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月明りを一身に浴びて

これが不定期の所以……

ストックが尽きかけているので1話投稿が限界かもしれません。

 繭を撫でてはや一時間、胎動は心音のようにゆったりと落ち着いたものになっていた。

 纏わりついていた気はいつの間にか柔らかいものへと変化していた。祟り神化は免れた

だろうか。

 コナラさんが遠くからこちらに向かっているのが見える。後ろには見たことが無い人た

ちが控えている。

 「この人たちはフィールドワークの同胞。今回もしものことがあったら突入してもらう手はずになっている。」

 万が一のために応援を呼んできてもらったようだ。何から何まで本当に助かる。

 「あともう少しで羽化の時間です。幸い繭に異変はありません。」

 とりあえず現状報告。さっきまでは異変があったけど今はないよ、うん。

 「わかりました。では皆さん、ここで待機していてください。」

 場違いな装備を身に包んだ皆さん方が畑の外で談笑しながら待機する。本当に何かあった時はよろしくお願いします。


 「おお、来たか。待ちくたびれたぞまったく。」

 興奮気味のお婆さんが良く開けた草原で待っていた。月に雲はかかっておらず、昔の俳人が見たら風情のかけらのない月だというであろう。そんな夜だった。

 「ええ、お待たせしました。」

 俺らはそう言って合流する。するとお婆さんは前に進み始める。

 「どうしたんですか。ここで羽化させるのでは」

 「ここよりも月光をたんと浴びられる場所があるんじゃよ。付いてきい。」

 興奮気味の声で先導する。するすると進んでいく背中を追って進むと、そこは最初にスポーンした初期地点だった。

 確かに回りには木も建物もない、辺りで一番高い場所だから邪魔になる影もない。

 とりあえず月に向かって背を向ける。繭に月光を与えるのだ。

 するとどうだろうか、繭が揺れ中の子が暴れているのだろうか、ブルブルと振動し始める。

 まるで暴走でもしているかのような、そんな暴れ具合を奏しながら彼女は繭を食い破り始める。

 メキメキという言葉が最適だろうか、繭糸を柔らかくして出てくるといったことは無い。

 力の限りで拘束具を外している、そういった印象を植え付けるかの如く鮮烈に苛烈に自身の防護壁を破壊して出てくる。

 体積が増加したのか、急激に重くなる。俺自身はまだその姿を見ていない。しかし、お婆さんの、コナラさんの顔を見ればどんな容姿なのかはすぐわかる。

 お婆さんの顔は恐怖、それと恍惚だろうか。相反する感情が顔に出ており、彼女の姿を想起するには不十分だ。

 対してコナラさん。困惑が強いだろうか、武器に手を掛けようか悩んでいるようにも見える。俺の予想は半分当たって半分外れた、そういった感じなのだろうか。


 ずるりと音を立てて背中から重さが取っ払われる。これで初めて俺は彼女の姿を拝めるようになるのだ。

 振り返る。そこにいたのは女性のようなナニカであった。確かに人型実体である。だが、人と言うにはあまりにも、そうあまりにもかけ離れているのだ。


 一糸もまとわない、全裸だというのにこうも不思議な感覚に陥ることはあるだろうか。

 彼女の体は節で別れている。頭部胸部腹部、関節という間接までもが節となっている。

 まさしく虫なのだ。人でありながら彼女は虫であるのだ。

 脇腹からだろうか、対となるかぎ爪状の腕が生えている。背中にはうっすらと透けた翅が

生えている。頭部には大きな触覚を携え自らが蛾であることをアピールしているかのようである。

 それだけに留まらない。片目は人間のように単眼であるのに対し、もう片方は複眼で、すべての眼がこちらをぎょろりと見つめている。網膜すら見せないその密集具合、集合体恐怖症であったなら直視できなかっただろう。

 髪は、根本は黒く、その先に行くにつれて白く薄くなっていく。翅も同様であった。

 体色は真っ白に端に行くにつれ少しの茶色を足したものとなっていった。


 彼女はこちらをじっと見つめた後、散らばった糸を集めだした。何をするのだろうか、そう考えて注視しているとあっという間に服を作り上げ纏い始めた。

 薄桃色の和服、だろうか。いやまてお前、絶対その翅に触覚、体色を加味してどう考えてもモチーフはアポロヤママユ、マダガスカル原産のヤママユガだろうが。


 彼女はこちらを見続ける。こういうのはめっちゃ美人のキャラになるのが鉄板だが、運営はやはりイワナガヒメの伝承を入れていたようだ。

 俺自身は別に醜く感じない。でもお婆さんの顔を見れば分かる。この世界の住人からしたら異質で、恐怖の対象で、そして醜いのだろう。

 恍惚としていたって?あれは多分悲願を達成できたという長年の夢を達成できたことから来るものであって美しいと感じているわけでは無い。


 彼女は動かない。どうしたのだろうか、じっと未だにこちらを見つめるだけだ。

 もしかしたら、彼女の頭に手を伸ばす。彼女は何もせずに受け入れた。

 キシャア、文字にするならそんな声だろうか。喜びの声をあげ上機嫌で撫でを促す。

 どうやら言葉を話すことはできないのかもしれない、少し残念だが。


 「クヌギさん、大丈夫そう」

 コナラさんが後ろから聞いてくる。大丈夫だ、そう返そうとしたとき、強烈な殺気を感じる。さっきまでこちらを見ていた複眼が、すべてコナラさんの方に向いていた。


総合1万7千PV感謝!

感想、ブックマーク、評価毎度のことですがありがとうございます!


アポロヤママユって?→マダガスカル島原産のヤママユガです。見た目は嫌いではない方は検索すると出てきますので見てみては。私のお気に入りです。

嫌いな方はやめておいた方がいいです。他のヤママユガの画像がわんさか出てくるので。

生態に関しては…すいません調査不足です…。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きです。 [一言] 調べたら、学生時代の国語の授業の「若き日の思い出」(エーミールの『そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな』という台詞が有名なあの作品)に出てくるクジナクヤママユ…
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