眠り
カゲロウのルーティーンは知っているだろうか、ただしアミメカゲロウ目は含めないものとするが。国語の教科書などで読んだことがあるんじゃないだろうか、彼らはたった一日で成虫と言う期間を終わらせると。ただ種の存続の為だけに成虫になり、交配し、そして死ぬ。成虫という期間だけを見るのであればその寿命は最短と言われる生物だ。
因みに一週間で死ぬと言われていたセミは実際には1月ぐらい生きることが分かっている。それに幼虫の時期を加えるのであれば彼らは長くて17年ぐらいは生きていることになる、13年ゼミとか17年ゼミとかがいるからね。
閑話休題。
「眠いのか。」
先ほどのようにじゃれつく力も無くなってきているのか、段々緩慢になっていく体を無理矢理動かしているようなぎこちなさでこちらを向く。その動きがかつて祖母の家で飼われていた老犬を思い出してしまうようなものだった。命が尽きていくものの動きであった。
「……そうかぁ。」
生き物の死にざまを見るというのは何時のときも悲しい、自分から殺すと決めたとき以外でだけども。まあここに関してはサイコパスだなんだ言われても正直何でそうならんのだってなってしまうがな。だってわざわざ今から殺すゴキに対して感傷的になる奴がいるだろうか、今から死んでいく愛犬に対して冷ややかな目で見ていく人がいるだろうか。
そういう事を考えるのなら、俺の中でこの紙魚という存在は愛犬という部類に入っていたようだ。その命が消えゆくと分かれば焦り悲しむのであれば。
「あと1時間弱程度か…。」
あれからもう二時間経ったようだ、もうこの紙魚も終わりに近づいている。何故コイツは俺の従魔になっていたのだろうか、何故コイツに俺は興味を持ったのだろうか。何でコイツはバグを持って生まれてきたのか。
「データ喰う虫も好き好き、てか。」
蓼ですら食う虫は好き者と呼ばれるのだ、コイツみたくデータを貪った虫なんてもっと偏屈なものだろう。そしてソイツのことを好きな奴だってもっとな。
指先で背を撫でる、弱弱しい筋肉の動きが指を通して伝わってくる。これだけでもう持たないと分かるぐらいには昆虫と触れ合ってきた。例え最初に三時間だけという制約を受けていなかったとしても。
「どうしたの?」
「もう眠いんだとさ。」
カグヤが覗き込んでツンツンと指先で突っついている。短命である片割れとは正反対に死と長命を司るイワナガヒメを受け継いだ彼女には、死という概念は分からない事なのかもしれない。そんな理論じみたものを考えたわけではない、まだ小さいこの子に死というのは受け入れられないと考えたからだ。
AIの改訂後この子は子供としてリセットされている。前の調子であれば俺の死を理解していた。この子の前で死んだのは蜘蛛夫人前のゾンビだけで、その時はただ消えただけ。まだ分かっていないはずだという考えがこの言葉を持ってきたのだ。
「寝床作ってあげようか。」
よっこいしょと腰をあげて埋葬する場所を探しに行く、今からだとそんなにいい場所は見つけられないかもしれないけどもね。
セレストの背中に乗り込む、兎に角移動しながら考えようか。
「…結局ここか。」
ここら辺を数十分かけて見回った結果、あの一本の大木に行き着いた。穏やかな風が吹き通るこの場所しか埋めるに適した場所は無いだろう。
『あと10分です。』
残りの時間がアナウンスされる、もう紙魚は俺の感触に反応が無い。そっとカグヤに渡してゆっくりと土を掘り起こす、木の根を傷つけないようにゆっくりと。
『あと五分です。』
「うるせえなあ。」
次に中にアイテムを詰めていく、ねこじゃらしモドキに羽に、そして手帳の切れ端を。あの子が好いていたものをどんどん詰めていく。
詰め終わって残りの時間はおよそ2分、カップ麺ですら作れない。そう適当なことを考える脳の動きに自己嫌悪しながらウリウリと紙魚の体を撫でる。もう温かさすら感じないその体に寂しさを覚えながら穴の中に入れる。
『三時間が経過しました。』
さようなら、またいつか会う時まで。