Shall we dance ?
さあ一緒に踊りましょう。
「キヒヒヒ、どう痛いかしら。」
蜘蛛糸を横薙ぎに振るってくる、この糸なかなかに鋭い。さっき頬を掠めたがすっと切れて血がにじんできた。
「いや全く、これだったらカグヤに全力で抱きしめられた方がまだ痛いね。」
しっかし不利な対面だ。この地下室は異様に広く、距離を取られやすい。近づこうにも糸を引いて妨害したり逃げたりできる蜘蛛を追うのは難しい。
「ダンゾー、一番奥の巣の中央に多分カグヤがいる。」
助け出してこい、そう小声で指示を出す。夫人はどうやら俺にご執心の様子、お前一匹追ってられないだろう。
「おいおい、踊りましょうって言っておきながら一人で楽しんでないか。」
装備の効果で上がった敏捷にありがたみを感じながら走って一気に距離を詰める。
「あら、あなたが消極的だったのがいけないのでしょ。」
そう言って蜘蛛の足で槍を食い止める。純粋に考えて手足十本あるのはズルいな、だって今この状態で反撃できるんだもんな。
夫人は何時の間に握っていたのか、どす黒いオーラを放つ直剣を振りかぶって来る。
「あっぶね、武器使うなら最初から宣告しておけよ。」
「何処に最初から手の内を明かす愚者がいて。」
そりゃあそうだ、そうだけどもさっき糸使って攻撃してきたじゃん。剣も使うなんて聞いてないよ。
「風車、おいおい全然切れないじゃないか。」
硬すぎるだろ、クロカタゾウムシかなんかであられますか。いや、足の表面に傷が出来てるから、削れてはいるんだろう。ただその変化が微妙過ぎるだけだ。
「あらあら、レディーの足に傷をつけるなんて。酷い人ね。」
「だからって男の頬に傷はつけていいってんかい。」
振り下ろしてきた剣に槍を振り当てる、軌道を逸らしてよろめかすだけで、その手から離すことには失敗する。
「喰らいな、偃月」
薙刀状の槍だから多分振り下ろしの一撃に補正が掛かってくれるはず。まあ風車で切れてない辺りお察しなんだけども。
また前肢で防がれる、ただ防ぐ辺り人体部分はそう硬くないのだろう。狙うなら胴体か。
ダンゾーはどれ程進めただろうか、ふと視線を逸らすと今まで戦ってきた蜘蛛に妨害されてなかなか進めていなかった。
「よそ見なんて失礼ね。」
あえて前転で回避、バックステップを予想していたのだろうか、さっき立っていた位置より後方に攻撃を仕掛けていた。
「おい、お前こそよそ見してるんじゃないか。」
そのまま短く持った槍を振り上げる。体勢からガードが出来ない、人体部分を捉えたはずの一撃は驚異的な横跳びによって回避された。
「そんなに逃げてどうしたんだ、綺麗な模様を付けてやろうとしたのにさ。」
「あら奇遇ね、私も貴方にタトゥーをプレゼントしたいと思ってたのよ。」
互いに武器を振り抜く。刃と刃がぶつかり合い火花を散らす。これで刃が欠けたらどうしようなんて一切考えない、だってこの武器拾い物だし。
しっかし、槍と互角に打ち合う片手剣とかどういうことだよ。普通に考えてその剣じゃ遠心力から生まれる位置エネルギー捌けないだろうに。
この勝負、どちらかが攻撃をクリーンヒットさせるかに掛かっている。手下の蜘蛛達は妨害するのに精いっぱいでダンゾーを完全には追い切れていない。
それに俺の攻撃が当たりそうになるとこっち側に意識が向くようで、その瞬間にダンゾーが前に進んでいる。
「横っ腹ががら空きだぜ、円弧」
あえて宣言して気を向かせる、彼女は余裕を持って受けるが、やはり子分の視線は一瞬こっちに向いた。
「……そういうこと。」
気づかれたか、だがまあやることは一緒だ。その視線を外した瞬間を見逃さない。
「風車」
もう一度横腹を狙って攻撃する。遅れて彼女は回避する。だが少し、ほんの少しだけ横腹に切り込みを入れることに成功、初めて意味のある攻撃を成したのだ。
「おいよそ見している余裕あるなんて、随分舐めてくれるじゃん。」
「貴方こそ無駄口叩く余裕があって。」
玉になった糸が飛んでくる、前ダンゾーがやったあれと同じだろうか。両手に持った糸玉をこっちに放り投げてくる。その糸何処から出したんでしょうかね。
「まずっ」
右足に糸が張り付く。凄い粘着力だ、逃がさないっていう強い意志をビンビンに感じるぜ。
「ふふ、ダンスはやっぱり楽しいわね。」
「やられてるこっちは楽しくないがなっ。」
弄ばれているかのような斬撃、実際そうなのだろう。蜘蛛の足を使わず剣だけで攻撃しているのだもの。
槍で弾こうにも持ち手を短く持たないといけないせいもあって威力が乗らない。防戦一方だ、だがそのおかげで今隙を見つけた。
「速突」
この距離、そしていきなり長く持つことによる回避距離感の喪失、剣を振りかぶった時点で胴体がら空きだぜ。
穂先が腹部を確実に捉える、突き刺さると同時に俺の方に黒い塊が押し付けられた。
「ぐっ、つぅうう。」
夫人は傷口を抑えて後退する。俺はくらった肩口を抑えてしゃがみ込む。燃えるようなこの感覚、毒を流し込まれたか。
「…ふふ、私のお腹に傷つけたの、あなたが初めてよ。」
「俺に毒盛ったのはお前が二番目だよ。」
やはり胴体部分は弱点だ、足に付いた傷はほんのわずか、なんなら今治っているんじゃないだろうか。
だが腹部の傷からは今も鮮血が流れ出ている。なるほど、アラクネの体液は青色なんだな、別に勉強にならないぜ。
「毒が回りきるかそれとも私が穴ぼこだらけになるか、どっちが先かしら。」
多分これからが本番なのだろう、今でも十分きついんだけどなぁ。
槍を正眼に構える、部屋の奥までの距離がもどかしい。
「さくっと仕留めてさっさと帰らせてもらうぜお嬢さん。」
あまり舞踏会って柄じゃあないんでね。
アラクネって人間部分が千切れたらどうするんでしょうかね。
死ぬのだとしたら、何でそんな不合理的な進化をするんでしょうか。




