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5. 日常生活

彼女にとって家事とは未知の領域で失敗ばかりだった。

今日もまた朝食で作った黒焦げの物体。

白パンのつもりだったのだが、中まで火が通らないともたついている間にこんな姿に…。


「ごめんなさい…また失敗してしまいました…。」


皿の上に載せられているとはいえ、もはやただの炭だ。

本来食べられるものだったはずのを無駄にするなんて私は本当に役立たずだと痛感する。

スープだけでもと準備しながら落ち込んでいると後ろからバリバリと硬い何かを砕く音が聞こえてきた。

何の音かと視線を向ければ黒焦げのそれを当然のように食べるルークの姿が見える。


「そんなもの食べては!」


「美味いよ。」


「そんなことないです…。先程味見してみましたが、炭の味でした…。」


小さくため息を溢しながら野菜スープを机に並べると、失敗作を口の中に全て放り込んでしまった。

スプーンを渡すとにんまりと笑みを浮かべたまま受け取り、口に含んだ。


「こっちも美味い。」


「本当ですか…?野菜スープなら失敗することはないと思いますが…っ!」


彼に促されるように口に含んだその一口であまりの不味さに口元を抑える。

急いで自分の入れたであろう調味料を確認すると砂糖と木の実の粉の文字が見えた。

パンに気を取られて隣りのものを使ってきたようだ。


「…ルーク様。ぇ、食べてしまわれたのですか…?」


「ん?なんか変だった?」


スープ皿に入っていた分を完食しただけでなく、つぎ足そうとする姿に慌てて止めた。

彼は味覚音痴なのだろうか。

それが気に入らなかったようで、不貞腐れてしまったようだ。


「食材には大変申し訳無いですが、こちらは破棄しますね。…ごめんなさい。」


「破棄するなら食う。」


持っていた鍋を奪われるとそのままごくごくと飲み干してしまった。

ご馳走様でしたと満足気な表情をする彼は鼻歌を歌いながら椅子へと腰掛ける。

ルークのそんな姿を見てから彼女の料理の腕はメキメキと上がっていった。

それは自分の料理のせいで彼の身体が壊れてしまうのではないかと心配になったからだ。

いつものように食事を済ませ、洗濯物を干していると町に行っていたルークが戻ってきたようで彼の飼っている大型犬であるハイドが畑から戻ってきたのが見える。

ここに住んで知ったが、彼は動物達に好かれているようで、毎日色んな木の実や果物が玄関の前に山積みにされていた。

本当に不思議な人。

私には躊躇なく見せてくれた素顔も出掛けるときには必ず隠してしまうのだ。

それでも船乗り達には一目置かれ慕われる存在だというのはここに来るまでに理解済み。

きっと何かを隠しているのだろう。

だとしても、それを問う権利など私にはない。

そんなことを考えているといつの間にか彼の顔が目の前にあり驚いた。


「ち、近くありませんか…?」


「リネットが無視するからだろ。」


「ご、ごめんなさい。少し考え事を…。」


「何。」


「ぇ?」


「だから何考えてたんだよ。」


ターバンを外した彼の瞳は怒気を含んでおり鋭い視線を向けられている。

無視してしまったことが気分を害してしまったのかともう一度謝ろうとしたが、いきなり視界が反転するとそのまま2階まで連れて行かれた。

ぽいっとベッドに捨てられ、痛みはないが流石に驚く。


「…早く言わないと俺、本気で怒るよ。」


「言うって…?」


「無視するほど、考えること。何?」


「…それは…ご本人に直接伝えるのは…。」


「俺のこと?」


「…はい。」


その言葉に明らかに機嫌が良くなった彼に何が起こったか分からないが、良かったと安堵の息を吐いた。

基本的には温厚な彼だが、偶に地雷を踏んでしまうようでその度に怒らせてしまっている。


「で?気になるし、早く言って。」


「…では先に。気分を害されたらごめんなさい。」


「うん。」


「…何故お出かけの際はお顔を隠されるのでしょう…?とても端正な顔立ちをされているので少し気になってしまって…嫌でしたら答えなくてもいいですから…。」


「別に嫌じゃないよ。他国民のリネットは知らなくて当然だけど、この国じゃ俺。ある意味有名だから、見られるとすごく面倒くさい。それが理由だな。」


「有名…皆様から信頼されていましたものね。」


「いや、そういうのじゃないんだけど…まぁいいか。とりあえず、リネットはそのまま寝な。」


「え?まだお洗濯も終わってませんし…。」


「朝から体調悪かったんだろ。食事もあまり進んでなかった。」


「…いつから気付いて…?」


「最初からだな。朝方には少し体温が上がってきていた。昨日、裏の川で水浴びをしたとか。」


「何故ご存知なのですか?昨日は一日お仕事で出られていましたよね…?」


「俺には何もかもお見通し。夜中にベッドを抜け出して料理の練習してたこととかさ。俺のためにってのは嬉しいけど、身体を壊されたら困る。」


「ごめんなさい…。またご迷惑を…。」


「迷惑じゃなく心配だ。いいから目を閉じて。すぐ眠れるよ。」


彼の言葉に目を閉じれば、眠気などないはずなのにすぐに寝入ってしまうのだった。

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