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いつまでも嘘はつけません

 次の日の朝、その前の朝よりもメガラの頭は働かなかった。


「メグお嬢様、いつまで寝ていらっしゃるのですか!?」

「キノ、私病気になったみたい」

「お嬢様はいつでも病気みたいなものじゃないですか」

「違うの、本当に頭が痛くて、胸が苦しいの……」


 キノは呆れているようだった。


「はいはい、お嬢様の病名は仮病ですね。お医者様は呼びませんから、今日はお休みになっていてください」


 普段から仮病を使っているメガラは信用を失っているのだと悲しくなった。


(でも、この病気はお医者様でも治せないわ……)


 午前中はベッドでニアのことを考えては泣いていた。午後は気分を変えるためにとキノが調理人と一緒にメガラのために特別な昼食を作ってくれた。調理人はメガラに味を尋ねてきたが、メガラは食べ物の味などわからなかった。


(今夜、ニアにお別れを言うのね……)


「このスープ、とてもしょっぱいわ」


 調理人は困ったような表情をして、キノと顔を見合わせた。


***


 その夜もメガラはニアの店へ向かった。客は最初から一人もいなかった。


「今夜も来てくれてうれしいよ」


 ニアはメガラをカウンターに座らせると、自分も隣に座る。


「メグの顔を見ると元気になるよ」


 ニアは微笑むが、メガラの気持ちは晴れなかった。


「ニア、こんなに思ってくれて嬉しいの」

「それは光栄だ、毎日君に会えると思うと最近この時間が待ち遠しいんだ」


 メガラは自身の正体を知らないニアに、身の上を明かそうと思った。それでも、メガラの顔を見て嬉しそうに笑うニアのことを思うとなかなか切り出せないでいた。


 ニアはメガラに様々な話をしてくれた。しかし、メガラは正体を明かすことばかり考えていて話の内容が頭に入ってこなかった。


「そうだ、メグ。よかったら今度僕の家に来ないかい?」

「え、今なんて?」


 ニアは無邪気そうに続けた。


「だって君もこうやって毎晩来てくれることだし、もう少しお互いのことを知りたいからね」


 メガラの肩にニアの腕が触れる。その腕に抱かれたい、と思いながらメガラの胸の中は嵐に翻弄される木の葉のように揺れ動いていた。


「でも、私、まだあなたに私のことをいろいろ言ってないから……」

「そんなの、これから知っていくことだよ」


 ついにメガラの肩にニアの腕が回された。メガラは咄嗟に下を向いてしまった。


「……ごめん、迷惑だったかい?」

「いいえ、私、あなたのことが大好きです」


 メガラは苦しい胸の思いを吐き出した。


「それなら僕らは両思いだ、それじゃあメグ、僕と一緒に」


 メガラは意気揚々と話し出したニアの言葉を遮った。


「でもごめんなさい、私、貴方の気持ちに答えられないと思う」

「……どういうことだい?」


 メガラはニアの顔を見るのが後ろめたかったが、勇気を出して顔を上げた。


「私、貴方に嘘をついていました。私はただのメグじゃないの」


 メガラがひと息に告げると、ニアは眉をひそめた。


「嘘だって!? メグ、君の嘘ならきっとよっぽどの訳があるのだろう?」

「はい……私の本当の名前は、メガラ・アルゲンターヴィス……アルゲンターヴィス伯爵家の三女なの」


 その告白に、ニアは驚いたように両手で顔を覆った。


「そんな……僕はてっきりただのメグかと思ったのに」

「私も、ただのメグに生まれたかった」


 溢れる想いの行き場がなくなったメガラは思い切りニアの胸に飛び込んだ。


「本当なら、私がこうすることは許されないの! 貴方と共にいることも、叶わない! 間もなく私は家の都合で嫁がされるわ。好きでもない男に抱かれて、好きでもない家で暮らしていかないといけないの!」


 ニアの胸にしがみついて、メガラは思いの丈を吐き出した。


「メグ……」


 ニアはそっとメグを抱きしめる。その優しい抱擁に、メガラはこのまま時が止まればいいのにと心の底から願った。


「お願いニア、私を、どこかへ連れて行って。お父様のいないところ、私と貴方だけの温かい場所へ、わたしを匿ってくれないかしら。私はもう貴方なしでは生きていけない! それならば、もう貴方の記憶を全て消してしまいたい!」


 メガラはニアに伝えたいことは伝えたと思い、ニアの胸から顔を上げた。ニアはメガラの濡れた瞳をじっと見つめていた。


「……でも、そんなことできないわよね。ごめんなさい、もう今日で」

「メグ、僕と逃げよう」


 メガラの言葉を遮り、ニアは真剣に告げた。


「ニア、今なんて……」

「僕だってメグを失いたくない。だって君は、こんなに震えている。怯えている君をそのままにして、このまま終わりになんてしたくない」


 ニアはメガラの肩を抱き寄せる。メガラの細い肩は小刻みに震え、その胸の内に抱えている感情に押しつぶされそうなほど儚げであった。


「ニア、私怖いの。私が、このまま私でなくなってしまうことが怖い。貴方のいなくなった私が怖いの」


 メガラはニアの提案について考えた。父母やキノの顔が思い浮かんだが、ニアの顔が全てを塗りつぶした。


「私、貴方のそばで生きていきたいです。私を連れて行ってくれませんか?」


 メガラの言葉に、ニアは深く頷いた。


「わかった、また明日ここに来てくれ。逃亡の手筈はこちらで整えるよ。君は……いろいろ準備が必要だね。そこは任せて大丈夫かい?」

「ええ……」


 メガラの心は揺れ動いていた。生家に未練がないこともなかったが、それよりも今はニアのことが大事だった。ここでニアの手を離してしまえば二度とニアには会えないと思うと、メガラはそちらのほうがひどく怖いことだと思うことにした。



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