルドと提携している出版社が似顔絵のブロマイドを出したりもするし、活躍が劇的であれば文化ギルドが吟遊詩人に歌を作らせたり、歌劇を上映したりする。
そしてそれらの活動はエンターテイメントとして大きな経済効果をもたらすので、公的に国に認められている。
つまり、この世界の冒険者はアイドルなのだ。
「ああっ、『暁の導き』様が見えたわ!」
「きゃーっ、グラド様ーっ!!」
「素敵ー!こっちを向いてーっ!」
「ベイン様ぁーっ!」
「きゃあーーーっ!お手を振ってくだすったわ!」
「うおぉおお!『暁の導き』だ!」
「すげぇ、なんてデカいワイバーンだ!」
「まさに英雄!」
「いいぞーっ、『不抜のグラド』最高!」
女性たちは黄色い悲鳴を上げて歓喜し、男たちも彼らに尊敬の眼差しを向けて拳を振り上げる。
「きゃあー!グラド様ぁっ!かっこいいーー!!」
オレの隣ではミーティも歓声を上げている。さすがにオレが黄色い悲鳴を上げることはないが、観衆と一緒に大きな拍手は贈っておいた。
人混みの隙間からちらっと見えた『暁の導き』は、豪華な天井空きの馬車の上に立って微笑みながら観衆に向かって手を振っている。一際大きな歓声を浴びているのは、やはりリーダーであり、花形の職業である剣士のグラドだった。
「あれが『暁の導き』のグラド…」
「ねえダリオ、どうしよう!ブロマイドよりもずっとかっこいい!」
「はいはい」
剣士グラドは、この街を拠点にしている冒険者の中でも、Dランクパーティの時から目立っていたらしい。なんでも元々は貴族の次男だか三男なんだそう。いないわけではないが、危険の伴う冒険者になる貴族は珍しいのもあり、また彼の容姿が女性ウケするのもあって、Cランクパーティに上がって活躍が目立つようになってくると人気が爆発した。
パレードの規模が以前見た別のCランクパーティのものと比べて大きくなっているような気がするので、ギルドも彼らの人気を当然理解して押し出しているんだろう。
そんな風に分析しているのはオレだけではなかったようで、観衆の前列にはあえていかず、後ろから静かに眺めている数人の中年男性たちの話が漏れ聞こえてきた。
「今年はやはり『暁の導き』に注目だな」
「うむ。この街で今一番勢いがある」
「私はどうかと思うね…あちらはどうなのだ、同じCランクの『竜の剣』のほうは」
「彼らは風紀が乱れてきている。この前も、リーダーのゴンドが三人目の愛人を囲ったと聞いたぞ」
「それはそれでいいゴシップではないか?」
それ以降の会話は歓声に遮られて聞こえなかったが、少し聞いただけでも面白い話だった。
『竜の剣』という『暁の導き』と同じCランク冒険者パーティの名前が挙がったが、彼らもたしかに目立っていた。
『暁の導き』が、線が細く貴族らしい整った顔立ちのグラドをリーダーとし、正統派な方面で売っているとすれば、『竜の剣』は一歩間違えれば野蛮となりそうなワイルドさを売りにしている。『竜の剣』のリーダーが女好きで取っ替え引っ替えし、愛人を囲っているというのも有名な話だが、そういう噂があると男性からの人気が高くなるらしい。
この国は一応、一夫一妻制だ。不貞行為は違法と定められているけれど、貴族の側室制は無くなっていないし、同意の上で愛人関係となるのは黙認されている。
愛人を囲うのにも色々と必要なものはあるだろうが、それなりにランクが高く財力のある冒険者であれば、貴族でなくともそれらの行為は目溢しされる。
これが、オレが純真無垢な7歳児たちの前で本音を溢さないように努力していた理由だ。幼い彼らが愛人関係など知っているはずがないが、オレは冒険者がアイドルのようなものになっていると気づいてからはこっそりと調べていたので、当然知っていた。
つまり冒険者となれば、ハーレムを作っても咎められることが、ない。
オレがこの事実を知った時は思わず静かにガッツポーズした。
「はあ…グラド様は伴侶の噂を聞かないわよね」
「誰ともお付き合いされないのかしら」
「愛人としてでもいいから、グラド様の寵愛を…」
周囲の女性たちが呟いているように、冒険者がハーレムを作るのはむしろ歓迎されている…というのは過言かもしれない。
それでも、冒険者パーティの中で起きた恋愛沙汰を取り扱う、ちょっと下品な喜劇は一定の人気があるし、何種類もの英雄と姫の物語は常に書店に山積みだ。
ハーレムを作って女を取っ替え引っ替えしていても、犯罪さえ起こさなければ咎められないのは『竜の剣』や他の冒険者パーティでも実証されている。
ならばやるしかないだろう、と決意したのが6歳の頃。
そこからオレは、冒険者になって活躍し、ハーレムを作る計画を着々と立てている。
「ぼうけんしゃになって、ハーレムをつくりたいです!」
一応法律では一夫一妻制なのだから、小さい頃にそんなことを言ったら教師が白目を剥くだろうし、流石に放任主義な両親も咎めるだろうから、頑張って堰き止めていたというわけだ。
この冒険者になりたい理由は、オレの一番重要な秘密だ。