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「ハロウィン転生」〜結城凛〜外伝「ヒロイン・オブ・プリンセス」〜ヒロイン・オブ・グレイス〜

 書庫から飛び出すと炎がさっきよりも勢いを増してお城を焼き尽くそうとしていた。


 日々、手入れを欠かさなかった庭園の花々が無惨に踏みにじられ、魔物共の足跡を残す。


 私は唇をグッと噛み締め耐え、今は母親の悲鳴が増す方へと足を運ぶ。


 垣根かきねを越えて私の眼前がんぜんに映ったのは、首を掴まれ持ち上げられた無惨むざんな母親の姿。


 そして、王である父が魔王に踏みつけられた屈辱的くつじょくてきな姿。


 魔物に捉えられた2人の姉が、少し下がった所にいるのも見られる。


「キッ……なんて、卑劣ひれつな!」


 頭に、胸に感情では抑えきれないほどの怒りが爆発的に湧き上がる。


 私は持たされた短剣を引き抜き、魔王の前へと立ち塞がる。


「なんだ、お前は」


「「「「グレイス!」」」」


 威圧的なオーラを魔王から感じ生唾なまつばを飲み込む。


 あの時、炎の中から感じられた絶対的な恐怖に勝る恐怖を体験する。


 だけど、それを上回る自身じゃ制御できない程の怒りが私の身体を動かす。


 私は短剣を構え魔王へと立ち向かった。


「やぁああああ!!」


 考えなしの真正面からの特攻。

 当たり前だが、そんなもの魔王に通じるはずもなく。


 魔王は手を振りかざすと気だけで私を弾き飛ばした。


「きゃっ!」


 2、3回、地面に強く打ちつけられて転がる。


 それでも私は、地面に這いつくばりながら魔王をキッと睨みつけた。


「不愉快な目だ……おい、抉り取ってしまえ」


 そう命令された2体の魔物が私に近づく。


 立ち上がって攻撃しようと思うが、さっきの攻撃で至るところが打ち身になり、なかなか立ち上がれない。


 そんな時、私の眼前に颯爽さっそうと駆けつけてくれた見覚えのある背中が魔物2体を容易たやすく斬り倒した。


「リディア!」


「グレイス様、お立ちください」


 リディアは敵に剣先を向けたまま、冷静な物言いで言葉を告げる。


 一瞬の油断や気遣いが命取りになる事をリディアは知っているのだ。


 それに、私は常に手を差し伸べてもらわなければいけないような、か弱いお姫様ではないだろというリディアからの信頼の証でもあるのだと捉える。


 私は短剣を支えにして立ち上がってみせた。


「グレイス様、私の背中にある勇者の剣をお受け取りください。あなたなら扱える」


 強い意志が込められた言葉。それでも尚、こんな大剣が私に扱えるわけがないと疑心が心を曇らせていく。


 しかし、


「大丈夫、私を信じて」


 リディアが間髪かんぱつを入れずに言ってくれた言葉が、私の不安を断ち切る。


 私は、リディアを信じる。


 リディアは背中越しに私の決心を感じ取り、大剣を吊るしていた紐をナイフで切る。


 落ちてきた大剣を私は手に取り、鞘から剣を引き抜いた。


「なにこれ!?」


 引き抜いた瞬間、真っ白に煌めく刀身から放たれていた燐光が私の身体を包み込む。


 すると、私の体の傷はみるみるうちに癒えていった。


 それに驚くべきは、鞘から外した抜き身の剣がとても軽い。というより、私にあった適度な重さになっている。


「聖剣……か」


 魔王が告げたその言葉を私は聞き逃さなかった。


「そうだ。これはこの国を救った勇者の愛剣“フロース・ド・グレイス”」


「グレイス……私と同じ名前?」


 そう私が呟くとリディアがコクリと頷いた。


「あなたなら扱える。いや、あなたしかこの剣は扱えないのです。勇者の力を受け継いだあなたにしか」


 私は手に持った剣を見る。


 そして感じる。


 私の中にある光の力とこの剣が呼応こおうしている事を。


 この世界では、誰もが力を宿している。


 火の力であったり、水の力であったり、風の力であったり。


 生まれや育ち、どれだけ修練したかでそれぞれ力の強さは変わるのだが。


 光の力は普通の人には発現しない稀少な力で。


 私が姉達から嫌われているもうひとつの原因でもあった。


 というのも、光の力は他でもない勇者が扱っていた力だ。


 この数世代、生まれてこなかった光の力に選ばれた姫。


 それが私だった。


 変わり者の私が勇者の力である光の力を宿した事。


 それが姉達にとって屈辱的くつじょくてきであったのは間違いないだろう。


 だけど……


「今日が新たな勇者誕生の日です!グレイス様、あなたと共に戦えて私は幸せだ」


「リディア!」


 変わり者だと言われても、妬まれ、嫉妬されて意地悪されたとしても。


 これは、私が授かった力だ。


 その力を、私を信じて一緒に戦ってくれる人がいる。


 だから私は何にも誰にも負けはしない。


 “私の物語に英雄[ヒーロー]はいらない。”


 だって、私が英雄[ヒロイン]になるんだ。


 私はリディアの隣に立ち、聖剣を魔王へと向ける。


 リディアが口の端に笑みを浮かべているのがちらりと見えた。


 魔王が腰から魔剣を引き抜き私達に向けると、たくさんの魔物が私達に向かってくる。


 私とリディアも力いっぱいに地面を蹴り、魔王軍へと立ち向かった。

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