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蜃気楼の怪

ストックが怪しくなってきました。

0時です。

 走れ走れセレスト号、追い抜け追い越せぶっこぬけ。まあそんな相手周りにいないんですがね。何もいないこの平原をただひたすらに走りこむ。とにかくこの発生源を確認しない限り帰れないのだから仕方ない。例え闇雲だとしても進まなければならないのが現状なのだから。

 「セレスト、疲れてきたか。」

 この空間に入り込んでからずっと走らせ続けている、流石に化け物級のスタミナを持っていても疲労するはずの距離のはずだ。だけどもブルルと鼻息を鳴らすだけでただずっと走り続けようとする。どういうことだろうか、まさかスタミナが減っていないとでもいうのだろうか。

 「奇々怪々といったけど、マジで本当に訳が分からないな。」

 幻術かそれとも夢でも見せられているのだろうか、そう思ってしまうのも仕方が無いだろう。だって無限に走れる馬などこの世界に存在できないだろう。だから夢だと思ったのだ、セレストがもしずっと走れる馬だったらという身勝手な思いを具現化した夢なんだと。

 カグヤは飽きてきたみたいでうつらうつらとしている。だというのに眠れないのは恐らくさっきからたびたび出てくる野狗子が馬に乗っていようと追いかけて襲い始めたからだろう。おかしいな、伝承だと滅多に生きた人は襲わないって書いてあったのに。

 「もしかしてこれもこの異変の主のせいだろうか。」

 マジでいい迷惑してらっしゃいますね。見つけたらただじゃ置かないからな、吸い物にでもしてゴブリンに食わせてしまうからな。

 そうやって怒りを身に宿しながら切っては投げ切っては投げを繰り返す。実際穂先で切ってそのまま遠心力で投げ飛ばしているからこの言葉が適任なのだ。

 「……は?」

 いきなり場面が切り替わる。さっきまで平原にいたというのにいつの間に海辺に来ていたのだろうか。やっぱり夢なんじゃないか、そう思って海水を口に含む。ああこのしょっぱくて少しエグミを感じさせる味、まさしく海水だ。

 そんな俺の真似をしてカグヤも飲もうとする。こら止めておきなさいという前にゴクっと飲んで吐き出した。ぺっぺと口内からすべてを叩き落とそうと頑張っている。

 「海だな、でも一体いつの間に俺らはここまで……。」

 これも怪異のせいなのか、思案してみる。空は相も変わらず真っ黒の海に月を浮かばせたきりで、支配者たる太陽をその場に上らせない。せっかくの海なのに日の出が見れないのは残念だ。

 そんなことはまあどうでもいい、一番考えなければならないのは何故海なのかだ。今回正解の道を辿ることができたと仮定して、海である必要性を考えねばなるまい。

 頭の中をぐるぐると回し、今までの現象を記憶にある伝承を照らし合わせる。そこで一つだけ思いつくことはあったのだが、それがどうも野狗子との関わりを見いだせず困惑する。

 「蜃気楼を出すのは大蛤って相場が決まってるけども、それ日本だけだしな。」

 聊斎志異にそんな描写は無かったし、向こうの要素を取り入れていたのだったら多分竜神だったり竜宮の王だったりするけども、こう砂地の浜辺をわざわざ用意するだろうか。

 「まあここらで潮干狩りでもしてみれば分かるか。」

 どっちが正解が、ここら辺に何もいないなら後者の線を考えなければならない。ああ厄介この上ない。

 「いいかカグヤ、こうやって地面を掘って貝を探すんだ。」

 果たして化け物サイズの大蛤がこんな場所に埋まっているのだろうか、もっと沖に出ないとダメそうだけどとりあえず簡単なところから始める。

 カグヤが真剣に見ている前で砂を掘り起こす。するとアサリだろうか何かしらの貝類が出てくる。それをカグヤに見せてまた砂に放る。

 「馬鹿みたいにでかい貝がいたら教えてな。」

 そういってまた掘り始める。カグヤもキャッキャと言いながら掘ってくれる。子供って何故か穴掘るの好きだよね、俺も好きだった。

 掘っては埋めてまた掘って、兎に角蛤を探して掘り続ける。こう砂地に潜る貝はそこまで深い場所には潜らない、否潜れない。何故かと言えば水管を外に出せずに呼吸できなくなるからだ。大蛤だって例に漏れないだろうし、まあ掘っていけば見えるだろう。

 「お、どうしたカグヤ何か見つけたか。」

 あ、どういうことだろうか、俺の声が何処からか聞こえてくる。ああ怖いなあ、カグヤこっちにおいで、多分ヤバイ人だろうから。

 そう手招きしようとしたらカグヤはもうその声の方に向かっている。おいそっちは海だぞ、危ないと冷や汗を掻きながら急いで手を引く。

 「あぶねぇ…アイツやる事ヤバすぎるだろ。」

 この俺でもこの語彙力に陥いるレベルでやってることが可笑しい。もう船幽霊とかそっちのほうの妖怪だろ。

 「あそこ」

 カグヤがぐっと指をさす。そこには水面にブクブクと泡が立っているのが見え、何かいますよとアピールしている。しかもそこめっちゃ浅い、まさかお前そこにいたりしないよな。

 膝下程度の場所を掘り起こす。するとそこにはああいたよ、いちゃったよ大蛤。

 『キャッ見つかっちゃった♡』

 「やかましいんじゃボケェ。」

 もう一回下に落とす。蛤はええ何でぇと言いながら落ちていく。いやだってここまでしておいていきなり向こうから主張してさ、そんで見つけたらこの対応よ。ムカつくなってほうが無理あるだろ。

 『大蛤が仲間になりたそうにこっちを見ている、仲間にしますか。』

 「だからやかましいんじゃ、なにアナウンスのフリしてるんだよ。」

 こいつ声真似まで習得してやがる、俺だけじゃなくてアナウンス音声まで。

 『あ、ここから出るには私を仲間にする必要ありますよ。』

 ふっざけんじゃねえ、何でこんなお喋りでムカつく奴を仲間にしないといけないんだ。でもまあここから出た後に放流すれば、いやそれだと外来種問題が。

 『あ、連れてってくれるんですねありがとうございます。』

 渋々だ、仕方なくだ、この世のありとあらゆる不本意の語彙を合体させても足らないレベルで不本意ながら、このお喋り迷惑妖怪を引き入れたのだった。


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