11.神獣の恋
あれから暫く大人しくしていたリネットだったが、そろそろ夕食の準備をする時間だと告げられ名残惜しいが仕方ないと彼女の髪を離した。
とはいえ、あの人間の男の匂いがするのは気に入らない。
彼女がキッチンで料理している姿を見るだけでも優越感に浸れるが、それだけでは足りない。
邪魔にならない程度に背中側からリネットを抱きしめ目を閉じる。
「…ルーク様?」
「ん。」
「ち、近くありませんか?」
「俺のことは気にしなくていいよ。」
「き、気になります!」
「そう?俺は気にならない。」
顔を真っ赤にしながら抗議する彼女は本当に可愛い。
神獣は人間に最も近い神と言われているものの、人間に対して特別な感情を持ったことなど一度もなかった。
彼女の肩に預けた頬から伝わる温もりに全身が癒される感覚。
今なら世界を一瞬で浄化できる自信がある。
そんなことを考えながらしばらくそうしていると彼女の動きが止まったようだ。
「ルーク様、ハンバーグを焼くので少し離れていただけますか…?」
「やだっていったら?」
「っ油で火傷するかもしれませんから。」
「大丈夫。その程度じゃ俺の体に何も影響はないよ。」
「本当ですか?」
「そっか。リネットはまだ神獣化は角しか見てないんだっけ。」
「神獣化、ですか?」
「うん。俺は色んなところに行くのが好きだから人間の姿になるのを好むけど、本来の姿はこれじゃないからね。」
「…シャイア様は…。」
「ん?」
「…シャイア様はルーク様の神獣姿を見たことがありますか…?」
いきなり振り向いた彼女の瞳が揺れ、少し潤んでいるように見える。
ゾクゾクと背中を駆け上がる感覚とともにリネットがシャイアに向ける感情を想像するだけで幸福感が押し寄せてきた。
少し虐めたくなる気持ちもあるが、ここで試すようなことをすれば生い立ちゆえに自信のない彼女を傷つけてしまうだろう。
「ないよ。」
「え…?」
「角だって見せたことない。俺の神獣化って人間が簡単に可視化できるものじゃないんだ。俺が見せたいと思わなければ見ることはできないし、俺との繋がりは必須だからね。シャイアにその繋がりはないよ。」
「繋がり…ですか?」
言ってからしまったと視線をそらした。
そういえば彼女にはまだ自分が与えた刻印について話していなかったんだ。
成人してからと思っていたのについ余計なことを話してしまったと後悔しながらも今更取り繕えば不安に思うだろう。
嫌がられることはないよな…?
少し不安はあるが、もっと不安そうな顔をする彼女をいつまでも放置はできなかった。
「…怒らないか?」
「え?」
「リネットが港町に着いてから危ない目にあっただろ。」
「…それは。」
「あの時、俺の刻印をつけた。」
「刻印…?それは一体?」
「簡単に言うとリネットが俺のものだっていう証。」
「…っ!」
その言葉に驚いた表情をした彼女だったが、それと同時に耳まで真っ赤に染める姿に怒っていないことがすぐに理解できた。
そしてそれと同時にどうしようもなくリネットが愛おしく、どうしたら彼女にこの気持ちを理解してもらえるだろうかと思案している。
"愛している"という言葉を言っても信じてくれるかどうか怪しいものだ。
とはいえその言葉以上の表現方法を俺は知らない。
「…わ、私は。」
「ん?」
「私は…これからも、ルーク様のお側に居てもいいですか…?」
「…あぁ。俺はリネット以外、何もいらない。」
彼女の腕を引いて自分の胸に抱き寄せると大人しく収まってくれたようだ。
理性を総動員させていたにも関わらず、リネットを目の前にするとその糸は簡単に切れてしまう。
困ったものだと小さく溜め息をこぼしながらもこれはこれでいいかと開き直り、腕の中にいる彼女を堪能するのだった。