1. 陽の巫女の誕生、おむすびころりんな出会い 後編
「『変身、月の白兎』!」
言葉が終わった時、勾玉から白い気があふれ体にまとわりついていく。
美しい白髪は三日月の髪留めでツインテールに纏められる。
更に、服装が巫女装束のまま、細部が異なるものへと変化していった。
足元は赤い鼻緒のわらじ履き。動きやすいよう、袴は膝が見える短さに。
腕の可動域を広げるためか、巫女装束が肩から二の腕にかけて省略された。
最後に、袴のお尻の部分に白いボンボンが一つ付いていて、ツインテールと相まって全体的に兎を思わせる格好へと至る。
「『宙まで届く純白の決意』。――『陽』の巫女、『ラビットホワイト』見参!」
神と縁で結ばれた少女は、キッと敵を見つめ威風堂々名乗りを上げた。
「おお!? すごい、動きやすくなってる!!」
上白きずな、もとい白兎の巫女こと『ラビットホワイト』は仰天した。
こんな改造した巫女服のような衣装は、見るのも着るのも初だからだ。
コスプレ、アニメ、ゲーム。そういった言葉は、彼女にとって縁がない。
「んなこと言ってる場合じゃないよ、敵の手が伸びてる!
話は後でするから、今はとにかく戦いだよ!」
いつの間にか頭の上にいた御ムスビ様が、ビル妖怪を指し示して騒ぎ出す。
棒人間のような細い腕で、必死に白兎の巫女の頭をペチペチと叩いていた。
「何アレ? 一瞬で姿が変わった。……まぁいいや、やっちゃえ」
ビル妖怪の屋上で、謎の少女は首をかしげている。
変身に戸惑っているのだろう。
だが、それはそれとして指示を出す。
ビル妖怪の巨大な拳が繰り出された。
「ジャンプして!」
「分かった!」
とっさに、白兎の巫女は御ムスビ様の指示に反応。
大きく足を折りたたみ、高く跳ぶための姿勢をとる。
「それじゃあ力入れ過ぎだよ!」
「え?」
だから、御ムスビ様がそう言った時にはもう遅かった。
既に白兎の巫女の足は伸びきり、思いっきりジャンプした後だった。
バビュン!と、巫女と神が吹っ飛ぶ音がした。
同時に、跳躍の反動でドゴン!と道路のアスファルトぶち割れる音もした。
風圧から解放された巫女が気づいた時には、目線が雲と同じ位置にあった。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
「今の君は身体能力が上がってるんだよ。全力で飛べばそりゃこうなるよ!」
「先に言ってくださいよぉぉぉ!!」
高所からの急降下。
特有の内臓が持ち上がる感覚を味わいながら、新米巫女は絶叫した。
つまりそのまま落下している。
「どうしましょう! ねぇこれどうしよう! このままだと地面に大激突ッ!!」
「大丈夫、肉体の強度も上がってるから、例え大激突しても死なない。
たぶん凄い痛いけど(ボソッ)」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
空中で手足をばたつかせてみたが、無意味だった。
「何やってんだろ」
謎の少女が、遥か上空を見上げ無感情に言葉を吐き出した。
「だぁぁぁ、もうしょうがない!
空を飛べるわけでもないし、痛いのは我慢する!
こうなったらいっそのこと、このまま突っ込んで攻撃してやる!!」
「その意気だよ、ぼくの巫女! 付き合うよ!」
そのまま彼女は、重力を利用した体当りを仕掛けることにした。
「避けちゃえ」
ドゴォン!!
そして、ビル妖怪に当たることなく地面に激突した。
「おぉぉ、体がバラバラになるかと思った……めちゃくちゃ痛い」
土煙を全身にかぶりながら、白兎の巫女はどうにかこうにか体を起こす。
その体はふらふらと揺れていたが、一切の傷を負っていなかった。
「すごい、あの高さから落ちたのに普通に無事だ。全身痛いけど」
打撲による激痛も、時間経過で和らいでいく。
「御ムスビ様!」
「うぇ?」
「起きてください、相手が動き出しましたのでコチラも動きます!
助言があればお願いします!」
そうこうしている内に、ビル妖怪が移動し始めた。
このままでは、もっと被害が拡大する。
「あの妖怪は恐れの感情、つまりは『陰』の気によって無理やり実体化した式神だ。つまり別の気をぶつけて上書きすればいい!
狙うは陰の気の核の部分、流れる気の淀み。ずばりアイツの『一ツ目』だ!
あそこに君の巫女としての力、『陽』の気をぶつければ浄化できる!」
御ムスビ様が説明する最中も、ずんずんビル妖怪は背を向けて進んでいく。
牛歩ではあるが、着実に距離は離れ始めていた。
「分かりました、やってみます!」
「また力入れ過ぎ!」
「あぁぁぁ!! またやっちゃったぁぁぁ!!!」
変身によるパワーアップは本人の才能によって変化する。
もともと強い霊力を持つ上白きずなの場合、身体能力の上昇幅は非常に大きい。
そのため想定外に強すぎるパワーを得てしまい、自分の力に振り回されていた。
今回は一歩を強く踏み出し過ぎて、頭からビル妖怪の背中に突き刺さった。
「オォン!?」
コンクリートの壁に突き刺さる少女に、ビル妖怪から戸惑いの声が漏れる。
彼女の上半身だけが壁を越えてビルの一室にあった。
白兎の巫女と一緒に、頭の上の御ムスビ様も目を回している。
「ハッ!ぬ、抜けないっ!!」
一応すぐに意識を取り戻したものの、体が穴にはまってしまっている。
そんな巫女の視界に、おどろおどろしく浮遊するデスクが映った。
霊的にそれらをぶつける、ポルターガイスト攻撃だ。
「え?あっ、ちょ、やばいっ!」
明らかな敵意を持った物質が、霊的オーラをまとい飛んでくる。
当たればひとたまりもないだろう。
「ああ、もう!」
ヤケだ――とばかりに、やぶれかぶれに巫女は拳を床へ叩きつけた。
ドッゴォォォォォォォォン!!!
その怪力による一撃は、周囲のビル妖怪の壁のごとまとめて破壊。
偶然の産物ではあるが、脱出に成功する。
「こ、こんなに凄い力を出せるんだ」
「八百万の神々が力を合わせて作り上げた勾玉だからね!」
ガレキを押し上げながら息も絶え絶えな様子の二人。
しかし、どちらも目は死んでいない。活路を見出したのだから当然だ。
「私が全力で攻撃すれば、アイツの体を壊せる!
てことは――御ムスビ様、危険ですので此処に!」
覚悟を決めた白兎の巫女は、袖の中に御ムスビ様を押し込んだ。
「え、何する気?」
「突っ込みます!!」
彼女は両足をそろえ、兎跳びの体勢に入る。
そのまま両足を伸ばし、ビル妖怪に突っ込んだ。
めちゃくちゃ痛いが、同時に壁が砕かれ床が崩れる。
(力を使いこなせないなら、使いこなせてなくてもいい使い方をするだけ!)
彼女が選んだ戦術は実にシンプルだった。
手加減無用で、跳びはねる。
つまりは強化された身体能力による攻撃のゴリ押しである。
縦横無尽に跳ね回る攻撃は、無軌道にビル妖怪の体を破壊していく。
「オオォォォォォン!?」
がんがんがんごん、がんがんがん。
コンクリートや鉄筋を、飛び跳ね頭突きでぶち抜いていく。
白兎の巫女にもダメージは来るが、それでも痛いのが続くだけ。
痛いは痛いが死ぬほどではない。であれば彼女は止まらない。
(一度やるって覚悟を決めて、限界も出さずに辞めますなんてありえない!
口に出した言葉の責任は取る! これぐらい体を張らないでどうする!!)
床を使って跳び壁を使って跳ね、ぶつかっては跳び壊しては跳ねる。
どこかにはまれば周りを壊して脱出、衝撃で前後不覚になっても跳ね続ける。
すると暫くして、とうとう白兎の巫女はビル妖怪の腹を突き破った。
「オ、オソ……」
「良かった、効いてる――ウゥッ」
外に飛び出た白兎の巫女は、片膝をついたビル妖怪を見つつよろめいた。
高速での突撃と加速の繰り返し。
重力の負荷と揺れに加え、頭を何十回も打ち付けたのだから当然だ。
「む、無茶し過ぎ。君もだいぶ効いてるじゃなか……オェッ」
巫女服のから這い出た御ムスビ様も、吐きそうな顔をしてえづきそのまま地面に落っこちた。
「取り敢えず、このまま陽の気を――ぶつける!」
目を閉じて、神経を集中させた。
激しい運動をした時に、ドクドクと動く血管を頭で感じ取れる事がある。
それと同じように、全身を巡る『陽』の気の流れを彼女は感じとる。
へその下、胸の奥、そして眉間。
三つの丹田を中心に、流れはより大きくなっていく。
特に胸元の『神様勾玉』が、肉体と精神に宿る気を増幅させていく。
流れることでエネルギーが消費されない。
寧ろ流れれば流れるほど、エネルギーの総量が増加した。
物理法則とは、別の世界に存在するエネルギー。
それを、彼女は敵にぶつけた。
「『神威、陽光波』ーっ!!」
技名という名の呪文と共に、全身から昂ぶった『陽』属性の真っ白い光が、全方位に向かって放たれた。
白兎の巫女の光はビル妖怪を飲み込み、『お札』の一ツ目を消し去った。
「――――オォォォォォォォン…………」
そして、断末魔と共にビル妖怪は消滅。
「ふーん、ちゃんとみんなに知らせとかなくちゃ、だ」
その攻撃が当たる直前に、謎の少女は音も無く影の世界へ沈んでいた。
言葉以上の意味が込められていない、何も感じない台詞をつぶやきながら。
「よっしゃ! とにかく今日は、私の勝ちィ!!」
これを受けて、少女は勝どきを上げる。
御ムスビ様の勾玉は全部で7つ、それぞれに宿る力は陰陽五行。
白兎の巫女の『陽』の力。あとは『陰』と、五行の5つの力。
覚醒する巫女は、まだまだ控えている。