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現実は退屈ですね

 柔らかな日差しが降り注ぐテラスで、アルゲンターヴィス伯爵家の三女メガラが侍女のキノから受け取った手紙を読んでいた。


「つまらない男。こんなの、勝手に猫と盛っていればいいのよ」


 メガラは手紙の主を鼻で笑いながら、自慢の長い金髪をかき上げた。


「デートに花園! 笑ってしまうわ、花園ですって! 私を誰だと思っているの!?」


 手紙を握りつぶしながらメガラは笑い始める。


「私はアルゲンターヴィス家の女よ、お花摘みなんてガラじゃないの」

「それなら、先方には何とお伝えすれば?」


 おずおずとキノが尋ねると、メガラは丸めた手紙を放り投げる。


「決まっているじゃない。おととい来やがれ、よ」


 そう言うとメガラは恋愛小説に目を落とした。キノはやれやれと首を振ると、小さく呟いた。


「一応、お相手はガストルニス公爵のご子息なんですけどね……」


 丸めた手紙を伸ばしながら、キノは無難な返事の代筆を考えていた。


***


「はあ……どこかにワイルドな殿方はいらっしゃらないのかしら」


 メガラは恋愛小説を読み耽っていた。そんなものばかり読んでいると馬鹿になると父母や姉たちから散々言われたが、メガラは恋愛小説が好きだった。


「だって、現実の男なんてみんな退屈で権力欲丸出しの成り上がり願望しかないアホじゃないの。命をかけて守ってくれる、なんてかっこいいじゃないの」


 メガラの読んでいる小説の主人公は身分の高くない貴族の令嬢だった。望まない縁談ばかり持ってこられる主人公は、ある日酒場で出会った背の高い傭兵と恋に落ちる。傭兵は間もなく戦争になる国を守るために、そして愛する人を守るために戦いに赴くことになる。


「いつまでも待っているわ、愛しい人。貴方の愛が燃え尽きようと、私が貴方の火を私の中で焦がし続けてあげる。たとえ私の身が燃え尽きようと、私と貴方の心が天へ召されるその日まで、私を待ち続けると誓いますか……?」


「もちろんだ、愛しい人。でも僕は再び君をこの手に抱くまで、簡単に死んだりしないと約束するよ。愛してる、言葉では足りない、愛している」


「ああ、だからと言って、このようなことは……」


「最後になるかもしれないんだ、君の全てを知ってから僕は君から離れたい」


「そんな寂しいことを仰らないで……」


「僕にその顔をよく見せておくれ、愛しい人。全てを、見せておくれ……キャー! それで、それでどうなるの!!???」


 メガラは興奮してページをめくる。めでたく結ばれた2人だったが、主人公の元に届いたのは傭兵の死の知らせだった。彼は戦場へ出る前に、2人の関係をよく思わない者によって殺されていた。それを知らない主人公は、愛しい人との思い出を守るために全てを捨てて旅に出ることにする。「もっとはやくこうしていればよかった」という後悔を抱きながら。


「なによ、何よ! この本の作者は誰!? 最悪ね! 一生ペンを握れないようにしてやりたい!!」


 メガラは主人公に感情移入して、激しく泣き出した。


「だって、あんまりじゃない! 望まない結婚なんて私は嫌! 愛する人と結ばれたいの! 愛しい人と呼ばれて、それで愛の口づけをかわすのよ!」


 ひとしきり泣いてからメガラは本を庭に投げ捨てると、空を仰いだ。


「もう私のところにも縁談の知らせばかり。伯爵令嬢なんて退屈よ。庶民の家に生まれればよかった」


 メガラは窮屈な伯爵令嬢という身分が嫌で嫌で仕方なかった。ただ嫁がされるだけの道具のような人生を想像すると、吐き気がこみ上げてくる。


「好きでもない男の家でいびられながら、好きでもない男の子供を生んで、子供を生んで、子供を生むのよ。私、子供大嫌い」


 メガラは先に嫁いでいった姉の姿をよく見ていた。始終愛想笑いを浮かべて、相手の家の人全員に気を遣って、子供ですら相手の家のもので自分が愛せるものがないと上の姉は零していた。


「嫌よ、そんな人生嫌よ。私も全てを捨てて旅に出られれば……」


 そのアイディアは天啓のようにメガラに衝撃を与えた。


「もっとはやくこうすればよかった」


 にやりと笑ったメガラは、早速キノを呼びつけた。

 

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