8. 瘴気
あれから1週間が経ち、広がっていた枯草は宝玉の周りだけに落ち着いたのにも関わらず彼の顔色は相変わらず悪いままで。
どうしたらルーク様の役に立てるのだろうかと枯草に手を当てながら小さくため息をこぼした。
鈍く光る宝玉。
私が身代わりなれたらいいのに。
そう思いながらそっと手を伸ばすと宝玉の中にある黒い瘴気が一気にあふれ出てくる。
何が起きているのかわからないが、それは行く先を求めているように見えた。
「私の所に。」
両手を広げれば、こちらへと向かってくる。
瘴気を取り込むと胸の奥が重くなるような感覚はあるが、特に問題はなさそうだ。
安堵の息を吐いてから宝玉へと視線を向けると、黄金色に光り輝いていた。
これが本来の姿なのだろう。
枯草だったそこには綺麗な花々が咲き乱れ、空気が澄んで見える。
後はルーク様自身の御身体が良くなれば良いのですが…。
そんな事を考えながらキッチンに戻ると夕飯の支度を始めた。
今日は少し肌寒いからシチューを作ろうと手際よく野菜を切って煮込んでいく。
いい匂いが漂い始めた頃。
玄関の扉が開いた。
「リネット、ただいま。」
「おかえりなさいませ。」
「今日はシチュー?美味しいそうな匂いがしてる。」
「少し肌寒かったので…早かったですか?」
「そんなことないよ。それより、リネット。ちょっとこっちに来て。」
いきなり呼ばれ、お皿に持ったシチューを机に置いてから彼の元へと移動すると怖いくらいの表情が見える。
また何か怒らせるようなことをしてしまったらしい。
「ごめんなさい。シチューがお嫌いとは思わず、すぐ別のものを…。」
「違う。何で君の中に人間の匂いがするの?」
「え?」
「誰かと会った?」
「いいえ。」
「なるほど、そういうことね。」
何かを理解した彼は彼女の胸に手を翳すと黒い瘴気を取り出し小さな玉へと変化させる。
「心配してくれるのは嬉しいけど、リネットは俺だけのものだから他を受け入れたら駄目だろ。」
「…どうしたら…。」
「ん?」
「どうしたら私は…ルーク様のお役に立てますか…?体調の優れないことはわかっていても何も出来ません。もし…ルーク様に何かあったら…。」
「…じゃあさ。俺の願い叶えてくれる?」
「私でできることなら!」
「目閉じて。」
彼の言葉に従って目を閉じると頬に手を当てられる感覚。
何をするつもりなんだろうと考えていると唇にふっくらとした感触にキスされたのだと理解する。
「もう開けてもいいよ。」
声に従ってゆっくり目を開けると銀色の綺麗な角が見え、彼の纏う雰囲気がいつもと比べ物にならないほど神聖なものに変わっていた。
「…。」
「どうした?」
「…い、いえ。」
「ん?あれ、無意識で角出してたのか。リネットとずっとこうしたかったからついね。」
「…私なんかのキスで…本当にお役に立ちますか?」
「わかってないなぁ。リネットのだから効果がある。」
「効果ですか?」
「ほら、さっきの瘴気玉。一瞬で浄化された。俺の力を増幅させてくれる。それに顔色まだ悪く見える?」
「あ。」
「ふぅ。もう少し待つつもりだったのに、リネットが煽るから。この前の婚約の話といい、正直俺も限界だし先進にめようかな〜。」
「どういう意味ですか?」
「今まで通り俺のためにずっとここにいてくれれば良いってこと。」
「…私には他に行くところありませんから。」
「そうじゃないだろ。自分の意志で俺の所に居たいって思ってよ。」
「…それは欲張りというものです。こちらにお邪魔してから十分過ぎるくらい幸せな日々を送っていますから。」
満面の笑みを浮かべてそういう彼女に自覚するにはまだ時間が必要かと諦めたように小さくため息を零すのだった。