雲の上へようこそ()
「こわ……これ落ちたら即死だよなぁ。」
さっきの地点から別にそこまで進んだわけではない、だけども確実にこれはもうそこらのビルの高さと同じぐらいだってことは分かる。最上階には基本行かないからそこと比べたらまだ下かもしれないけども、少なくとも普段俺が見ている風景と変わりない高さであることは間違いない。
「およそ50メートルって所か?」
あれって走る分には結構短く感じるけども、高度になると一気に高く感じるよね。富士山が3000メートルと少しって聞くとそこまでに感じるし、何だったら東京から埼玉に向かう方が長い道のりだろうってなる。でもそう思って富士山の麓に行くと、ここまででかいのかってなるよね。東京タワーもしかり。
「ダンゾーいたらもうちょっと楽だったんだろうな。」
アイツだったら木登りなんてお茶の子さいさい、上にスルスルと登っては糸を垂らして芥川龍之介の蜘蛛の糸みたく登っていけたのだろう。まああれだと途中で千切れて落下死なんだけども。
「ちょ待って、何でこんな所で樹液がっ!?」
ズルっと手が滑ってグリップ力が失われる。てか何でこんな高所から樹液出てるんだとかの前に、虫一匹いないこの木から何で出てるんだよ。樹液の大半は傷つけられて出てくるものであり、主にカミキリムシなどが食い破った辺りから湧き出すことが多い。でもこの木にはそう言って昆虫が付いていた形跡もないし、そもそも一匹すらついていないし。
「落ちてたまるかってんだっ。」
ぎゅっと腿に力を入れて落ちないように踏ん張って、落ちそうになった体を何とか太めの枝に引っかける。ギリギリセーフと言う奴だ、まあこの枝が折れでもしたら速攻アウトなんだけども。
「トラップ多すぎるだろこの木。」
登らせる気無いなこれ。アイテム欄から粗悪なナイフを取り出す、この前倒したゴブリンが落としていったものだ。そのナイフを木に突き刺そうとするが、逆にナイフが折れて、その半身は自由落下を経験している。
「硬いな……木刀にでもしたら結構いい武器になるんじゃね?」
まあ手持ちでこれ切っていける刃物ないんだけどね。槍じゃどう頑張っても切っていけないだろうし。
さっき滑りかけた場所を回避しながらまた登る、ここまで来たんだ、せめて上の景色だけでも見ていきたい。
「同じこと考えた奴いたんだな。」
すると少し登った先に、錆びついた槍が深々と木に突き刺さっていた。そこからとめどなく樹液が溢れているあたり、あの樹液を出させた犯人はコイツの持ち主だろう。そしてここに突き刺さったままということは、恐らくここから滑り落ちてそのままということだ。多分下の土に埋まったか、それともプレイヤーでリスポーンしたままここに来れていないのか。
「このままだと木に感染症入るかもな。」
みんなも木を傷つけないようにな、ナイフぶっ刺そうとした人間が言えたもんじゃないけどさ。
「…結構深くまで刺さってるなこれ。」
ぐっと力を入れて抜こうとするがこれが中々、うんともすんとも動かない。
「………やるか。」
メキメキメキっと音を立てて腕が四本生えてくる、蜘蛛の祝福を使わせてもらった。これデメリットとして長時間使うと元の姿に戻れなくなるっぽいんだよね、説明的に。
だからここはスマートに。一気に力を開放してぶち抜く。
「うおっしゃああぁぁぁああ!!」
流石にこれで抜けなかったらぶっ刺した奴の筋力を疑ったよ。そしてこれぶち抜いた後のこと考えてなかったこともこの瞬間に思い出して俺の脳を疑ったよ。
「あっ」
引っこ抜いた瞬間に祝福は解いた、再展開するにはリキャストを待たないといけない。そしてあんだけ力を込めたら反動で後ろに倒れるのは予想できるよね。
「落ちる落ちる落ちるぅぅぅぅぅぅううう。」
ヒューと音を立てて商業用ビルの屋上よりも高い地点から落ちていく。あ、終わったなこれ。
せめてものと思って枝を掴むが、するりとまるで避けるかのように滑って掴めない。俺の手の中に残ったのはあの槍と、枝からもぎ取った若葉のみだった。