2.炎の巫女、ザ・フェニックスの羽ばたき! 後編
だが、まるで慌てていない様子で、謎の少女はつぶやいた。
「逃げろー、バックスピン」
撤退の支持により、鉄アレイ妖怪の後輪が急激に逆回転。
勢いよく後退する。
「――陽光波』っ!!」
そして、白兎の巫女の攻撃は当たらなかった。
全身に気を溜め、全方向に向けて『陽』の気を一気に放つ浄化技。
それが神威陽光波だ。気を溜める際に、数秒の「溜め」を必要とする。
しかも全方向に光が放たれるのだが、その分だけ射程距離が短かった。
昨日は接近していた上に相手が膝をついていたが、今回は違う。
敵とは距離がある上に、ビル妖怪とは比べ物にならない速度と小回りがあった。
鉄アレイ妖怪の車輪の如く回転する鉄アレイ。
これにより、車の様に動き回ることができる。
よって気をチャージする数秒間に、攻撃範囲から抜け出すのは簡単だった。
「行け」
ギュリラギュリラ、ギギギギギィィィィィィと、不快な音を立てる鉄アレイ。
うなり、高速回転する鉄アレイ。
これにより、鉄のかたまりが再び攻撃を仕掛けてくる。
電柱より太い腕に鉄球をとりつけた、重量級の腕が振り回された。
「くっ、こんのぉ!」
再び『神威陽光波』を使おうと『陽』の気を溜める。
しかし、敵の攻撃がエネルギーの方が速い。
慌てて飛び上がる。
「ジャンプ!」
また、飛び過ぎた。
鉄アレイ妖怪よりも高く跳躍してしまう。
攻撃は避けられた。しかし外れた攻撃は、轟音を立てて地面にめり込んだ。
(失敗した!? いやけど、だったら落下先を……!)
重量によって落ちていく白兎の巫女。
彼女は鉄球を地面にめり込ませた、鉄アレイ妖怪の背後を狙う。
謎の少女が座る、工の字で言うところの真ん中の線。背中の部分。
(あそこに着地すれば確実に当てられる!)
密着状態で使用すれば、全方位への攻撃である神威陽光波は避けられない。
そう考えて落下していた時だった。
グルン
「え?」
背後へ潜り込んだはずなのに、鉄アレイ妖怪の一ツ目と目が合った。
鉄アレイが組み合わさった関節部分は、平気で360度回転するからだ。
妖怪は巨大鉄アレイが『お札』によってくっついているだけ。
つまり、可動域が広すぎた。
だから、胴体部分が予想に反して一周。
重さに加えて遠心力もかかった、電柱よりも太い鉄の腕。
振り回された一撃が、空中にいて避けられない白兎の巫女を直撃する。
鈍い音がして、矢のように少女が飛んでいった。
「……が、ァアっ」
地面に叩きつけられなかったのは幸運だっただろう。
偶々進行方向にあった、校庭の野球のネットに引っかかった。
それ以上、飛んでいくことはない。
学校の敷地外に飛び出て、想定外の被害をもたらすこともない。
しかし、少女が突っ込んだ事でネットを繋ぐ金具が壊れた。
ネット自体もいくらか千切れたことで、野球ネットはたるんでしまう。
衝突の衝撃は分散したが、たるみの分だけネットは彼女の体に絡まっていった。
「うぅ……野球ネットに絡まった、早く脱出しないと……」
手足に絡まる体を包むネット。
引き千切ろうと体を動かすも、たるんでいる所為で手ごたえを感じない。
たとえ怪力を有していようと、体格は少女のままだからだ。
慌てて体を動かしても、更に絡まっていくだけ。
網がぐるぐる巻きになっていく。
「トドメだー」
ギュリギャ!ギュリギャ!ギュリギャ!
ギュリギャギャギャギャギャ!!!
先ほどより、鉄アレイの車輪の回転数が増している。
その上、360度回転する体で腕を高速で振り回している。
間違いなく、最大の威力の攻撃が来る。
「くっ……!」
(ヤバイ!このままじゃ避けられない!!)
つまりは、最大のピンチだった。
☆☆☆☆☆
白兎の巫女が、校舎から飛び出た直後のこと。
「何が、起きているの?」
ほたるは目の前の光景が信じられなかった。
壁が破壊され、踊り場からは見えないはずの校庭が見える。
そこでは鉄アレイの怪物と、巫女装束の女の子が戦っていた。
そして、廊下ではおにぎりが目を回していた。
「顔、ついてる」
「う~ん」
「喋ってる……何このおにぎり」
「おむすびだ!」
ほたるの『おにぎり』という言葉に反応して、御ムスビ様が飛び起きる。
力は使えないが、実体化ができるまでに回復したので、出現したのだ。
それがちょうど、変身直後のきずなの肩に乗る形でだった。
そのため、壁を突き破ったジャンプの際に振り落とされたのだ。
「ぼくは『縁結び』の神様なんだから、おにぎりじゃなくておむすび!
そこんとこ間違えないでね!!」
「……はい、わかりました」
少女はあっけにとられ、そう返答するしかない。
「――神威陽光波ーッ!」
「ひゃあぁ!?」
すると、白兎の巫女から放たれた光が校庭から届いた。
御ムスビ様に気を取られていたほたるは、慌ててそちらを見る。
そこでは、少女と怪物の戦いが本格化していた。
光の攻撃から逃れた怪物が襲いかかる。少女はジャンプで回避する。
そして、背後へ回り込んだ少女を怪物がその豪腕で弾き飛ばした。
「――!!」
上白きずなを追いかけた時、彼女からぼそぼそと呪文が聞こえた。
戦っている少女の衣装は、巫女服の要素を持っている。
顔も何処と無く見覚えがある、ような気がする。
信じられない。けど、この直感が正しければ――
(戦っているのは、上白さん!?)
声が出なかった。
ふっとばされ、野球のネットに絡まり、動けない少女。
それに向かって動く、鉄アレイの怪物。――助けなきゃと、とっさに思った。
「上白さぁぁん!!!」
その時だった。
少女の声に反応して、赤い『神様勾玉』が出現。
具が御ムスビ様の腹から飛び出すかのように、少女の元へと飛んで行く。
ほたるは咄嗟に、輝く勾玉を掴んだ。
「君に『火』の勾玉が反応した!」
「どっ、どうすればいいんですか!?」
「勾玉を握り締めたまま、自分にとっての強さをイメージするんだ!
強い自分を思い描けば、自然と魂が言葉にこもる!
それが『卍句』という呪文となって、君の強さを形にする!」
「自分の、強さ。自分にとっての、強さの形」
変身した上白きずなはネットに絡まれたまま。
トドメを刺そうと鉄アレイの怪物が襲いかかっている。
時間は、ない。
「――『変身、命の不死鳥』!」
死の否定、命の肯定。つまりは、助けたいという強い思い。
その一心で握り締めた勾玉からは、炎があふれ少女の身体を包み込んだ。
同時にほたるは階段から飛び降りる。走っていては、間に合わない。
だから、彼女は翼を望んだ。飛んで行けば、間に合うかも。
その思いに反応したかのように、変身が一瞬で終了する。
茶色みの強い髪は赤く染まり、三編みは猛々しく鶏冠のように逆立った。
炎は手足を覆い、少女の学生服を豪華なドレスへ変える。
それは、ハイヒールを履いた大胆な衣装だった。
中学生の女の子が着るには、少々ではない勇気がいる服装。
そんな派手な姿こそが、不知火ほたるにとっての強さの象徴だった。
大胆な姿は少女なりの覚悟と理想。彼女にとって、勇気こそが強さ。
そしてその背中からは、炎の翼が広げられている。
羽ばたくたびに火の粉を散らしながら、最短、かつ最速。
飛行機雲のような炎の軌跡を残し、クラスメイトの元へ向かう。
その直後、鉄アレイの腕が野球ネットごと校庭を叩き割った。
しかし、遅い。
鉄腕が白兎の巫女を潰すより、不死鳥の巫女が救出する方が速かった。
「オォン?」
「……何者」
唐突に現れた新参者に、その言葉で尋ねられる。
「――『燃え盛る、命の炎』。『火』の巫女、ザ・フェニックス!!」
翼と火。その二つから連想した幻獣の名を、不知火ほたるは自らの名として宣言した。
「え? 不知火さん……?」
「そうです、上白さ……いいえ、きずなちゃん。助けに来たよ!」
白兎の巫女を抱き抱えたザ・フェニックス。
彼女は翼をはためかせ地上の鉄アレイ妖怪と距離を取る。
「あ、ありがとう、助かった!
けど、このままのんびりしてたら敵の攻撃が……」
「それはたぶん大丈夫。そうならない能力を欲しいと思ったから」
「どういう意味?」
抱きかかえられたまま、白兎の巫女は首を傾げた。
しかし事実、不死鳥の巫女の言う通り鉄アレイ妖怪は攻撃を仕掛けてこない。
届かないからだ。
「あの妖怪に翼はない。重いから飛び上がることも難しい。
だから腕が届かない高さでいれば、攻撃はくらわない」
「あぁ、そっか!」
鉄アレイ妖怪は車輪のように体を回転させることで機動力を補っている。
その重さから飛び上がることは出来ない。
つまり高度を保って距離を置いておけば、立て直せる。
そう考えたから、ほたるは翼の能力を求めたのだ。
上白きずなを助ける。その上で、続くあとの戦闘を優位にする。
はっきりした目的を設置し、敵の特徴と弱点を見極めること。
その上で、自分なりの最適解を導き出す力。
今の自分に必要なものを、言語化する能力。
彼女はその力に長けていた。
そんな少女が『神様勾玉』に願った力は2つ。
1つは飛行能力。もう1つが――。
「あーあ、逃げられちゃった。届かないし、どーするかなぁ」
謎の少女がまるで他人事のように、無感情にぼやいた。
だからこそ、彼女は唐突に現れた2人目でなく壊した校舎の方を向いた。
「オソレを集めるのを優先しちゃうか」
「オソレヨ!」
少女の指示に、鉄アレイ妖怪が校舎目掛けて動き出す。
「やばい、他の人を狙い出した!追いかけなきゃ!」
「私を降ろして。いや、落として、ザ・フェニックス!
着地は自分で何とかするから、あいつの妨害を!
まだ校舎には人がいるかもしれない!」
「いや、そんな落とすなんて。……ちょっと待って、いい作戦を思いついた」
砂埃を巻き上げ、回転音が響き渡る。
ぐるぐるギャリギャリ回転する、鉄アレイ妖怪の車輪部分。
速さが増すほどに、鉄の体当たりの威力も増す。
校舎に与える被害は、この攻撃が今までで最大だだろう。
「んー、やっぱり追ってきたねー」
そんなことはさせないと、不死鳥の巫女が炎の翼で追いかける。
白兎の巫女は地面に降ろしたのだろう。
それは全身から炎が吹き出した、まるでロケット噴射のような加速だ。
鉄アレイ妖怪の最大速度よりも、『火』の巫女の方が速い。
このままでは追い付かれる。
だから迎え撃つ。
追い付かれる直前、背後に近づいた瞬間の急停止。
白兎の巫女をネットに弾き飛ばしたように、体を360度回す。
それは遠心力をもたせた裏拳の一撃。
鉄アレイの振り抜く拳。
これが直撃したことより、不死鳥の巫女が砕け散った。
炎となって。
「……どゆこと?」
そのまま炎はロープ状になり、鉄アレイ妖怪を縛り上げる。
空中に残っていた炎の軌跡すらも、ロープとなってまとわりついていく。
そして、曲線状の炎の軌跡が全てロープとなりピンと張った時。
爆炎の中から、隠れていた不死鳥の巫女の本体が現れた。
「ああ、なるほど。炎で出来た偽物か」
不知火ほたるが欲した、火の巫女のもう一つの能力。
それこそが炎の自在操作。想像の翼を広げ、炎を好きな形にする力だ。
こうして操作する炎は、物質的に干渉することまでできる。
「力尽くで振りほどけ」
「オォン……オォン!?」
少女の指示に従い鉄アレイ妖怪は力を込める。
だが、その瞬間に炎をすり抜けてしまう。
普通の炎に切り替えることも可能だからだ。
この二つを使い分けることで、もがけばもがくほど炎の縄が絡まっていく。
そして、不死鳥の巫女はその背中にジェットエンジンを模した炎を作り出した。
その全身に炎の縄が巻かれ、鉄アレイ妖怪と自身を強く結びつけている。
ピンと張られた炎の縄。妖怪と巫女の二点を結ぶ直線上。
そこに『陽』の光を溜め込んだ白兎の巫女が立っていた。
浄化技はいつでも発動可能。
「なーんか、いやーな予感がするなー」
謎の少女の予感は的中した。
鉄アレイ妖怪に背を向けて、不死鳥の巫女が数を数え始めたのだから。
「カウントダウン! スリー!ツー!ワン! マキシマム!! Go!!!
ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
(このまま浄化技の範囲まで引っ張ってく!!)
ジェットエンジン型の炎から、それ以上の爆炎が開放。
鉄アレイ妖怪の巨体が引っ張られていく。
いつでも『神威陽光波』を放てる白兎の巫女へ。
車輪の鉄アレイを回転させようにも、炎の縄が絡みつき思うように動かせない。
そのまま地面に踏ん張りの跡を残しながら、白兎の巫女の元へ。
「オォォォォォォォォォン!!!」
踏ん張りがきかない状況に、鉄アレイ妖怪の雄叫びから焦りが感じ取れた。
「逆回転だよ。敢えて突っ込め」
対照的に、まるで焦らない謎の少女が冷静に指示を出す。
踏ん張れないのなら全力で突撃しろ、と。
「オォォォォン!!」
「うわあぁぁっ!」
妖怪が指示に従ったことで、不死鳥の巫女は大きく前へつんのめった。
ピンと張られた炎の縄がゆるみ、慌てて爆炎を止め体勢を立て直す。
そのまま爆炎を操作。
前に突き出した両手の先へと集め、鉄アレイ妖怪を縛る炎の縄に繋げた。
「そうされることも想定内なんだから! 『浄火炎』!!」
そして、『火』属性の浄化技がフェニックスの両手から放出。
火炎放射が炎の縄をつたい、鉄アレイ妖怪に命中する。
「ヤッベ。にげろにげろー」
「オォォォォン!!??」
上半身が炎に包まれ、断末魔の悲鳴を叫ぶ鉄アレイ妖怪。
それを他所に、謎の少女はあっさり撤退した。
鉄アレイ妖怪の影へと飛び込み、沈んでいく。
「どりゃあぁぁぁぁぁ! もっぺんでも、何度でも!
引っ張ってやるんだからぁぁぁぁ!!」
そのまま不死鳥の巫女は炎を操り、再び鉄アレイの体を炎で縛り上げた。
全力で引っ張り、白兎の巫女まで引きずって行く。
「ありがとう、フェニックス! これで当てられる!
『神・威・陽・光・波』ーっ!!!」
そして、勝負は決まった。
渾身の叫びと共に眩ゆい白光が拡散。
その内側に押し込まれた鉄アレイ妖怪は消滅した。
「むー、炎に光。よりにもよって、ボクの苦手なのがそろうとはなー」
浄化がなされた瞬間に、破壊が無かったことになった校舎の影。
薄暗いその片隅で、謎の少女は無感情に独り言をつぶやいた。
そしてそのまま、影に沈んでいくのだった。
「まぁいいや、オソレはちゃんと集まった。ボクは仕事をちゃんと終えた。
後は帰って、みんなに報告するだけだよね~」
☆☆☆☆☆
その後、上白きずなと不知火ほたるは帰路についていた。
時刻は夕方、黄昏時。お化けと逢うとされる時間帯。ただ、今日はもう出ない。
「本当にありがとう、ほたるちゃん。
ろくに何も説明してなかったのに、助けてくれて」
「大したことはしてないよ。そもそも助けてくれたのは、そっちの方が先でしょ。
自分はただ、恩を返そうとしただけ」
話をする内に、いつしか二人は名前で呼び合っていた。
帰る時間がこうも遅くなったのは、巫女の説明以上に雑談が盛り上がったからだった。
「大したことをしてないのは、私も一緒だよ」
と言いつつ、きずなは本が落ちてできたタンコブをさすっていた。
それと同時に、サラサラでツヤツヤな彼女の白髪がなびく。
「家に帰ったら、ちゃんと冷やしたりした方が良いよ?」
そう労りながら、ほたるは朗らかに笑った。
茶色みの強い彼女の髪が、夕陽を浴びて赤みが増している。
ひとまず一人、仲間が増えた。
二人は分かれ道に到達するギリギリまで歩いて、笑いながら帰っていく。
残る陰陽五行の巫女は5人。
水木金土に、陰である。