クヌギ は にげだした !
俺は逃げた、あの変態の巣窟から。まだキャラが濃いだけなら耐えられたが、下半身ぶら男だけはもう我慢の限界だった。
やって来た衛兵が半裸野郎を取り押さえるのと同時に、セレストに跨って直進。最速で城門を目指した。
後ろから
「ああっ……行かないでマイハニーッツ!!」
って聞こえた気がしたが、絶対空耳だ。もしくはどこかの痴話げんかが玉た……偶々耳に入っただけだ、そうに違いない。
『……いやー、私も大概だと思っていましたけど、アレを見ると結構マトモなんだなーって……』
「お前比較対象アレでいいのか」
少し同じこと考えたのはナイショだ。虫への情熱は確かに他人から見たら変態的なものがあるかもしれないし、引かれているだろうなという考えも無かったわけではない。
だが人が引くような情熱を持つことに、少し面白さや感慨深さを感じていた。マトモだったらこうはならないという外れたコトを自覚しながらやる面白さがあったのだ。
だが今日、初めて引く側の感覚が分かった。あんなのを目にしていたら、自分の精神がやられてしまう。
「……今度から人目は気にしよう」
『…?どうしました?』
「いや、なんでもない」
ボソッと呟いた言葉が拾われる。何までは聞かれなかったようだが、今コイツに同情でもされたら俺は狂う。
行きと違って帰りはよいよい。鬱蒼と茂った森も道を覚えてしまえば悪路でもなんでもない。
「クヌギ、ただいま戻りました」
「…おかえり」
「とと様!」
フィールドワークの本拠地、その入り口にはコナラさんとカグヤが待っていてくれた。
手に筆を持って。
「見てとと様!」
カグヤは急いで近づいてくると、木の板に墨で何かを描いたモノをみせてくる。
墨の濃淡だけで描かれたもの、それは足は八本体は頭胸部と腹部で構成された節足動物。
「上手いな、もしかしてダンゾーを描いたのか?」
「うん!」
よく見たら丸太の上でポーズを決めるダンゾーの姿があった。なんだか疲れている様子だが……。
「…トリッキースパイダーは見つけにくいしすぐ逃げる。この距離の観察は貴重」
「そうですか……」
コナラさんも木板に模写していたようだ。成程、骨格や動き、色々観察されたんだな、そりゃ疲れるわ。
「ミミズクから伝言」
「あ、はい」
「打ち直したから取りに来て。ただ本来の力を取り戻していない」
いそいそと体をよじ登るダンゾーをいつものポジションに戻していると、槍の完成を告げられる。……でも本来の力が?
「細かいことはミミズクに聞いて」
「そうですね」
兎に角おニューの槍を受け取りに行きますか。