3. 港町
あれからこの部屋で一緒に寝ることを伝えられ、少し戸惑ったが、この船は相部屋が基本となるため俺のほうがいいだろうと釘を刺された。
確かに食堂で会ったような男性との同室は遠慮したい。
そんなことがあってから1週間。
意外にもあっという間に過ぎていった。
それは毎日のようにシュトラ王国の町並みや歴史を丁寧に話してくれた彼がいたからだろう。
促されるまま船から降りると最初の港町とは比べ物にならないほど大きな町に驚いた。
黒煉瓦作りの落ち着いた雰囲気の町並み。
行き交う人は皆、上質な服装をしているところを見ると経済が潤っている証拠だろう。
とても豊かな土地とは聞いていたが、想像以上だ。
これなら職を見つけるのは難しくないかもと考えていると、先を歩いていたルークが振り返った。
「これからどうするつもり?宛はあるの。」
その言葉に一瞬ギクリとなったが、これ以上彼に迷惑は掛けられない。
屋敷を出るときに決めたはずだ。
ドーリッシュの名を捨てて一人で生きていくと。
察しの良いルークに気付かれないようにと願いながら満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫です!色々とありがとうございました。」
「そう。俺はこの先の町外れに住んでいるからいつでも来るといい。」
そういった彼は軽く手を振り外を目指して歩いていった。
感謝の意を込めてしばらく頭を下げていたが、彼が見えなくなったことを確認してから小さくため息をこぼす。
これからどうしよう。
正直、隣国に行くというのも衝動的な行動だったに過ぎず。
船旅の中で冷静になればなるほど自らの浅はかさに嫌気が差していた。
14歳の世間知らずな私に何ができるのだろう。
そんなことを考えながら町の掲示板へ視線を向けるとたくさんの求人広告が貼られている。
「お嬢さん、仕事を探してるのかな?」
いきなり声をかけてきたのは如何にも金持ちと言わんばかりの宝飾品を身体中に付けた男性で、にやにやと口元に下品な笑みを浮かべていた。
人を見た目で判断してはいけないとそう思いながらも、この人に関わってはいけないと本能で理解する。
「いえ、少し見ていただけですから…。」
「逃げることはないだろう。私の所で働けばいい。給料はここにある金額の10倍、いや20倍出そう。」
「結構ですっ。は、離してください。」
無理やり掴まれた腕が痛み、涙が出そうになったがこんなことで泣くものかとぐっと堪えた。
行き交う人は皆見て見ぬふりをしているようで、誰も助けてはくれないだろう。
一人で生きるとはこういうことなのだと痛感しながら、羽交い締めにされたまま口元に当てられた布をかがされ、そのまま意識を失っていった。
頭の中がぐるぐる回るような感覚に気持ち悪いと目を開ければ、見覚えのある黒髪と金色の瞳が見え。
ほっとしたのか、少し表情が緩んだようだ。
「…ルーク様?」
「何が大丈夫だよ。あのクソジジイに捕まったらどうなるかわかってたのか!?」
「…ごめんなさい。」
「はぁ…。無事で良かった。」
「…助けてくださりありがとうございます。またご迷惑をおかけして…。」
「そんなことより、薬物を嗅がされたから気持ち悪いだろ。水を飲むと少し落ち着くよ。」
手渡された水を飲めば、彼の言う通り少し落ち着いたようだ。
それと同時に大粒の涙が次から次へと頬をつたり、自分でも驚いた。
「ご、ごめんな…さ…なんで泣いて…。」
何度も目を擦ってみるが止まることはない。
見かねたルークはそっと自分の胸に抱き寄せれば緊張の糸が切れたようで声を押し殺したまま本格的に泣き始めた。
怖くて当たり前だ。
10代とはいえ、まだまだ子供の彼女。
こんな時ですら感情を押し殺そうとするなんて一体どんな環境で育ってきたのだろうか。
そんなことを考えながらしばらくそうしていると小さな寝息が聞こえてくる。
「…決めた。俺がお前を助けてやる。その代わり俺のモノになれ。」
眠っているクリオネットにそう言うと枕に頭を預けてからそっと額にキスを落とす。
小さく浮かび上がった魔法陣は一瞬にして消えていった。
それを満足気に見届けながらこれからどうするかと思案するのだった。