悪意満ちる穢れた霊峰
多分これから虫が出ます。
レッサーワイバーンの分布は主に初期リスポーンより5エリア分離れた渓谷地帯、もしくは竜の巣と呼ばれる山脈に限定される。また個体数も少なくは無いのだが、歩いていれば簡単にエンカウントするという訳でもない。
歩いて即エンカは竜の巣だと可能だ。しかし俺みたいなソロが向かうと一瞬でハチの巣、簡単にリスポーン地点に早戻りという結果が待っている。
「だからこうやって渓谷に来る必要があったんですよね」
『誰に話しかけているんですか?』
「虚空にだよ」
お前だって独り言の一つや二つするだろ?
ここは以前ワイバーンの目撃例があったダズル渓谷、場所はあの変態の巣窟であるアサレドの街から南西に進んだあたりに位置する。
普通にスポーンする敵mobもそれなりに強いので、まあいい感じに経験値が手に入るいい場所なのだ。
「ダンゾー、ここに罠を仕掛けておいてくれ」
今回ワイバーンに対して立てた作戦は、足元がお留守ですよ作戦だ。
簡単に内容を説明すると、囮としてそこら辺で捕まえたレッドボア(赤い体毛のイノシシ)に粘着性の糸を巻きつけ固定し、この場にまずおびき寄せる。やってきたワイバーンが餌に食らいつこうとした瞬間にロベリアの幻術を発動、後は毒や呪いで仕留める。
毒で仕留めたら肉がヤバそうだけど、そこに関しては問題ない。ドロップ品のランクが下がるだけで食えなくはならないという毒・麻痺使いへの配慮(?)がなされているからだ。
「さて、ここ以外にもポイントを見て……」
そう思って一歩踏み出す、その瞬間ゴツゴツした岩場から森へと視界が切り替わる。この感じ、前にもあったな。
「よりにもよってこのタイミングかよ」
そこは以前訪れた霊峰だった。この木々と静謐な世界は間違いなくあそこだろう。
だが、少しだけ何かが違うような気がする。なんと言えばいいのか、言葉にするなら嫌な雰囲気がするとしか言えないのだが、なんだか以前と比べて気味が悪いのだ。
ガサッ……ガサガサッ…
そんなどうしようもない違和感を抱えていると、何かがこちらに近づいてくる音が。それも一体だけではない。
そっと手を武器に、それを見たカグヤは戦闘態勢に切り替わった。ダンゾーは既に木に飛び乗り、奇襲の準備をしている。
「ギギャ?」
茂みの向こうから出てきたのは、ムシのようなものだった。体長はおよそ1.8m程で、異様に発達した後脚で二足歩行の姿勢を保っている。その姿はヒトのようだった。何故ようだというと、顔はまるっきり虫であり、おそらくカミキリムシであろう触角と顎を持っている。
カグヤがムシから人になったとするならば、こいつらは人からムシになったと言えるだろう歪さを抱えている。
「ギャギャギャ!」
「……笑っている、のか?」
それが三匹、最初は戸惑ったような鳴き声を互いに発していたのだが、突如それが笑い声のようなモノへと変わっていた。
そしてその瞬間だった。
「シッ!」
「あぶねっ!?」
真ん中にいた一匹がつかみかかろうとしてきたのだ。臨戦態勢だったこともあり、何とか回避に成功する。こいつら敵だ、ちゃんとした敵だ。
「貰ったっ!」
簡単に掴めると思っていたのだろう、力を結構入れていたようで前のめりに倒れ込むソイツに、槍を振り降ろす。これは完璧一撃コースのはず、なのだが。
「硬ぇっ!?」
刃がはじき返された。いままでどんな相手にもその力を見せてきた斑大蜘蛛の槍が、初めてその牙を突き立てることが叶わなかった。
むくり、カミキリヒトモドキが立ち上がる。その顔から表情は伺えないが、まるでニヨニヨと馬鹿にしていたように見えた。
「ギギギ!」
後ろに控えていた二匹が動き出す。どうやらカグヤを標的に定めたようだ。
「ロベリアっ」
『駄目です!何故か幻術が使えません!!』
辺りに充満している気のせいか、それともこの霊峰のせいか、ロベリアの長所が潰されている。不味いこのままだと後衛のカグヤの元に。
「シャッ」
「グゴ?」
ダンゾーが隙を見つけて糸を吹き付ける。命中したが、その発達したアゴと手足を器用に使って抜け出そうとしている。時間の問題だ。
「……っち」
「キキキ」
向こうに気をやるとその隙を狙ってコイツが行動する。完全に俺のことを舐めている。恐らくいつでも殺せると思っているのだろう。
だが実際にそうなのだろう。槍は弾かれた、体格から見てもパワー系で筋力勝負も撒けるだろう。俺以外は幼女のカグヤに小さい蜘蛛、向こうからすれば負ける要素が無い。
だが
「燃エロッツ!」
カグヤが叫ぶ。瞬間どす黒い呪いの炎が、向こうの二体を飲み込む。呪いは抵抗が無ければ防御無視のダメージソース、そう簡単に負けることはなくなる。
「「ギギャアアアアアアア!!!!」」
だが予想は良い方に外れた。炎か、それとも呪いによるものか、二体はグズグズと崩れ落ち、その姿を灰に変えた。
一瞬で有利と不利が入れ替わった。