〜第三章〜エリカとアスチルベ(5)
※内容修正2022年5月22日(一部描写・誤字の修正、改行等)
花屋の名前は志崎 明というらしい。志崎が島へとやってくる日、僕は高塚が来た日と同じようにソワソワと心に不安を抱えていた。十一時到着予定の船に気を取られないように、高塚の畑へと向かった。
高塚は薪割りをしていたが、その腰はとても重そうだった。薪割りを手伝いたいと言うと、高塚は新しい斧を僕に渡した。薪割りは疲れるが、いい運動になる。おもちゃを作るときも木を切ったりするが、しっかりと設計図を書いて、それに沿って木を切っているため、はみ出さないようにと神経を使う。けれど薪割りは大体の真ん中を狙って斧を振り下ろすので、ただ爽快な気分で向き合うことが出来た。割れた時に舞う木屑から香る木の独特な匂いも心地がいい。
「どうしたんだ。落ち着きないな」
高塚は額から流れる汗をタオルで拭うと、不思議そうな面持ちで、僕に問いかけた。
「花屋さん、志崎さんという名前だそうです。その方の年齢が全くわからないので、同年代だとちょっと苦手だなって。原沢さんから聞いておけば良かったですね」
僕の同世代のイメージは、僕をいじめてくる対象でしかなかった。傍にいれば嫌われる。発言すれば避けられる。だからこそ、志崎は同世代ではないことを祈っていた。
「まぁ、大丈夫だ。俺もいるしな」
高塚の言葉にハッとした僕は、彼の顔を見てゆっくり頷いた。
いつの間にか僕は全く孤独を感じなくなっていた。元々一人で過ごすのは好きだけれど、ふとした瞬間感じていた孤独はどこにもない。人形でも埋められなかったわずかな孤独。それすらも埋まっている。きっと高塚の存在があるからだと思った。僕が彼に出会えたのは、とても幸運なことに違いない。そう思うと自然と心が温かくなった。
どこかの木に止まっていた小鳥たちが羽ばたくと、汽笛が鳴っているのを耳にした。
船が島に近づいているのだろう。
「行くぞ」
高塚はそう言うと、斧を家の外壁に立てかけた。僕の不安な気持ちを汲み取って、一緒について行こうと思ったのかも知れない。僕と高塚は志崎を出迎えるため、海岸まで向かった。ゆっくりと二人で歩いて向かったため、既に船は船着場に到着していた。海辺の風は強く、僕たちの髪の毛を弄んでいる。
「入谷さん、高塚さん、お連れしましたよ」
原沢が船から出てきた。相変わらず昔話に登場する狐のように目を細めて笑顔を見せている。
原沢の後ろには人影があった。あの人が志崎なのだろう。藍色の服の襟についたフードを頭に被っており、そこから覗く白い肌が印象的だった。華奢だが細すぎずしっかりとした骨格で、中性的な雰囲気を感じる。志崎は緑の大きな目で僕を捉えた。
「初めまして。志崎 明と申します。短い間ではありますが、宜しくお願いします」
雰囲気からして無口でクールな人なのだろうと思っていたが、それとは裏腹に、とても柔らかい笑顔で僕と高塚に挨拶をしてきた。声も中性的でどこか少年のようなあどけなさを感じる。
「入谷 創と言います。宜しくお願いします」
僕は志崎の目を見ず、鼻の先あたりを見つめて声をかけた。
「高塚だ」
各々が挨拶を済ませると、志崎は僕に細い腕をぬっと出してきた。僕は驚いて体を硬らせる。
「いやですか」
志崎は僕の顔色を窺いながら、優しく微笑んでいる。僕は急いで自分の手を差し出した。志崎からはほんのりとハーブのような、花のような、心地のいい匂いが香った。
「すみません。若い人には慣れてなくて」
そう言ったあと、やってしまったと感じた。相手に直接的に若い人が苦手と伝えたら、嫌な気持ちにさせるかもしれない。急激に押し寄せる後悔に、僕は心臓を怯えさせた。
「あぁ、それならよかったです」
穏やかな口調だった。志崎の反応に僕は拍子抜けし、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。そして、そっと僕の手を握った。志崎は高塚とも握手をした。お互いさらりと握手を交わしている姿が羨ましく思えた。
高塚は原沢の船で買い物を済ませると言ったため、僕だけが志崎に島の案内をすることになり、僕たちは砂浜から森へと向かった。志崎は森の入り口にあるアーチを潜ると、ブーツの上に被っていた海岸の砂を手で払った。そしてゆっくりと顔を上げ、目をキラキラと輝かせるように見開いた。
「すごい! 何これ、すごいですね。かわいい!」
その表情は子どもっぽく、志崎は赤いキノコの飛び石を踏むと、軽快な足取りで次のキノコへと飛んでいた。
「これ、全部入谷さんが作ったんですか」
「そうです」
「はー、こんな素敵な物作れるなんて」
黄色い声を上げてはしゃいでいる志崎を後ろから眺めていると、子どもが喜んでいるような姿に見えた。いつかこの島が完成したら、貴族よりも子どもたちに見てもらいたい。そんな感情が滲み始めた。
「特にこのエリアはお花をふんだんに使って欲しいんです。イメージは資料で送ったと思うんですけど」
「ちゃんと確認しました。原沢さんの船に肥料も土もたくさん積んできたので、後で運んで置いてくれるそうです」
志崎は振り返り、僕の顔を見た。
「ありがとうございます」
先ほどまでの志崎とは打って変わり、その表情は真剣そのものだ。仕事に対してとても誠実な人なのだろう。
「こんな大きい仕事初めてなんですよ。楽しみです」
真剣な表情をしたと思ったら、今度はまた口元が緩んでいる。面白い人だ。
「あ、入谷さん。例の丘まで案内してもらえますか」
「はい。志崎さんのテントもその近くに用意したので、案内させていただきます」
僕も仕事のスイッチが入っていればスムーズに話ができた。志崎とは一定の距離を保っていきたいし、本人も仕事に一生懸命取り組むような性格だと感じた。きっとプライベートでの衝突は少ないだろう。
からくり人形の街や、高塚が住むアジアのエリアは後回しにし、僕は志崎と一緒に花畑を予定としている丘へと向かった。その間も志崎はキョロキョロと黒目を動かし、時々にっこりと子どものような微笑みを浮かべている。
「思ったよりすごい広い丘なんですね。全部花で埋めちゃっていいんですか」
「はい、思う存分お願いします」
だだっ広い丘には、一面の緑が広がっていた。風が運ぶ葉の匂いが僕と鼻をくすぐる。志崎は顎に手を添えて、少し考え事をしているように見えた。何か不具合でもあるのかと僕が怪訝な顔をすると、「入谷さん、私それだけじゃ嫌だななんて」
志崎は、そう言って僕の顔を見ると笑った。
「え、どういうことでしょうか」
「私が色とりどりの花畑を作るのは嬉しいし、きっと見てくれる人はみんな喜ぶと思うんです。でも、この島、面白いじゃないですか。まるで玩具箱ひっくり返したみたいで。だから入谷さんのアイディアとか、何かが欲しいんです。私じゃ思い浮かばないけど。何かの要素入れてもらえませんか」
志崎の言葉に僕は目を泳がせた。
「あ、無理を言っていたらごめんなさい。でも、できると思うんですよ。入谷さんなら」
そう言って志崎は目を閉じて、丘の風を感じているようだった。
「分かりました。考えておきます」
内心、面白そうじゃないかと思った。僕にはない発想だったからだ。
花畑に囲まれたいばかりに気を取られていて、僕がこの島を所有する意味を理解していなかった。この島は僕のキャンバスなんだ。
丘の上には雲一つない広い晴天が広がっている。サラサラと草花の揺れる音が空に昇るようだった。
「この島、たまに緑色の空が見えるんですよ。ピンクも混じっていて、綺麗なんです」
僕が空を見上げながら静かに言うと、志崎は目を開けて空を見上げた。
「へぇ、さぞ美しいんだろうな。私が滞在している間に見れるといいな」と、そっと呟いた。
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