ブランディーヌの可愛い美少年
「さあ、支配人!このお店にある装飾品の内、緑の宝石を使ったものを全て持って来なさい!」
「はい、毎度ありがとうございます!ブランディーヌ様!!!お前達、今すぐにお持ちしろ!」
「はい、支配人!」
「ただいまお持ちします!」
「しばしお待ちを!」
ブランディーヌ・タイユフェル。公爵令嬢である彼女は、その有り余るお小遣い…というには多過ぎるだろうお金を、今日も一人の〝悪魔〟のために注ぎ込む。
「お嬢様、俺なんかのためにそんな…」
「あら、私の〝天使〟のためにお金を使って何が悪いの?」
「お嬢様…」
彼はフェリシアン。最近スラム街でブランディーヌが拾ってきた少年だ。
ブランディーヌには悪癖がある。美少年に目がない彼女は、気に入った身寄りのない少年を屋敷に連れ込み使用人にしてしまうのだ。まあ、少年達は衣食住を手に入れブランディーヌは美少年を愛でられるのでウィンウィンではある。多分。
「お嬢様、俺は天使ではない。悪魔扱いされていたただの悪人だし、お嬢様の護衛には相応しくない。その上装飾品だなんて…」
「あら、私の護衛には誰よりも相応しいわ!だってうちの子達の中で一番強いもの!それに、装飾品は必要よ?美しい貴方をさらに輝かせてくれるもの!」
そんなフェリシアンとブランディーヌの出会いは凄まじいものだった。フェリシアンはスラム街で〝悪魔〟と呼ばれていた。殺しに強盗、なんでも平然と行なっていたためである。その日も悪事を働き血塗れ状態だったフェリシアン。偶然にも慈善活動の一環としてスラム街での炊き出しを行なっていたブランディーヌは、そんな彼を見て言った。
『私の天使を見つけたわ!』
ブランディーヌは炊き出しを早々に済ませると、問答無用でフェリシアンを連れて帰った。主にお金で釣って。釣られたフェリシアンはすぐに後悔することになる。
『さあ、私の天使!お風呂に入って着飾って、美味しい食事を食べましょうね!』
お金を貰った以上嫌なことでもされない限りはブランディーヌにされるがままになったフェリシアン。嫌なことをされた瞬間速攻で殺して逃げる気だったが、ブランディーヌはただフェリシアンを甘やかしてばかり。ついにフェリシアンは折れた。
『…貴女は俺に何を望むんだ?』
『そばに居て愛でさせてくれることよ!』
仕方がないので、フェリシアンはブランディーヌの使用人になることを決めた。フェリシアンは特技などないし学もない。ただ、腕っ節の強さだけは信頼できる。そのためブランディーヌの護衛になった。
「お待たせしました!」
「ただいまお持ちしました!」
「これで緑の宝石の装飾品は全部です!」
フェリシアンの目の前に、彼の瞳の色と同じ緑の宝石の装飾品がずらりと並ぶ。フェリシアンは相変わらず困惑しっぱなしである。
「お嬢様、本当に何がしたいんだ…?」
「もう、貴方に似合う装飾品で貴方を着飾りたいのよ!わかってくれないの?」
「いや…ううん…」
「でも、安心して?貴方が気に入らないものは買わないわ」
「全部気に入ったらどうするんだ…?」
にっこり笑うブランディーヌ。
「もちろん全部買うわ!」
「お嬢様…いや、お嬢様なら確かに借金無しで一括で全部買えるだろうけど…」
「ええ、そうなの!だから安心して気に入ったものは全部言って?」
「全部気に入らなかったら?」
きょとんとするブランディーヌ。
「あら、気に入らなかった?なら別のお店に行きましょうか。ここにはもう二度とこないわ」
青ざめる支配人達がガクガク震えているのを見てフェリシアンは叫んだ。
「い、いや、あ、あれが気に入った!あとあれもこれもそれも!この店は良い所だな!」
「まあ!ふふ、そんなにフェリシアンが気に入ったならこのお店は特に贔屓にしましょうか。他に欲しいものはある?」
「あ、あれが欲しい。あとあれも…」
「ええ、ええ。どれもフェリシアンに良く似合うわ」
支配人達は顔色が良くなり、フェリシアンのおかげで首の皮が繋がった感謝からの涙を流し、何度もフェリシアンに頭を下げる。フェリシアンはブランディーヌにわからないように何度も深く頷いた。支配人達はフェリシアンへの感謝が本人に伝わってほっとした。
「これだけでいいの?他に気に入ったものはない?」
「なら…これを」
「まあ、素敵なアミュレット!緊急回避の魔術も掛かっているのね!…気に入ったわ!フェリシアン、これ、お揃いで買いましょう?」
「わかった」
ブランディーヌはフェリシアンとお揃いでアミュレットを買い、身につける。他にもフェリシアンが気に入ったと言ったものは全て買い、持ち帰る。荷物持ちももちろん美少年である。彼も普段からブランディーヌに可愛がられており、フェリシアンに嫉妬するでもなく笑顔で仕事をこなしている。
「良い買い物が出来たわ。また来るわね」
「ありがとうございます、ブランディーヌ様!!!フェリシアン様!!!!!」
「ふふ。さあ、フェリシアン。行くわよ」
「はい、お嬢様」
フェリシアンはブランディーヌのすぐ後ろを歩く。フェリシアンは、正直ブランディーヌがわからない。美少年が好きだと言うが、ショタコンには見えないし実際手を出された使用人は一人もいない。本当に、ただ可愛がられているだけだ。
だから、聞いてみた。
「お嬢様。美少年が好きなんだろう?」
「ええ」
「手は出さないのか?」
「ダメよ!そんなことしたらせっかくの美しさが汚れちゃうじゃない!」
「…うん?」
曰く、美少年とは美しさの概念らしい。美術品を愛でるのと同じ感覚で、ブランディーヌは彼らを愛しているとのこと。フェリシアンはとりあえず納得はした。ブランディーヌにとっての美少年への愛は、そういうものなのだと。だが、だからこそ益々わからない。どうして美しいもの、価値のあるものばかりに囲まれてきた彼女がそんな価値観を持つようになったのか。
…実は、それには悲しい事件が関わっていた。
ブランディーヌがまだ五歳の時。ある日、身代金を目当てにブランディーヌは誘拐されそうになっていた。ブランディーヌは必死に抵抗するが大人数人がかりで押さえつけられてはどうしようもない。袋に詰め込まれそうになったその時。
『お嬢様を離せ!』
庭師の孫。美少年で、ブランディーヌの幼馴染で、ブランディーヌが一番大切にした家族のような宝物。彼が無謀にも一人で犯人達に立ち向かった。
そして、ブランディーヌの目の前で殺された。
彼が命をかけて稼いでくれた時間と、あまりの光景に泣き叫んだブランディーヌの声。
結果として、ブランディーヌは助かった。一番の宝物の命と引き換えに。
それ以降、ブランディーヌは〝美少年〟を愛するようになる。それはトラウマに拠るものなのか、喪失感を埋めるためのものなのか。事情を知るものはブランディーヌの〝美少年好き〟に何も言えなかった。それは十八歳になり成人した今でも変わらない。
「お嬢様、お嬢様はこれで満足なのか?」
「ええ、もちろん!」
だから、ブランディーヌは今日も明日も美少年を可愛がる。その心の傷は、誰にも触れられることはなく。フェリシアンも、長くブランディーヌに仕える先輩達から理由だけは絶対聞くなと言われているので核心を突くことだけはしない。ただ、ブランディーヌに寄り添うだけだ。
「ずっとそばにいてね、フェリシアン」
「貴方が望む限り、ずっといる」
それでも、フェリシアンはブランディーヌのそばを選ぶ。なんだかんだで、この主人を気に入っているから。
そして、ブランディーヌはフェリシアンを特別に愛する。だって、フェリシアンはブランディーヌの〝宝物〟に瓜二つの〝天使〟なのだから。