1.陽の巫女の誕生、おむすびころりんな出会い 前編
本作はニチアサの様式美のように、本編と500字ほどの次回予告があります。
息抜きをはさみつつ、楽しんでください。
フゥフゥフゥ。深く息を吸って、吐く。
一定のリズムで安定した呼吸をしながら、少女は石畳を登っていた。
毎日しんどいとは思う。けど、これも修行だ。
そう自分に言い聞かせながら、彼女は自宅の裏にある神社を目指していた。
学校から帰ったら、巫女装束に着替えて神社を掃除する。
いつもの変わらない日課、先代である母親から教わった修行である。
少女の名は『上白きずな』。彼女の視界に鳥居が入る。
書かれた文字は、「おむすび神社」。
あとは境内にお邪魔して掃除を――いつものようにするはずであった。
おむすびころりんすっとんとん。
ころころころりんすっとんとん。
しかし今日は違った。
苔むした石段の上から、何故だか「おむすび」が転がってきたからだ。
無人であるはずの神社。そこから美味しそうなおむすびが転がってきたのだ。
石段を転がるおむすびの、形が崩れることは一切ない。
そのまま、おむすびは少女の足下で止まった。
直後、棒人間のような手足が生えたかと思うと話しかけてきた。
立ち上がったおむすびには、人間じみた表情が付いていた。
「我が名は飯穂穂邇芸邇芸神、おむすびの神にして縁結びの神。
またの名を『御ムスビ様』である。小さいころから、ずっと見守ってたよ。
だから聞くまでもないんだけど、一応教えてもらおうかな。君の名前は?」
しかし少女は驚かない。
それどころか居住まいを正して冷静に丁寧に返答した。
その存在を知っていたからだ。
良縁を司り、ご縁を結ぶ神。
それこそが彼女の神社、「おむすび神社」に祀られた縁結びの神。
飯穂穂邇芸邇芸神なのだから。
「お初に目にかかります。私は十三代目になる予定の者、上白きずなと申します」
「おっきくなったねぇ。いくつになった?」
「14歳です。今年から中学二年生になります」
「……そっか、じゃあ霊能力的には成長期だね。
実に、狙いすましたみたいにタイミングがいい。
やっぱり君は、そういう因果の中にあった」
「それは、どういうことでしょうか」
マスコットのような、小さなおむすびの姿をした御ムスビ様。
しかしその表情は真剣そのものだった。
「もしもの時が来た場合に、神と人の仲を取り持つこと。
それが君の一族が背負ったお役目だ。そのもしもが今、訪れている。
だから今を生きる君の代がお役目を担うことになった。
可愛い可愛いぼくの巫女、君はこの町を守りたいかい?」
☆☆☆☆☆
場面変わって、とあるビルの屋上の影。
そこから、――ぬぅりと少女が這い出てきた。
「…………」
全体的に、不安定な印象の少女だった。
原色で染められたパープルとピンクのツインテール。
装飾が騒がしいヘソ出しファッション。
露出の多い、アバンギャルドでアンバランスな格好でいる。
極めて自己主張の激しい衣装。
だが、彼女本人は何も主張していないかのようだった。
アクセサリーの多いファッションの割に、少女自身の存在感は薄い。
気だるげな目、ゆるい無表情。
そして、ちゃりちゃり触れ合っているのに音が鳴らないアクセサリー。
理屈では説明できないほどに、存在感がない。
目立つ格好でビルの屋上にいる彼女に、気づく者はいなかった。
「人も多そうだし、ま、ここでいっか」
無感情に辺りを見回して、淡々とそうつぶやかれた。
ポケットから取り出されたのは古びた和紙。
それはパンクでアバンギャルドな彼女には似合わない、一枚の『お札』。
手放されたそれは、ひらひらと屋上に落ちた。
直後、不自然に『お札』の方からが動き、ベタリと屋上に貼り付いた。
「怨・切切・婆沙羅・吽・張」
呪文と共に、少女のステップが踏みしめられる。
影踏み遊びしかり、天の邪鬼を封じる仁王像しかり。
踏みつけるという行為には「魔封じ」の意味合いがある。
よくないものをその場に固定させるという意味合いがある。
だからこの場合の踏みつけは、『お札』に込められた悪いものをビルへと押し付ける呪いだった。
「畏レ、奉ル」
不気味な『お札』の中心には、閉じた一ツ目が黒く描かれている。
最後の呪文が唱え終わった時、絵の瞳が開いた。
少女の呪文をトリガーに、『お札』を飛び出た一ツ目がビルを侵食する。
すると、ビルの影が周りの建物とは真逆の方向へと反転した。
太陽光に反逆する影の中に一ツ目が浮かび出し、ギョロギョロと動き始める。
「オソレロ」
不気味な声が、発せられた。
☆☆☆☆☆
最初は小さな異変だった。
揺れているかどうか分からない小さな揺れを、社員の何割かが感じただけだ。
暫くすれば治まったので、てっきり気のせいかと大半は油断した
しかし、やがて見計らったかのようなタイミングで大揺れが発生。
避難し出すも揺れはどんどん強くなり、やがて立ってられないほどになる。
更に、地震では説明がつかない現象が起き始めた。
停電するでもなく、電灯が不気味に点滅する。
棚から落ちた資料や箱が空中に浮かぶ。
パソコンの画面に砂嵐が発生する。
パソコン自体が飛び回る。
何処からともなく、笑い声が聞こえる。
けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ
けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ
けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ
けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ
ポルターガイストだと誰かが叫んだのを切っ掛けに、社内はパニックに陥った。
絶叫が絶叫を呼び、みな怯え恐れながら我先にと逃げ出す。
そして、その異変はビルの外からも確認出来た。
手足の生えた一ツ目の『ビル妖怪』が、ビルをつかみガタガタと揺らしていたのだ。それだけで霊現象が発生していた。
異様なその姿は作り物には見えない。
その非現実感に、呆然としたままスマホを取り出し写真を撮りだす者がいた。
その写真をインターネットに上げる者がいた。
事態が、みるみるうちに悪化していく。
☆☆☆☆☆
「そこの角を右だよ!」
御ムスビ様を頭に乗せて、巫女衣装のまま上白きずなは走っていた。
袴をつかみ持ち上げての全力疾走だ。
同時に、彼女の神社の娘としての霊感が強く反応していた。
先程まではぼんやり感じていただけの気配が、今ははっきりと感じられる。
「御ムスビ様、この町で何が起きているのでしょう!?
このようなこと初めてなんですけど!」
独り言を叫びつつ全力疾走する、巫女装束の少女。
逃げ惑う人々がすれ違うたび、彼女を怪訝な目で見つめてくる。
それらをスルーしながら、上白きずなは人の流れに逆行していた。
「この世界とは別に、色んな世界が世の中にはある。オバケの世界もその一つだ。
そこに住まう誰かが、この世とあの世のバランスを崩した!
この町は今、霊現象が発生しやすい『逢魔が時』という状況にある。
ほら、あんな感じだ!」
気がつけば、周りには人が一人もいない。
「何あれっ!?」
頭上の御ムスビ様が指す先には、未だかつて聞いたことのない妖怪がいた。
ビルに巨大な一ツ目がついた、墨のような手足を生やした『ビル妖怪』だ。
「んー?」
屋上の謎の少女が、上白きずなに気づいた。
オフィス街の道路に立つ、巫女服の少女はよく目立つ。
「なんか逃げない人がいるね。脅かしたれ」
「オォン!」
感情を感じない声で少女は指示を出す。
そして、ビル妖怪は全身からオーラを放ちながら威嚇した。
聞いたことのない妖怪。その姿を見ながら、少女はスッと少しだけ目を閉じた。
先々代の祖母、先代の母。二人から受け継いだ言葉が反復される。
人には役割というものがある。
おむすび神社の巫女が御ムスビ様に仕えてきたのは、その御役目を果たすため。
人を結び、縁を結び、命を結ぶ。
いつか必ず絶対に、あなたの力を使う時が来る。あなたに役目が回る時が来る。
今がその時だと、魂で理解した。
「……ここは神守町。神が人を守り、人が神を守る町。
この町を守るために、何をすればいいのでしょう」
即断即決。祖母の言葉を思い出しながら、上白きずなは覚悟を決めた。
すると、彼女の決意の言霊に反応するものがあった。
御ムスビ様から具が飛び出すかのように、白磁色の勾玉が現れたのだ。
「それでこそ、ぼくの巫女! 今、神様達は世界の歪みを直していて手が足りない。
しかし我々もこの事態を想定し、その時は人間にも手伝わせようと準備していた!
君の手にあるものこそ、八百万の神々が生み出した『神様勾玉』!
やり方は簡単、勾玉を手にし自分自身を世界に宣言する言葉を唱えればいい。
この強い意思のこもった言霊をもって、『卍句』と言う!」
そして、彼女の口からただ一言告げられた。
「『変身、月の白兎』!」