ここはどこ?私は俺
木を只々よじ登る、気分はクライミング世界選手権決勝だ、まあ俺一回もクライミングやったことないんだけども。
「うわっと…なんだ樹液か。」
べたっとした粘液が手のひらを包んで不快感を伝える、樹液って酸っぱい匂いと発酵した感じが合わさってあまり嗅いでいたい臭いじゃないんだよねえ。個人差あると思うけどね。サクラの樹液は無臭だからまだいいんだけど、クヌギの木の樹液だけはどうにもなれないんだよねえ。
「虫全然集まって無いな。」
すんすんと触った手の臭いを嗅ぐ、ほんのり甘い匂いと僅かにスっとする清涼感が漂ってくる。もしかしてミントやハッカのような成分が含まれていて、それが原因で虫が近づかないんだろうか。そうじゃなかったらカナブンやハチ、ガなどがくっついていてもおかしくないんだけども。
「こんだけ登ってまだ半分も行ってないのか……。」
もうかれこれ10分は木登りしていたはずなんだけども、全然上に登っていないみたいだ。下を見下ろせばそれなりの所まで来ているはずなのだが、上を見上げればまだまだ太い幹と別れていった枝が鬱蒼と茂っており、まだまだ先はあるぞと告げてくる。
「これ降りる時どうしようか。」
今更そんなことに気が付く、どうやったらここより上の地点から無傷で降りることができるだろうか。いくらゲームだからと言っても確実に上から落ちる浮遊感はここ数日間夢に出てくるだろう。そんな悪夢を見る必要最低条件をここで回収する気にはなれない。
しかしここに来るのに10分、てっぺんまで行かないとしても見渡せる位置に行くまでにもあともう20分ぐらいはかかるだろう。そんな地点から降りるには確実にそれ以上の時間が掛かるだろう。
「……後で考えよう。」
やっぱ面倒くさくなってきた、降りることは降りる時にでも考えることにすればいい。まずは出口の方向を探すのが最優先だ。
「鳥一羽すら泊まっていないってのもおかしなもんだな。」
この木さっきから生き物一匹見かけない、虫だけならこの木の成分が寄せ付けないと考えられるけども鳥すらいないのはちょっと不思議を通り越して不気味である。もしかしてこの木なんか毒とかでも持ってるんかね。
そんなふうに違和感を抱えながらも兎に角上へと昇って行った、一応装備のおかげで毒は効かないようになっているからそっちの面では心配ないからな。そうしていると段々枝が開けてくる、恐らく中段ぐらいまで登ることができたのだろう。ここら辺ならもう見渡せるだろう。
「……こんな地形だったか?」
この森の特徴は、南部の広葉樹が茂っていてあまり河川の無い起伏の緩やかな地形だった。そしてその周りには草原が広がっていて、地平線が見えるという立地だったはずだ。
だというのに俺の視界に入ってくるものは、凸凹と岩肌を見せた谷にそこを流れていく滝、草原があるはずの場所に漂っているのは雲の海だ。
「座標でもバグったのか?」
前のアップデートでもしかしてまた別のバグ発生したのだろうか、これどうやって帰ればいいんだよ。
「…もう少し上から見てみるか。」
こうなったらとことんこの場所を探索するのみだ。最悪デスポーンでもしてしまえば良い、ペナルティだって甘んじて受けてやろう。