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それはまるで始まりのような

 めでたく侍女のキノを伴って家出をした伯爵令嬢であるメガラは、普段は訪れないような場所を遊び歩くことにした。


「ねえ、何ですのあれは!?」


 この事態にキノは頭を抱えていたが、そのうち家出ごっこに飽きて帰りたいというはずだと辛抱強く付き合うことにした。メガラには伝えていなかったが、キノはメガラの外出を屋敷に告げていた。


「気になるわ、入ってみましょう!」


 キノは家出と言いながら単なる街歩きになっているメガラの幼さが少し心配であった。


「おっと、うちはまだ開いてないよ……って、どうしたんだい子猫ちゃん?」


 勝手に店の扉を開けたメガラをキノが制する間もなく、メガラは一軒の酒場に躍り込んでいた。


「ねえ、ここってお酒が飲めるところでしょう?」

「そうだけど、君はまだお酒が必要そうに見えないね」


 メガラは奥から出てきた青年に釘付けになっていた。


「馬鹿にしないで、こう見えてもう成人よ」

「そうか、じゃあまた夜に来てくれ」


 メガラはきょとんと青年を見つめた。時刻はまだ昼過ぎであった。


「え、どうして?」


 青年は人差し指をメガラの唇につきつける。


「こういうものは、暗くなってから楽しむのさ」


 まるで優美な楽器が奏でるようなその声に、メガラは魅了された。


「はい、えーと、その……」


 急にもじもじし始めたメガラの手をキノが勢いよく引いた。


「さあ、お店の人の迷惑なのでおうちに帰りますよ!」


 メガラはすんなりとキノの言うことを聞いて、店を後にした。


「まだ開いていないお店に勝手に入ってはいけませんし、何よりこんなところはメグお嬢様の来られる場所ではありません! さあ帰りますよ!」 


 メガラはぼうっとキノを見ていた。


「大変、わたし、あの人の名前を聞いていなかった……」

「はぁ!?」


 呆れたキノは大きな声を出してしまった。


「まあ、どうしましょう。ねえ、キノ、わたし、どうかしちゃったみたい」

「お嬢様はいつもどうかされていますよ」


 はやく屋敷に連れ帰りたいキノはメガラの手を引く。


「だめよ、名前を聞いていないの。帰れないわ」

「名前くらい聞かなくてもいいでしょう」


 適当に返事をしたキノに、メガラは大人しく従う。


「そうね、名前なんていつでも聞けるものね。そうよ、そうに決まっているわ」


 ふわふわと捉えどころのない返事をするメガラに、キノは不安になった。


「あの、メグお嬢様?」

「どうしたの、キノ」


 その声は勝ち気なメガラではなく、恋する乙女のそれだった。メガラは遠くをうっとりと見つめて、大きなため息をついていた。


「どうしたのじゃありませんよ、帰りますからね」


 キノは内心頭を抱えながら、今度どうするかを真剣に考え始めた。


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