馬上戦闘、時々飛翔体
ようやく静まったのか、それともいう事を聞く気になってくれたのか、馬なりで走り出してくれるようになった。そうそうその調子だ、俺を振り落とさないように気をつけてくれよ。
そうやって街道から外れて草原を走っていると、いつものように魔物が飛び出してくる。ゴブリンだ、しかもはぐれのようでただ一人で餌を探している。まあここで俺が見逃したところで誰かか騎士団に狩られるだろうし、そうでなくともたった一匹で自然を生き抜くのは厳しいだろう。
馬上から槍を振り下ろす、たったそれだけの行動でゴブリンは息絶えた。何だろうかこの虚しさというか悲しさというのは。セレストを買ったあそこでどうもセンチメンタルな心を刺激されたようで、どうもこういう手合いに同情しそうになる。
「そう考えると、俺自体がエゴの塊なのかもな。」
コナラさんには救いたい命があった、俺には奪う命に何か意味が在ってほしかった。結局その命が電子上のただの数値の集合体であったとしても、人という生き物はこうも良心の呵責と自責の念を揺れ動かすことができるのだ。
まあそんなことずっと引きずってたらゲームできなくなるし、俺がどう思ったって世界は勝手に動いて今日もどこかで魔物が家族と共に消えてなくなっているのだ、深く考えていたってしょうがないじゃないか。別に思考を放棄したわけではない。
至極簡単な話だ、戦場に立った時に目の前にいる敵が名も顔も知らないどこかの国の兵士であれば簡単に殺そうという意思は生まれてくる。だがそれがもし同じ国の、同郷の友人であったらどうだろうか。その手は鈍るし、逆に自死を選ぶことだってある。
俺は同じ魔物であるカグヤやダンゾーには槍を向けることはもう出来ないだろう。だが敵対するそこらの相手ならいつだって振れるだろう、人はいつだってそうやって割り切って生きてきたのだから。はい、センチメンタル終了。
しかしこの馬上戦闘で使えるスキル、多分極端に少ないな。俺が今所有している内、有効なものは偃月に速突ぐらいだろう。範囲攻撃は馬を傷付けかねないし演舞はやったところで感がある。俺のステを上げても馬の脚が速くなるわけでもないしな。筋力で押された時ぐらいだな。
そう考えている間にまた一匹切り伏せる。意外とクイーンセレストは怯えないで黙々と走っている。恐怖とかそういった感情よりも思い切って走れないことへの苛立ちの方が凄そうだ。やっぱこいつが走れない馬とか何かの間違いだろ。
そんなこんなで別の門側の街道に差し掛かろうとしていた時だった、何か向こうから黒くて平べったい飛翔物体がこっちめがけて突っ込んできたのは。
サイズ感からして恐らく虫、そして平べったくて黒い昆虫など例のアレぐらいしかいないだろう。
「ここでまさかのゴキブリかよ。」
正直に言おう、俺はあまりあいつらが好きじゃない。不快害虫の中で見た目がマジで無理で受け付けないのは奴ぐらいだ。ゲジにムカデやヤスデにシミ、こういった害虫は大丈夫だというのに何故駄目なのかは俺にだって分からない。あ、森ゴキブリは何故だか大丈夫ですはい。
綱を右に引いて避けさせる。おい、何でゴキブリが飛べるんだよ。お前らの飛び方は真っ直ぐじゃなくて滑空方式だろうが。
手に持っているのは新聞紙じゃなくて槍、これであのすばしっこくて黒いアレをぶっ刺せと。
奴はずっと飛んでホバリングしている。やっぱ別の生き物なんじゃないだろうか、いやあの見た目に触角はもうゴキブリ確定だ。運営め、魔改造して嫌がらせに来やがったな。
降りて戦うのは正直得策じゃない、何故かって言えばあいつのすばしっこさにある。人より速く馬より遅い、まさしく馬上で戦えと言わんばかりの敵なのだ。ただその見た目がいけ好かないね。
もういっそのことカグヤの鱗粉で動きを封じて貰おうか、そこまで考えたけど吸い込む前に飛んでどこかに行きそうだ。まあ逃げてくれるのなら万々歳だがな。
突っ込んでくる、速いな全然槍で捉えられない。立体的に動くせいもあってなかなか位置の予測が付かないでいる。ああもううざったいな、カグヤやっておしまい。そう口に出そうとしたらヒュンと後ろから白い球が黒光りする奴に向かって飛んでいく、蜘蛛糸だ。
「ダンゾー、まさかあれ食べるとか言わないよな。」
ダンゾーがちゃんと動いて糸を放ったとなるとそれは俺のメシ扱いの時が多い。例外は前の殺し屋風情の奴だけだ、あとゾンビね。
ぽとっと今までくっ付いていた場所から降りて糸玉に向かって行く。そしてガブリと自慢の歯を突き立てる。あ、やっぱり食べるんですね。
因みに自然界ではゴキブリはほとんどの肉食性の生物に食べられる運命にある。何故かというと外敵から自身を守る武器を持たないからだ。唯一の武器は平べったい体で隙間に隠れるということだけ、つまりこのような何もない平原で行動するなど、ただ食ってくれといわんばかりでしかないのだ。
「だけどもちょっとゴキだけは食べないでほしかったなぁ。」
カグヤが真似したらどうしようか、そうさせないためにもしっかりと目を見張って駄目だと教える必要性があるな。だから頼むから絶対にやらないでね。




