臥薪嘗胆
12時!
皆さん起きてますか、私は多分起きているはずです。
自分の子が殺された時の反応の予想など簡単だ。火を付けた柴がどうなるかなんて誰が考えたって同じになるだろう。
後ろに下がるにはこの蜘蛛が付いた槍は重すぎる、しかし捨てるには惜しすぎる、これを失えば俺はもう二度と攻撃することは叶わないだろう。
三国志の鶏肋と言う奴だ、捨てるのは惜しいが捨てねばここで死ぬ。まあ捨てても死ぬことに変わりはなさそうだが。
この間僅か零コンマ二秒、でも夫人が動くには十分すぎる時間だ。
槍から手を放して逃げようとするが手から離れない。横目で見れば死体の足が俺の腕付近まで伸びていた。その先にはうっすらと光る半透明の糸が、あの一瞬で盾になるだけでなく、俺の妨害まで企てていたようだ。
夫人の鋭い足が深く突き刺さる、腹に大穴が開く感覚が体を襲う。痛みが無いのにぽっかりとその部分だけが消えた喪失感、現実では味わうことの無い感覚に脳がおかしくなりはじめる。
「……何故死なないのかしら。」
夫人が訝しんでいる、それもそのはずだろう、普通に考えたら死ぬ怪我だ。
「……マジシャンはそう簡単にタネ明かししないだろ。」
俺の体力は残り1、もはや蚊に刺されただけで死ぬであろう、そのぐらいの瀕死状態で死を免れている。だが死ななくてよかったなどとは思えないのが現状、これが発動してしまった以上俺にはもう万に一つも勝ち目が無くなった。
スキル鋼の意志、このスキルにはバグか仕様か分からない効果が存在する。その効果は残りの体力が三割を切っている状態で即死分のダメージを受けた際、一回のみギリギリでこらえるといったものだ。まさしく根性のみで大地を踏みしめるといったスキルなのだ。
だが残りの体力は効果から分かるように1である。この状態では演舞を使用することはできない。俺の敏捷は底上げしてようやく追いつけるといったものだった。
簡単に言えばただ次の死への猶予が出来たに過ぎない。カグヤはもう回収した、クエストの内容だけを考えるのなら勝者は俺だ。
ああ、勝ちたかった。あと少しというところで逃した勝利は、釣り逃がした魚よりも大きかった。どれくらいかと言えばマグロサイズ。
「次は絶対勝つ。」
「ええ、次の挑戦を待っているわ。」
彼女のとどめの刺し方は、俺への熱い接吻だった。おいやめないか、カグヤが娘が見てるんだぞ。情緒教育に失敗して非行に走ったらどう責任を取るんだね。
『夫人はあなたにマーキング(寵愛)を施しました。取得:絡新婦の呪い。
夫人にいつでも再挑戦が可能になりました。取得:転移(夫人の屋敷)』
おや、何か達成したのか、アナウンスが鳴り響いている。多分クエストクリアのファンファーレだろう。
意識が暗転していく。レベリングしたらまた来るからな、それまで首洗って待ってな。
目が覚めると村の外にいた、普通宿屋にリスポーンじゃないのか。とりあえず確認しようと村に入ろうとするが侵入を拒まれる。
「どういうことだよ。」
一昔前のRPGにはよくあった演出。今はまだ行けないというものと、何かにふさがれてもう戻れないといったやつだ。多分後者、蜘蛛夫人のクエストが終わったからもう入れないのだろう。
ため息をつきそうになるが、ぐっとこらえる。近くにリスポーンする音が聞こえたからだ。
「カグヤ、だいじょぶはっつ」
大丈夫だったかと聞こうとしたときのはもう腹に強烈な衝撃が走っていた。稲妻だってもう少し大人しい。
飛びついてきたカグヤはその体勢のまま泣きじゃくり顔をグリグリと押し付けてくる。何時間も一人で拘束されて敵にずっと見られているなんて怖いに決まってる、泣いて当然だ。
ポンポンといつもしてやっているように頭を撫でる、まずは落ち着くまでこうしていよう。だから頼むそこの名も知れぬプレイヤーよ、ドン引きした目で俺を見るのは止めてくれ。
カグヤの身長はおよそ120センチ、いわゆる子供にあたる体形だ。回りから見たら女の子泣かしてる糞やろうにしか見えないだろうからさ。
「あ、あんた、その装備着てるってことは蜘蛛クリアしたんだよな。」
ああそうだ名もなき隣人よ、だからそのうわぁみたいな顔しないでくれ。
「た、大変だったか。」
「ああ、クリアはしたが夫人には勝てなかった。再戦出来たらいいんだが。」
「え、夫人と戦闘なんてあるんですか。」
え、なにそれはと、顔にでかでかと貼ってある。え、あるんだけど、もしかして本当は無いのか。
「つかぬ事を聞くんだけどさ、このイベントってどう終わるの。」
終わったはずの男がまだやっていない男に話しかける構図、なかなかにシュールだろう。俺からしたら喜劇の部隊で踊らされてる気分だがな。
「はぁ、まあペット見つけて終わりですよ。逆に夫人にどうやって会って戦闘になったんですか。」
はい、俺だけ一般とは別ルート確定。何、俺事前情報もほとんどない状態で難易度ハードコアやらされてたの。いや、いい加減にせいよマジで。
「いやぁ、それが俺もさっぱりで。」
ガチでさっぱり。これは後で上に報告したほうがいいですね、はい。
「それではこれで。頑張ってくださいね。」
相手も急いでいるかもしれない、そう思って離れようとする。いや別に気まずくなってきたとかじゃない、断じて。
それに俺も急いでるしな。さっさとメディウス目指さないと流石にヤバイんだ、進行度的に。
「また徒歩だけど、まあ前より速いからいいか。」
体が軽い、この装備現実にあったら毎日着てるな。
結構歩いたな、もうあの村も見えなくなってきたし。そして真っ直ぐ先にはうっすらと城壁のようなものが見えてくる。あれが首都メディウスだろう。
カグヤと手を繋いで歩く。いつもみたいに後ろを歩くかと思ったらぎゅっと掴んであの村からずっと、その手を離さなかったからだ。
ダンゾーは肩にも乗らずに自分で歩くようになった、どうした心変わりか。それとも何か思う所でもあったのだろうか。
「よし、着いたら何か美味しいものでも食べようか。」
さっきから何かを訴えかけるような目線を横から感じ、ついそう言ってしまう。そして求めているのは違うとでも言うかのようにブンブンと腕を振っている。
そしてうーんと背伸びして唇をアピールしてくる。なんだ、キスしろってか。やっぱあの毒婦のラストは碌な教育にならなかったな本当。
仕方なく頬にキスをする、が満足しないようで唇を押し付けてくる。
やはり次あったらあの蜘蛛、ただじゃおかないからな。
次の章今ネリネリしてます。




