〜第五章〜籠の中の赤い鳥
最終内容変更2022年5月22日(一部描写の追加・改行の変更)
第六章 籠の中の赤い鳥
実行日まで、僕と高塚は計画通りに準備を進めた。その間、高塚とはあまり接触をせずに、自宅の中に引きこもるようになった。外にでる時は地下の機械仕掛けを調節したり、作業員に指示を出す時だけだ。人体の解体書の表紙をじっと見つめた。高塚よりも僕の方が手先は器用であるため、解体を行うのは僕の役目になっていた。島の公開日まで二週間。あまり時間は残されていなかった。
息抜きにコーヒー豆を挽いていると、ドアをノックする音が聞こえ、僕は玄関まで行くとドアをゆっくりと開けた。志崎がバスケットを持って立っている。僕が家に引きこもっているのを心配して、しばらくの間は志崎が僕の食事を用意してくれていた。
「ご飯、一緒に食べよう」
僕は志崎の言葉に頷いて、持ってきてくれているバスケットを代わりに持った。バスケットの重さと匂いから、中にはカレーが入っていると察した。
「今日はカレー作ってみたんだけど、ナンっていうパンも初めて焼いてみたんだ」
「いいね。いつもありがとう」
志崎とキッチンに入ると、僕はバスケットからカレーの入った小鍋を取り出し、白いお皿を食器棚から取り出した。
「花の作業は進んでる?」
テーブルの上にお皿を静かに置いた。
「うん、もうすぐ終わりそうだよ。今は忙しいだろうから、島の公開日にでもゆっくりみてよ」
以前キッチンに飾ってくれたパキラを、じっと見つめながらそう言った。そして食卓の椅子へと腰をかけると、僕の代わりにコーヒー豆を挽き始めた。
「地下の方は順調なの?」
「うん、そっちはかなり順調だよ。ただ島公開日には間に合わないかな」
「それはそれで、リピーターが増えていいんじゃないかな」
僕がお皿に盛ったカレーを受け取ると、テーブルの上にそれを置く。
「確かにそうだね。楽しんでくれるといいな」
「絶対に楽しいよ。創の頭の中は、みんなを幸せにできるものが詰まっているんだから」
僕は志崎の目をじっと見つめた。こうして見つめるのは初めてだったかも知れない。緑色の綺麗な目だ。光がさすと青みがかった薄緑色が艶々とし、まるで透き通った海のようだった。
「明、本当にありがとう」
「お礼を言うのは私の方なんだけどね」
志崎は子どものように笑っていた。
それから「本土は、何もかも整っていて綺麗だよ。花も等間隔で並んでいて、何もかもがあるべきところにある。安定した収入。決められた家。何もかもが安心して暮らせる」と話し始めた。表情をじっと見ていると、志崎は何かを堪えるように、軽く下唇を噛んでいた。
「でもね、時には恐れも、不安も、人には必要だと思うんだ。枠にはめられたものも美しいけど、はみ出しているから自由で素敵なものも沢山あると思うんだ。どんな花の組み合わせにも正解はない。お茶も美味しければいいんだ。それでも世界は決めつけたがる。料理の食べ方も、自分に似合う色すらも。音楽もそうだ。このリズム、このタイミング。なんでも決まっている。決まっているのはつまらない。だって予想がついてしまうから。おしゃれに外すことすら、予想ができてしまう。言葉もそうだ。相手にちゃんと伝わらないのに、なんだかかっこいい言葉ばかりを並べていたりね。本当は子どもの言葉や絵みたいにめちゃくちゃでいいんじゃないかな。そんな色使うの? そんな線描くの? そんな色使っちゃうの? って、自由でいいと思うんだ。それが心を躍らせる。創にはその躍らせる力がある。私もそれを改めて気付かせてもらえた人の一人なんだ」と言った。
「明のセンスも同じだよ。僕は明が作る花の配色が好きだし、ワクワクする」
そういうと、志崎は驚いた顔をして、ふふっと笑い声を漏らした。
「じゃあ、似たもの同士なのかもね」
志崎はフィルターに入ったコーヒーの粉に、お湯をゆっくりと注いだ。
「逆に、明はどうして花屋しかやらないの」
「花屋だけじゃないんだよ、本当はね」
そう言って、微笑んだ。抽出されたコーヒーがポタポタと音を立てて落ちている。
「どういうこと?」
「歌をうたってるんだ。こっそりと動画配信してる」
と言って、僕にコーヒーを差し出した。
「え、今度聞かせてよ」
「創に聞かれるのは少し恥ずかしいな。笑わないでよ?」
志崎はそういうと、ICチップの部分を擦り、手からモニターを出すと僕の家にあるスピーカーに無線接続し、音楽を再生した。流れ出した歌声は、とても綺麗で、どこか少年っぽさもあり儚げだった。
「すごい綺麗な声」と僕が言うと、志崎は照れながらありがとうと微笑んだ。
「よかったら、マリーの歌声に使わせて欲しいんだけど」
「マリーってあのからくり人形の女の人?」
「そう、この声で歌わせたら彼女がもっと素敵になるような気がするんだ」
「私の歌なんかで良ければ」
志崎は自信がないのか、どことなく腑に落ちていない様子だったが、僕は確信していた。志崎の声はあの運命の人を待つマリーのイメージにぴったりだった。
僕たちは他愛のない会話をしながらカレーを食べていた。煮崩れした大きなじゃがいもがホクホクとしていて美味しい。志崎は本当に不思議な人だ。僕と同じ歳とは思えない落ち着きのある話し方をするのに、まるでふわふわと子どものような雰囲気を持っている。
「あ、そうだ。一つだけ創に頼みたいことがあるんだけど」
そう言うと、空になったお皿の上にスプーンを置いた。お皿とスプーンが重なり、キーンと静かに音が鳴る。
「どうしたの」
「あ、でも創の体が心配だから、色々と落ち着いてから話すよ。きっと君も気にいるような話だから楽しみにしていてね」
口の端についたカレーを紙ナプキンで拭う志崎を見つめながら、僕は首を傾げた。
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