4. 町外れの家
遠くに聞こえる鳥の囀りで目を覚ますとルークと寝所を共にしていたことに驚いてそのままベッドから落っこちてしまった。
「イタタ。」
「リネット、おはよ。朝から何してるんだ?元気になったのはいいけど、怪我するよ。」
「お、おはようございます。あの、どうして同じベッドに…?」
「昨日泣きついたまま寝たのは誰だったかな。」
「わ、私のせいですか!?ごめんなさい!」
「謝らなくていい。それで?もう一度聞く。行く宛はあるのか。」
「…ないです。」
「最初から素直になれよ。何かあってからじゃ遅いんだからな。」
「…ごめんなさい。」
「俺にも下心はあるから気にしなくていい。」
「下心…ですか?」
「子供にはまだ早いからそのうち教えるよ。」
意味深な発言に内容はとても気になるが、彼に頼る以外安全に生きる道はないと前回で理解したため、聞き流すことにする。
あれから港町の宿屋を出て、彼の家があるという町外れに移動すると告げられた。
「その前に靴か。」
「?」
「舗装されていない道では足を痛めるだろ。」
ルークの示す先はミドルヒールパンプスで、町の外を歩くには向かない靴だと納得する。
とはいえ、屋敷に軟禁状態ためこういったパンプス以外持っていなかったのだ。
これでも一番低いヒールのものを選んだつもりなのにと思いながらも、靴屋に入るとパンプスは殆ど置かれておらず、皮のブーツがいくつも並んでいた。
ヒールがある物も取り揃えられているが、機能性重視のようで歩くのに支障のない程度におさめられている。
「これを。すぐに履いていくからそのままでいい。」
「かしこまりました。」
迷うことなく彼が選んだのはアッシュブラウンのショートブーツで3cm程のヒールがついたシンプルのもの。
早速履いてみると当たり前のようにぴったりフィットしたことに驚いた。
いつの間にか会計が済まされ外に促されると、そろそろ出発すると手を取られる。
「ちゃんとついていきますから手は…。」
「嫌?」
「いえ、恥ずかしいので離してもらえたらと…。」
「誰も見てないだろ。」
彼から聞こえたその言葉に離してもらうことは諦め、歩き続けた。
町外れと言っていたが、少しずつ深くなっていく緑に少し戸惑っている。
都会ではないとはいえ、屋敷で過ごしてきた彼女にとって森の中に入ること自体が初めての経験なのだ。
あちらこちらに咲く色とりどりの花々に心躍らせている。
「楽しそうだね。」
「見たことのない花ばかりですから。それに、窓越しの止まった景色とは違うので新鮮で…。」
「この辺りで少し休むか。」
「いえ、まだ歩き始めたばかりですし大丈夫ですよ。」
そう伝えれば納得していないようだが、再び歩き始める。
2時間ほど経った頃だろうか。
大木の横に建てられた二階建ての木造住宅。
こんなにも深い森の中に人が住めるのだと感心していると隣から笑い声が聞こえてくる。
「屋敷に住んでいたのなら小さくて驚いただろ。ここが俺の住処だ。」
そういった彼は家の周辺にある井戸の場所や畑を案内してくれた。
「森の中だから。基本は自給自足だよ。」
「自給自足…私、足手まといになるのではありませんか?お料理もお裁縫もお洗濯も全て…。」
「そのうち慣れるから心配いらない。」
「そうでしょうか…。」
「言いたいことがあるなら言いなよ。」
「…町でカフェの雑用の募集をしている広告を見ました。…それなら私にもできるかと…。」
「却下。」
「なぜですか?私では断られてしまうから…?」
「違う。俺の目の届かないところで何かあったら困るから。金が欲しいなら家事の対価を渡すよ。」
「それは困ります!こちらは家賃を支払わなければならない立場。そこまでしていただいたら…。」
「はぁ…なら住み込みの仕事だと思えばいい。俺が家にいない間、管理してくれる人が居ると助かるんだ。疲れて帰ってきたら畑は荒らされ、家中埃だらけを見るのは嫌だからな。」
「…本当に良いのですか?私以外を雇う方がよほど楽だと思います。」
「…言ったろ。俺には下心があるって。」
にんまりと笑みを浮かべながら玄関の扉を開けると、数日留守にしていたとは思えないほど綺麗で掃除する必要はないように思える。
こうして始まった共同生活に不安を覚えながらも出来る限り努力しようと心に決めるのだった。