1. 旅立ち
私の名はクリオネット・ドーリッシュ。
4歳で両親を亡くし、父の兄であるハイベルク・ドーリッシュ伯爵に引き取られてから今年で10年が経った。
当時から嫌われていることは理解していたが、妻子を持ったことでその態度はあからさまになり。
私の何がいけないのだろうと自分を責める時期も過ぎ、嫌われているのなら仕方がない。
そう考えるようになっていた。
今日もまたいつものように彼の息子であるエドワルトが勢いよく扉を開け放つ。
両親の影響を生まれた時から強く受けているからか。
彼には特に嫌われているようだ。
「お前、僕達と血が繋がっていないんだってな!父上が話していたぞ。母親の連れ子だって。」
「…え?」
その言葉に頭を鈍器で殴られたような感覚が走った。
血が繋がってない?
だから嫌われていた?
私は要らない存在だったから?
次々と浮かんでくる言葉に連れ子という言葉が全てを飲み込んでいく。
今までの事、全てに納得がいった。
私はここに居るべきではない存在なのだと理解すると、家族だからいつか分かりあえるかもしれないという淡い期待は簡単に崩れ落ちていく。
悪気のない満面の笑みを浮かべるエドワルトを見送ると、溢れ出てきた大粒の涙にどれくらいそうしていたのだろう。
食事が運ばれてくる以外、この部屋には誰も訪ねてこないこともあって静かなものだ。
暫く天井を見つめていたが、覚悟を決める。
今日この時を持ってドーリッシュの名を捨て一人で生きていこう。
何かあったときのためにと準備していたバッグに必要最低限の下着やワンピースと使い道のなかったお小遣いを詰め込み、着ていたドレスも動きづらいからとミディ丈ワンピースへと着替えた。
エドワルトが言っていた屋敷の抜け道を使うことになるとは思ってもみなかったが、意外にもすんなりと外へ出られる。
彼は何度か見つかったと言っていたが、私になど一切興味がないのだから、居なくなったとしても探す意味はない。
そんなことを考えながら歩き出した。
確かこの道に沿っていくと港町があったはず。
船に乗って隣国に行こう。
すぐに見つからないほど遠くに行けば、彼らも気が楽になるかもしれない。
そんなことを考えていると目の前に広がる真っ青な海に目を奪われた。
たどり着いた港町は活気に溢れ、船着き場には大きな帆船。
これに乗れば隣国に行けるはずだと歩みを早める。
「船の受付けはこちらですか?」
「そうだぜ。隣国に行くならこの船に乗らねぇとな。」
「ではそちらの乗船券を1枚下さい。」
「あ?残念だが、あんた一人じゃ無理だ。」
「何故ですか?お金ならちゃんと用意しています。」
「そういう問題じゃねえ。他国に入るってことはそれだけの信用が必要だからな。その国に籍がある者と一緒なら別だが、それ以外は王からの書状がいる。」
「…そう、なんですね。丁寧なご説明ありがとうございます。」
彼の言葉に当然かと納得して後ろに並んでいる男性の邪魔にならないよう移動するため動き出したはずだったが、腕を掴まれる。
振り返ると先程後ろにいた男性に引き止められたのだと理解し困ったような表情を浮かべると彼が口を開いた。
「ペイジ、この子は俺の連れだ。それなら問題ないだろ?」
「ルークの連れなら確かに問題はねえが本当に知り合いか?」
疑いの目を向ける彼から庇う様に引き込まれ、それを見て納得したのか。
2枚の乗船券を置かれ、受け取ったルークと呼ばれた彼は慣れたように帆船の中へと入っていくのだった。