猶予:8時間
すいません…ストックが切れました…
今急いで書いている所存であります。
あれから一日が経った。今日は祝日、でも四連休では無い。四連休じゃないじゃーん。
こうギャグで頭を落ち着かせようとするが一向に冷静にならない。昨日出した考察がもし的を射たものであったら、そう考えるとおぞましくて仕方がない。
俺がどうなろうと別にそれは知ったこっちゃない、別にリスポーンできるのだから。
だがもしNPCに何かあったら、そう考えるとあれの羽化地点はもう少し考えなくてはいけないのではないだろうか。
……いや、別にまだそうと決まったわけでもない。それにうちの子だ、どんなことになっても受け入れるし、どんな姿であっても受容しよう。
もはや慣れた手つきでヘッドセットを装着する。ただしこのログイン時の内臓を持ちあげられる浮遊感だけはこれからも慣れることは無いだろう。
風が無い、ログインしたときの感想はただそれだった。今まであの丘から吹く冷涼な風は、今日はピタリと止んでしまっている。雲一つない快晴だというのに、なんだろうこのべっとりと纏わりつくような嫌な感覚は。
背中の繭から少し蠢くような音が聞こえる。羽化の時間まであと8時間あるというのに。
今日が羽化の日だと本能で感じ取っているのだろうか、もぞもぞと動くことを止めない。
「エビガラスズメですらもうちょっと静かだぞ、動き過ぎじゃないか。」
蛹でも動き回るエビガラスズメですらもう少しお淑やかさがあるぞ。これはとんだじゃじゃ馬娘になるな。
そういい方向に転がることを考えていないと精神状態が保っていられない。
考察は既にコナラさんに送ってあるが返事はまだない。その時間が、答えの不明瞭さが刻一刻と刃となって切り刻みに来る。
「お前は、大丈夫だよな。きっとそうだよな。」
繭は何も答えない。ただただ鳴動するのみである。
8時間の時間は長いようで短く、普段の日常であれば意外と早く過ぎ去っていくものである。しかし過ぎ去る事を待っている時というのは願っているからか、一分一秒がいつも以上に遅く感じるものである。
あれから2時間が経った、体感ではもう6時間ぐらい進んだはずなのだが。
2時間何してたのかって?別の手帳に図鑑を書き込んでいたのだ。時間があり過ぎてそれ
なりに色々と思考したり無駄に書いては消したりを繰り返していたのだが、とうとう書き終えてしまった。いや、逆に一匹の昆虫に2時間も使えたのが奇跡じゃないだろうか、もっと他のことをしろよ全く。
コナラさんの返事は未だ来ない。
一旦ログアウトする。流石にあと6時間もあそこで潰すことはできない。
それに気になることが出来たため、調べる為でもある。
昨日名前を聞いてから気になっていたのだ。コノハナ姫にサクヤ姫、絶対に元ネタが存在するはずなのだ。日本の歴史では聞いたことはないし、昔話か何かだろう。
軽く調べるだけで情報は出てきた。木花之佐久夜毘売、日本神話における桜の神様であった。
伝承では彼女と契った皇祖が繁栄の代わりに長寿を失ったとされている。彼女自身ではないが、ある意味ではサクヤ姫の性質はここから取られているのだろう。
繭が薄桃色だったのも桜を意識してのことだったのだろうか。だが、何故二人に分けたのだろうか。その理由を考えねば。
しかしどれだけ検索して調べてみても分ける意味合いが一切分からない。
何故かと聞かれれば、話を聞く限り神話上の彼女の性質はすべてサクヤ姫が所持しているからだ。
もしこれがある程度歯抜けした状態で付与されているものであったなら分けた意味を想起できただろう。だが何故だ、何故なんだ。運営の考えが分からない。
一旦昼食を挟もう。そうしよう。
あれから3時間は経過しただろうか、まだ高かった日はそれなりに傾き夕方へと突入間際となった。収穫は乏しく、これから生まれてくるあの子の予備知識となるものはほとんど得られなかった。
ただ一つ、たった一つ関連するかもしれないものだけ見つけた。コノハナサクヤヒメには姉妹がいた。その名はイワナガヒメ、美醜を問うとしたら醜に分類される容姿の女神である。
彼女はニニギ命に求愛を断られる。これによって天皇の人並外れた長寿性は失われるのだ。そして日本書紀には人が短命になった理由とも記述されている。
もし仮に彼女が姉のイワナガヒメの性質を受け継いでいるのなら、誕生と同時に災禍を振りまく可能性がある。
……だがそれでも羽化させるべきなのだろう。あそこまで育てたのは自分だ、途中で投げ出すのはエゴでしかない。それが例え電子の集合体であったとしてもだ。
コナラさんから返答があったか、確認も兼ねて再ログインする。
多分もう一度ログインしたら酔って駄目になるな。今日はこれが最後だ、あと三時間ゲ―ム内で待とう。
いつもご愛読、評価、ブックマーク本当にありがとうございます。




