婚約破棄イベントが壊れた!
学園の卒業パーティー。そこに真っ赤なドレスを着て、たった一人で現れる私、悪役令嬢のカリスタ。私がカリスタとして生まれ育って早十八年。前世の記憶を取り戻したのは幼少期の頃。
私は――この世界。……乙女ゲームなんだけど、この世界が好きだ。特にやり込んだ乙女ゲームでもあるし。
学園式の乙女ゲーム。剣と魔法のファンタジー。男女共に切磋琢磨して己の腕を磨き、友情から愛情へと姿を変えていく感情に振り回されながらも、ヒロインとヒーローが結ばれてのハッピーエンド! ……恋愛系そっちのけで技術系ばかり磨き、ノーマルエンドばかり行った過去もあるけれど、それはそれ!
私は本当にこの世界が好きだ。だからこそ、原作から大きく外れて欲しくなかった。だからこそ、ヒロインに対して原作通り……とはいかないけど、それなりに意地悪だってした! だからこそ、婚約者である王太子、エリオットは私を卒業パーティーでエスコートするはずがない。
そう思って意気揚々と一人でこの会場まで来たのだ。
今日で私はこの国から国外追放されて、平民になり、平和に暮らす! その夢がやっと叶うんだわ!
スタスタと会場内へ足を踏み入れると、ざわざわと会場が騒がしくなる。
そりゃあそうだ。王太子の婚約者である私が、学園の卒業パーティーに一人で来たのだから。
「あの噂は本当だったのかしら」
「殿下がカリスタ嬢をエスコートしていないなんて……」
ひそひそと話す人たちへ視線を向けると、さっと顔を扇で隠された。ま、そう言う反応になるわよね。さぁさぁ、今から婚約破棄をされる私をご覧なさいっ。
……って思っていたら、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「?」
振り返ると、走って来たのかちょっと息の乱れたエリオット殿下が呼吸を整えてから、
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
と、心底不思議そうな表情で言われた。……そんな不思議そうな顔されても。……って言うか、ヒロインはどこに……?
「え、あの、……ヒロイン……じゃなくて、マリー様はご一緒ではないのですか?」
「ああ。なぜかエスコートしてくれと頼まれたけど、わたしはカリスタの婚約者だから断ったんだ」
んんん?
おかしい、おかしい、絶対おかしい! この婚約破棄イベントはこんな感じじゃなかったハズだ! 一応恋愛ルートもコンプリしたから知ってるよ、私! そして私、原作を壊さないために動いていたハズなんだけど!?
「エリオット殿下……」
そんな私たちの元へ、このゲームのヒロインであるマリーが近付いて来た。顔面蒼白とはこのことか、と言えるくらいの白さだった。具合でも悪いんだろうか。
「ああ、マリー嬢。……卒業パーティー、楽しんで」
「わ、私の話を聞いて下さい……!」
そう言ってエリオット殿下に抱き着こうとしたのか、突進して来た。って言うか、このままだと私にぶつかる! 私が避けようとする前に、エリオット殿下が私を抱き寄せ、すっと横へ移動した。
「……どうして避けるんですか」
「婚約者でもない相手を抱きとめる理由はないだろう?」
……ちょっと待って、何であなたたちが火花を散らしているのですか!
ねぇ、私、当事者だよね? 当事者のハズだよね? さっぱり話が見えないんだけど!?
「あの、エリオット殿下、マリー様の話を聞いても……」
良いのでは、と口にしようとしたら、マリー様からめっちゃ睨まれた。怖いわ! ちょっとヒロインがそんな顔しないでよ! 私の中のマリーちゃんは天真爛漫な天使なんだから!
「――聞いて下さい! エリオット殿下! エリオット殿下はカリスタ様に騙されているんです!」
そんなセリフ原作にないよ!? 何回ノーマルエンドを繰り返したと思っているんだ。おかげで技術系のスキルもコンプリしたわ! そしてそれを活かして学年二位の成績にまでなったんだから! ちなみに学年首席は毎年エリオット殿下だった。一度も勝てたことがない。ちょっと悔しい。だってあれだけやり込んでいたのに!
「カリスタがわたしを騙す? なんのために?」
全くだ。いや、いや、彼女の話もちゃんと聞いてあげてください、エリオット殿下……。悪役令嬢として、やれることはやったハズだよね、私。流石に命の危険がある行いはしていないけど……。
「それは……そうっ! 私を嫌っているから!」
「カリスタはマリー嬢が嫌いなのか?」
そこで私に振らないでもらえませんか、殿下。私はあ~ともう~とも言えない言葉を頭の中で繰り返して、ばっと扇で口元を隠した。
「好きも嫌いもありませんわ。マリー様、私があなたに忠告して差し上げたのに、まだ理解されていないようですわね」
ああ、口から悪役令嬢っぽい口調で言葉が出て来る! イメトレしておいたおかげね! さて、これどっちがどっちをいじめているように見えるのかしら。困った、真面目に困った。って言うかこの態勢おかしくない? なんで悪役令嬢の私がエリオット殿下に抱きしめられているわけ? なんで殿下VSヒロインになっているわけ? ダメだ、何も考えられない……!
「忠告?」
「そ、そうですわ! 私、カリスタ様から怖い顔で『あまり男性に近付かないほうがよろしいですわよ』と言われていたんです! おかしいですよね? 男性とも仲良くしたほうが学園生活は楽しいですもの!」
「……それは君が、婚約者の居る男性にばかり近付いたから、カリスタがその婚約者たちの代表として君に忠告したんじゃないか。調べはついているよ」
調べられていた、だと……!? 会場の人たちは、私たちにすっごく注目している。……やめてぇ。こっち見ないでぇっ! こんなイベントじゃないんだよー!
『カリスタ。君のことはとても良い婚約者だと信じていたのに、君はわたしを裏切ったんだね。マリーに危害を加えようとしたり、周囲の生徒と一緒になっていじめるとは……君を信じていたわたしがバカだった』
『そんな……! 殿下、違います! わたくしはただ……!』
『黙れ! 何も聞きたくない。カリスタ、君との婚約を破棄する! ……怖かったろう、マリー。もう君は、何も恐れることはないんだ』
『エリオット殿下……ありがとうございます……!』
こんな感じのイベントなんだよ、本来は!
おかしい、絶対おかしい。そりゃあ原作のカリスタはマリーに危害を加えようとしたわよ? 階段から突き落とそうとしたり、ぶん殴ろうとしたり、まぁほぼ未遂で終わってるんだけどね! カリスタの良いところは、周りの人たちが手を貸します! と言っても断って全部自分の力でやろうとするとこだ。
でもねでもね、そりゃあ自分でやろうとするから周りからバレバレになってね、卒業パーティーで婚約破棄を宣言されるんだけどね? ……そうなるように、私も頑張って来たつもりなんだけど――!?
流石に原作のように階段から落そうとしたり、ぶん殴ろうとはしなかったよ? 命の危険があるのはアウトだと思うし。なので、チクチクと嫌味……って言うか、正論を口にする機会はなぜか多かったから……まぁ、マリー様の目には私がマリー様を嫌っているように見えるでしょう。
「それに君は、あろうことかわたしを誘惑しようとした」
……え?
「だって、あんなに見つめられたら、どんな女性だってころっと行きますわ!」
「ころっと行かない女性がここに居るのだが?」
じーっと見つめられて、私は首を傾げる。
「それに見つめていたわけじゃない、睨んでいたんだ」
……待って、なぜエリオット殿下がマリー様を睨むのよ? もうわけがわからないよ……!
「……あの、すみません。まずはひとつ、確認したいことがあるのですが……?」
「なんだい、カリスタ?」
うわぁ、超イケボ。なんだその砂糖にはちみつ掛けたようなあまぁいボイスは! ゲームでもそんな声してなかったよ!? そんな声を直接聞いてみなさい、破壊力抜群だから!
っと、そうじゃない、そうじゃなかった。
「お二人は付き合われていたのでは……?」
「冗談でもやめてくれ」
「秒でそんな返事酷すぎませんか、エリオット殿下!」
食い気味で否定された。ええ、じゃああの噂はなんだったの? エリオット殿下とマリー様が逢瀬を繰り返していたっていう噂はなんだったの? 私、あの噂を聞いて、「お、マリーちゃん王太子ルートか、よっしゃ頑張って婚約破棄まで持っていくぜ!」って頑張ったのよ?
「なぜそんなことを?」
「エリオット殿下とマリー様が逢瀬を繰り返しているって噂が……」
火のないところに煙は立たないって言うし、私はマリー様が王太子ルートに入ったと思ったから、私に出来る範囲で悪役令嬢やっていたのに! 王太子ルートじゃないとしたら、誰ルートだったんだ……?
「……はぁ。直接聞いてくれたら良かったのに。そうしたら光の速さで否定出来たのに……。すまない、君の耳にまで届いているとは思わなかったんだ」
「え? は、はぁ……」
まぁ、噂に関して私はエリオット殿下に問い詰めることもしなかったしね。ルート確認のようなものだし。……えーっと……じゃあこの状況どうすれば良いのかな。パーティー会場のみんな、めっちゃこっち見てるし、聞き耳立ててるし。パーティー会場だよ、もう少し賑わってよ!
「マリー嬢から、相談されてね。カリスタに意地悪をされている、と。だが、わたしの知っているカリスタは、理由なくそんなことをする人ではない。だからこそ、マリー嬢がどんなことをしてカリスタに意地悪をされていると感じるのかを調べる必要があった」
そんな理由で調べていたんだ……。エリオット殿下の私に対する評価がえらく高いことに驚きつつも、私は言葉の続きを促すように彼を見つめた。すると、エリオット殿下は顔を赤らめて視線を逸らしてしまった。なぜそこで赤くなる……?
「すると、面白いことに生徒たちから色々な証言が出てきてね」
「証言?」
「マリー嬢のテーブルマナーを諫めた、ダンスの指導をした、婚約者の居る相手に近付かないように忠告した……他にもあるけど、聞く?」
思わず首を横に振る。だってこの学園、淑女を育てる場所でもあるのだから……。あれ、待って、もしかして……周りから見る私は悪役令嬢ではなくて、ただのマナーに厳しい人……!? い、いやいや、そんなはずない。だって私が注意した時マリー様涙目だったもの! そうよ、私はきちんと悪役令嬢やっていたハズ!
「そ、そうですわ! カリスタ様はいつも、マリー様に淑女としての振る舞いを教えていました!」
おおっと、誰かが参戦して来たぞ!
「そうです! それに、カリスタ様はわたくしがペンケースを落してしまった時に一緒に拾ってくださいましたわ! マリー様は無視して行きましたのに! と言うか、マリー様がぶつかって来たのに!」
それはマリー様が悪いわぁ。
「ああ、確かに婚約者が居るのにやたらとべたべたしてきて、ちょっと鬱陶しかったのを、カリスタ嬢が助けてくれた!」
……そんなことあったっけ?
……って言うか待って、何でそんなに私が持ち上げられているの!?
「ほら、君がしてきたことを、ここの生徒たちはちゃんと理解しているんだよ」
「え、と……は、はぁ……。こ、こほんっ。マリー様、これでわかったでしょう? あなたの行いは、この学園の生徒として相応しくありませんでした。己の行動をもう一度よく考え、反省し、淑女として恥じることのない行いをなさいませ」
……これ公開処刑されているのマリー様じゃない? おかしい、私は華麗に婚約破棄される予定だったのに。
……はっ! ちょっと待って、このまま行けば私が王妃エンドになってしまう! 待って、夢の平民生活は――!?
「ああ、やはりカリスタは美しいな。容姿だけではなく、その心すらも。一緒にこの国を盛り上げていこう、カリスタ。わたしたちなら、それが可能だろう」
ちゅ、っと唇に柔らかいものが触れる、感触が……。一気に顔を真っ赤にさせると、エリオット殿下が「やっとわたしのすることで赤くなってくれた」と嬉しそうに破顔した。
そして盛り上がる会場。待って、ねぇ待って、これ一体なにエンドなの――!?
「ひ、ひと、人前で口付けなんて……!」
「もう一度して欲しい?」
光の速さで首を振った。って言うかこれファーストキスー! パーティー会場はもう、私とエリオット殿下を祝福する場になっていた……。マリー様へ視線を向けると、滅茶苦茶白けた顔をされた……。見たくなかった、見たくなかったよマリーちゃんのその顔は……!
「あーもう、ほんっとうにばっからしい。やんなるわー……」
……そう言って彼女はパーティー会場から姿を消した……。結局、私は婚約破棄されることもなく、卒業パーティーは予定通りに行われ、エリオット殿下と一緒にダンスを踊ったりしていた……。
それから、私は自分でもおかしいと思うくらい、エリオット殿下を意識するようになってしまった。卒業してから接点が減るだろうと思ったら、毎回パーティーに呼び出され、一緒に食事をしようと誘われ、むしろ接点が増えてしまった気がする……。
……このままだと私、本当に王妃になってしまうんだけど……!?
それも満更ではないと思い始めている、自分が怖い……!
ここまで読んでくださってありがとうございます!
少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪