溢れだす父性
私は今まで父性を揺さぶられたことは無いですね。お兄ちゃん欲を刺激されたことはありましたが。
どうも、12時です。
「子供欲しい。」
『いや先輩朝から何言ってるんですか。』
翌日のことだ、どうやらマイクのミュート設定ができていなかったようで気迷い事を聞かれてしまったようだ。恥ずかしいな。
「いやさ、ゲームで俺の父性が触発されて大爆発なのよ。」
『いやどういう意味か一切分からないです。』
まあ分からんだろうな、この感情を味あわないとな。俺の胸中を渦巻くのはまさしく父性である。それもそんじょそこらの父親に負けないレベルのだ。世に言う親ばかというものがようやく太刀打ちできるようになるレベルだ。ああこのはち切れんばかりの激情を、如何にして抑えてしまおうか。今日もまだ始業したばかり、娘に会いに行くにはあと9時間も仕事をしなければならない。
「ああ、娘に会いたい。」
『いや娘どころか奥さんすらいないでしょ先輩。』
うん大正解。そうだよこの年になっても浮ついた話が無くて両親からいい出会いは無いのかとかマッチングサイトに登録して婚活したらどうだとか帰省するたびに言われている俺にいるはずがないよな。あ、言ってて悲しくなってきたな。
カグヤ、マイ、ガール。因みにmy girlで娘って意味になるらしいぞ、最近知った。
「今日終わったら定時前に切り上げてもいいかな。」
『駄目っすよ、お天道様が許しても沼が許さないっす。』
そうだよな、この部署で最大の壁があったよな。ベルリンの壁みたくさっさと崩壊しないだろうか。上の勘違いでも何でも誰でもいいからさ。
『はいじゃあ朝礼始めるよ。』
おい30分前に来るってのが社会人の常識じゃなかったのかな部長、あと5分で始業だったぜ。
『そういえば先輩、その父性爆発させたのって何があったからなんです。』
昼休み中に後輩から個人チャットでそう届く。まあ教えたって別に構わないだろうけど、引かれないだろうか。
「俺の従魔にヒトガタの子がいるんだけど、その子と旅をするうちに父性が触発されていってな。」
まあ俺のプレイヤーネームを教えようとしたら必然的に付属する情報だし、先に公開したほうがいいだろう。
『へー、今度その子見に行ってもいいですか。』
お、亜紀も食いついたか。そういえば子供好きだったよな、大学付属の幼稚園にボランティアで行ったときにはもの凄く好かれて保母さん方に申し訳なくなるぐらいだったからな。
でもそれが不思議なんだよな。免許も持っているのに何で一般就職の道を歩もうとしたんだろうか。向こうからも是非うちに来ないかとまで言われたぐらい凄かったらしいのに。
「お、いいぞ。ついでにプレイヤーネームも教えておくからな。」
『お、いいぞ。ついでにプレイヤーネームも教えておくからな。』
先輩から返事が来る、ようやくここまでこぎつけた。子供が好きだというのは確かにそうだけど、もっと好きなのは先輩だ。ここまで色々とアピールし続けてきたのに一切乗ってこない。ニブチン朴念仁分からず屋、何度も心の中で言ってきたけど、ようやく進展がきたんだ。
先輩は今、ほどよく、いや結構父性を擽られている。だったらそれをうまく活用するほかないでしょ。ここで母性をアピールすればあの人でも流石にくらっとくるでしょうし。お似合いなんだと、まさしく優秀なメスなんだと気づいてくれるでしょう。
あの人はいつだってそうだ。この胸を押し付けても、お尻をアピールしてもただ恥ずかしがって目を逸らすか、他の不埒なゴミムシが付かないかの警戒しかしない。これじゃあ私の方がカブトムシみたいじゃないですか。
「あなたが今父性を爆発させているように、昔から恋慕で私の心は燃え盛っているんですよ。」
どこかで見覚えがある名前が送られてくる、はて何処だったっけ。ああ思い出した、依頼書の中に入っていたんだ。危なかった、もしこれを先に聞いていなかったら嫌われることになってただろう。
そうだ、あんな出鱈目な依頼を持ってきたうちのクランなんて抜けてしまおう。そして先輩についていくんだ。足を洗うのは早いほうがいい。
この日を境に、ゲーム内最恐と言わしめた新月の切り裂き姫の情報はパタリと途絶えてしまうのであった。
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え、さっさと虫を出せって?まあ待てって、話せばわかる。




